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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
四章 コインの裏表
122/125

二十二話 合流

 ゼルクラッドは草原に転送された。

 青々とした膝丈の草が視界一面に広がり、吹き抜ける風にざあざあと揺れている。空気は瑞々しく澄んでいて、エルフィリアと違い水気のない草の匂いが鼻をつく。遠く円錐形の天を突く山の麓や、水平線の向こうから幾つかキノコ雲が上がっていたが、それが自然なものなのか不自然なものなのかは分からない。何しろ魔法の世界なのだから。


 衝撃的な真実をようやく飲み込み、決断を下したその瞬間に壁をぶち破って現れた絶世の美女に強烈な殺意を向けられたと思ったら、周りの景色が草原になったのだ。

 また別の世界に移動したのか? 同じ世界の別の場所に転送されただけなのか? はたまた夢を見せられているのか?

 分からない。


 前後の状況から何か不穏な気配は感じていたが、事故が起きたのではと心配するよりも、これも仕組まれたものなのでは、と訝った。エーリュシオンにやってきてからの人生全てが茶番にも近いものだったと知った今、自分の身に起きた物事を素直に受け取れない。


「…………」


 しばらく周りを見回しながら待ったが、何事もない。ロバートは説明にやってこないし、都合の良い説明・誘導役がいる気配もない。メッセージも残されていない。

 遭難した時は動かないのが原則だが、遭難しているのかも分からない現状、セオリーに従って良い結果が待っているかは怪しい。ゼルクラッドはとりあえず迷子にならない範囲で周囲を探索する事にした。

 初期位置の草を引っこ抜いて円形に土を剥き出しにして目印を作る。それから、草を剣で払って通った道が分かるように注意しつつ、一番近いランドーマークになる岩山に向かった。


 移動の途中、空を飛ぶ巨大な爬虫類を見かけた。一瞬鳥かとも思ったが、シルエットが明らかに爬虫類のそれで、プテラノドンのような翼竜というよりも、ファンタジー小説の挿絵に描かれるようなワイバーンに近かった。ワイバーンは円錐形の大山から離れる方角へ飛び去った。

 ふと、帝都で食べた肉を思い出す。サフカナがエルフから仕入れたワイバーンの肉だと言っていなかっただろうか。エーリュシオンにもワイバーンはいるのだ。とすると、やはりここはエーリュシオンなのだろうか。見た目がワイバーンらしいだけで、別の生き物なのかも知れないが。


 たどり着いた岩山には、岩陰に小さな洞窟の入口があり、人の手が加えられた痕跡があった。入口は自然のものであるように装われているが、少し内部の暗がりに踏み込むと壁が地面に垂直に加工され、天井と床が歩きやすいように削られている事が分かる。洞窟の外の明かりがなんとか届く位置で止まり聞き耳を立てると、奥の方から微かに人の声が聞こえた。聞き覚えがある気もするが判然としない。

 ゼルクラッドは背後を確認して挟み撃ちの可能性が低い事を確かめてから、忍び足で奥へ向かった。












 その時、サフカナは偶然アリアーニャを連れて遠乗りに出かけていた。町を出て、街道の途中で馬車を降り、森の中へ。ゼルクラッドがエルフィリアに向かってから、サフカナは塞ぎ込みがちなアリアーニャをこうしてよく外に連れ出していた。

 森を散策しながら、アリアーニャは薬効のある木の実や葉を摘み、サフカナは赤く熟れた実を囓る。森の獣はサフカナを怖がって近づいてこないので、平和なものだった。


 アリアーニャの籠が採取品でいっぱいになり、そろそろ馬車に戻ろうか、という頃、サフカナは大気の震えを感じた。同時に遠雷のような間延びした爆発音が聞こえる。森の鳥達が一斉に飛び立った。尋常ではない何かが起きたのだ。

 サフカナは跳躍して太い枝を掴み、猿のように素早くなめらかな身のこなしで木の上に登った。すると周りを見渡すまでもなく、パルテニアのあった場所からキノコ型の巨大な煙が立ち上っている事が分かった。全身の毛が逆立つ。直感的にそれがとても悪いものだという事を感じた。


「なんだあれは……」

《おいおいおいおい聞いてないぞアレなんだアレ》

「!?」


 突然腰にさげていたエクスカリバーから男の声がして、サフカナは危うく木から落ちそうになった。

 エクスカリバーをまじまじと見るが、何か変わった様子はない。


「気のせい、か?」

《いや気のせいじゃないから。たぶんアレは相当ヤバい。逃げた方がいいというか逃げられるか分からんというか、まぁやれるだけやってみるか。あ、俺はエクスカリバーに憑いてる精霊みたいなもんだと思ってくれればオッケー》

「あー……何かよくわからんが。お前は小娘が持っていた宝石のようなものか? 味方か?」

《野生の勘すごいな。そうそれ、それで合ってる。とりあえず木から降りてくれ。逃走経路に誘導する》

「敵はこの私が逃走しなければならないほどの相手なのか?」

《とりあえずあのキノコ雲に突っ込んだら放射線しこたま浴びるだけだな》

「?」

《分からないか。そりゃそうか。つまりあのキノコ雲は病気の塊みたいなもんだと思えばよし。戦うもクソもない》

「む。分かった、逃げよう」


 納得したら即行動。木から飛び降り、落ち葉を巻き上げて慣れきった動きで五点着地する。普通なら骨の五、六本はへし折れる高さからなめらかに地面に戻ったサフカナは、目を丸くさせているアリアーニャをひょいと横抱きに抱えた。


「えっ、なんですかなんですか」

「どこへ行けばいい、エクスカリバー」

《西北西。街道とだいたい真逆に進んでくれ》

「了解した」

「きゃあ!」


 人一人を抱えているとは思えない速度で走り出したサフカナにアリアーニャが悲鳴を上げる。二人の髪は風になびき、景色がぐんぐん後ろに流れていく。泡を食って右往左往する森の動物達の姿がちらほらと見えた。


「ちょっとサフカナさん、何が起きてるんですか? さっきの男の人の声は?」

「喋るな、舌を噛む」

《ドーモ、アリアーニャ=サン。エクスカリバーです。ざっくり説明すると攻撃されてここにいると危ないから逃げてる。理解したら今は静かにしてろ》

「あっはい」


 森を駆け抜けた二人はエクスカリバー(灰魔核=バージョンが低いロバートの魔核)の誘導で手近な転送室に着き、そこからアンゼロッタ達がそうしたように各地を経由してヌラァフ大陸の転送室にたどり着いた。














 エルフィリアがある瓢箪型のマホウ大陸から海を隔てた西方にある、西方諸島。首長竜によく似た海洋生物、ネッシイの楽園であるその群島の更に西に、エーリュシオン最大の海山であるムー海山がある。

 ムー海山は、数千万年前に落下した巨大隕石が作った円形の海溝の中央からマグマが吹き出してできたもので、すり鉢状の大穴の中にある富士山のような見事な姿をしている。山にぶつかった海流は豊かな栄養分を山頂に相当する浅瀬に運び、多くの珊瑚やプランクトン、魚類など、多種多様な命を育んでいる。海山の麓に目を移せば、海溝に泥と一緒に沈んだ生物の化石や、隕石の痕跡、火山活動の跡など、学術的な情報の宝庫である。


 そんなムー海山の麓。厚く深く堆積した軟泥の底に、極秘海底要塞ルルイエがあった。マジックアーマーと同じ構造の防護壁で何重にも護られたルルイエは、立地による攻め難さと発見の難しさが合わさりエーリュシオン最大の要塞であると言える。そしてこのルルイエを造ったのも、存在を知るのもロバートのみ。

 エルフィリア関連の情報は全てシルフィアが掴んでいるのだが、ここだけは知られていなかった。理由は単純。ロバートが隠していたからだ。

 特に理由があって隠していたわけではない。秘密基地という響きに憧れただけである。

 ルルイエには秘密基地らしくロバートが気に入った美術品や他の惑星の岩石、単体元素コレクション、好みの書籍、映画フィルム、骨格標本、天然の未研磨水晶塊、虫入りの琥珀などの宝物が並べられていて、ロバートの暇な個体はこの蒐集品を増やしたり、手入れしたり、眺めて悦に浸ったりするのが常だった。


 さて、ルルイエにあるのはほぼ全て趣味の産物だが、一つだけ重要なモノがある。万が一の際のロバート再機動装置である。

 結論から言えば、シルフィアのウイルス鎖でロバートは消滅していなかった。


 カラクリはそう難しいものでもない。

 パリスチールで密閉された部屋が二つあり、それぞれにロバートが一体ずつ入っている。部屋は内側から手動で開け閉めできるようになっていて、二つの部屋は交互に開閉を繰り返す。

 パリスチールは魔力もエーテルも通さないので、部屋が閉じている間、中にいるロバートは他のロバートとの情報共有が絶たれる。当然、ウイルス鎖のようなロバートの個体間情報共有を利用した攻撃の影響からも隔離される。

 とはいえずっと部屋を閉じていると、中のロバートが他のロバートから独立し続ける事になり、少しずつ他のロバートとの差異が生まれてくる。差異が大きくなれば、いずれ中のロバートと他のロバートが完全に別物になり、ロバート対ロバートの誰も得をしない争いが起きかねない。従って二つの部屋のロバートが交互に情報共有の遮断と通信を切り替える事で、常に一体を隔離し、かつ差異が生まれないようにする小まめに情報を更新する工夫が必要になる。


 ロバート全個体に影響するような攻撃を受けた時、二部屋のうち、開いている部屋のロバートが異常を示す。それを受け、もう一方の閉められた部屋のロバートが部屋をロックし、魔核になる。これによって異常を示す直前までにロバートが蓄積した全ての情報を魔核にインストールできる。

 形質魔力の魔核化は最新技術によって一時間足らずで完了し、かつ従来のものよりも小型化され、ロバートが持つ莫大な情報を握りこぶし程度の魔核に収めきる事ができる。出来上がった魔核は人間に近づけてデザインされたボディに入れられる。


 このボディは装甲こそマジックアーマーと同じだが、筋繊維を魔質に置き換えて再現していたり、アダマンティウムの導線で神経を再現していたり、魔力炉や魔質生成装置、物質増産装置などを内蔵のように配置していたりと、人間に近い構造になっている。ある程度までの損傷を自己診断し、ゆっくりとではあるが自動修復する機構がある事は特筆すべきだろう。

 見た目は人間そのものである。これは装甲に擬似物質の有機組織を貼り付けているだけで(※)、一種の擬態だ。しかしロバートの生前の姿――――普通過ぎない程度に普通なそこそこの面構えや、ビルテファ系の金髪碧眼、半端に筋肉がついている中肉中背の体を見事に再現している。

 もちろん武装もそれなりにある。手のひらから魔導を撃つ事ができるし、脚部には魔質製の機械剣が収納されている。タキオンで加速した拳で殴れば戦艦にも一発で大穴が空くだろう。

 マジックアーマーの亜種とも言えるこの特殊なボディを、ロバートは「イモータル」と呼んでいた。


 なお、ロバートはこれをシルフィア対策で用意していた訳ではない。本来は宇宙人が未知の技術で攻めてきたとか、魔力体に感染する病気のようなものが発生したとか、そんな事態のためのものだ。生前インデペンデ○ス・デイやバイ○ハザードを好んで観ていなければ、用意する事は無かっただろう。


 ルルイエに通じるトラペゾヘドロンは、侵入者に逆利用される危険性があるため存在しない。従って出入りは物理的手段に限られる。イモータルの体を得て目覚めたロバートは、頭を抱えしばらく落ち込んだ後、複雑な手順を踏んでルルイエの扉を開け、軟泥を潜り深海に出た。深海の水圧もイモータルには通用しない。海の底をバショウカジキよりも速く泳いでヌラァフ大陸へ向かった。










 ヌラァフ大陸の転送室に集まった順番は、アンゼロッタ組、サフカナ組、ゼルクラッドだった。

 一行は思わぬ再会に驚き、混乱し、乱闘になりかけ、話し合い、情報交換をして、落ち着く。


「つまり、」


 一通り話すべき事を話合った後、ゼルクラッドが言った。


「シルフィアがロバートさんを抹消。世界各地を同時攻撃。正確な被害は分からないが、主要都市は全て瓦礫の山になったと。こういう認識でいいんだな?」


 見渡すと、全員が頷く。

 なんとも表現しがたい微妙な空気が薄暗い転送室を支配した。サフカナは頭に手を当てて目を閉じ苦しげな渋面を作っている。

 あまりにも突飛すぎる現実に理解が追いついていない者。理解できても何をどうすれば分からず途方に暮れる者。抱く感情は様々だった。


「これからどうする」

「こ、降参したら助けて貰えないです?」

《無理ですね。ロバートさえ殺したシルフィアが家族すらないアリアーニャさんを生かすとは思えません。マスターも一度捕虜扱いを蹴った以上殺されるでしょう》

「俺はソロモンが心配だ」

「ソロモンは脱出装置を持っていたんだろう?」

「そうなんだが……」

「きっと大丈夫だって、ソロモンの事だから『いやあ、シルフィアは強敵でしたね』とか言いながらひょっこり出てくるよ」

「いやあ、シルフィアは強敵でしたね」


 アンゼロッタの軽口に答えるようにして、新たに転送室に入ってきた人影に全員が一斉に目を向けた。肩に海藻をくっつけた磯臭い金髪碧眼の男は、あまり様になっていないニヒルな笑みを浮かべた。


「え!? ソロッ、じゃない! 大御祖父様! 生きてたの!?」

「いつから俺が死んだと錯覚していた?」

「誰だ貴様は? エクスカリバーと声が似ているが」

「サフカナとアリアーニャは名目上初対面か。ドーモ、ロバートです」

「本物……?」

「疑い深いな。おじいちゃん悲しい。でもまあ状況的に疑う姿勢は正解」

「まて、質問攻めは中止だ。ロバートさんは恐らく一番今の状況を把握している。情報のすり合わせを兼ねて何が起きたのか、起きているのか説明してもらおう」

「流石冷静だな、ゼルクラッド。俺も今それ言おうと思ってた」


 ロバートが話し始めると、皆自然と落ち着いて耳を傾けた。伊達に歳はとっていない。弁舌の才能がなくても、経験を積めばそこそこ話せるようにはなるものだ。

 事の次第を改めて時系列順に並べると次のようになる。


 ゼルクラッドの契約達成が迫る。

 シルフィアがこっそりラグナロクの準備をする。

 ゼルクラッドとロバートが対談をし、マッチポンプの廃止が確定。

 シルフィアが人類撲滅キャンペーンを展開する。

 人類がほぼ絶滅。

 生き残りの一部がヌラァフ大陸の転送室に集合(今ここ)。


 ロバートは、ヌラァフ大陸への逃亡を指示したのは古い条約が理由だと語った。

 今から約200年前、法暦47年にロバートとヌラァフ大陸の住人、フビッタ=ヌラァフが締結した不死者条約。その中に「ノーライフはヌラァフの許可なくヌラァフ大陸に侵入しない」という文言がある。シルフィアはエルフの女王であるが、ヴァンパイアの一種でもあり、ノーライフに含まれる。従ってこの条約が適用され、ヌラァフ大陸への渡航には許可が必要で、更に滞在中は現地人が案内人という名の監視としてつきまとう。シルフィアが唯一自由に旅行ができなかった土地だ。

 旅行が自由にできなかったという事は、即ちシルフィアが行ったのが何であれ影響が十分に及んでいない(はず)という事。少なくとも全ての場所の中でその見込みが最も高い。


 案の定、ヌラァフ大陸に仕掛けられた擬似核爆弾の数は他の大陸と比べて格段に少なく、現地人であるフビッタのアラシェプトナを筆頭とした大都市が更地になった程度で済んでいる。転送室の処理もできておらず、無事だった。


 テウルスタの「それにしてもこんなに生き残る事ができたのはおかしい」という意見にはロバートも同意した。擬似核爆弾が十分に設置できなかったとしても、なんとでも方法はある。ヌラァフ大陸に向けて大陸間弾道核ミサイルを乱れ撃ちしても良いし、そもそも転送室をキッチリ潰しておけばヌラァフ大陸に逃げ込まれるという事態そのものが起きない。

 とりあえずわざと逃げ道を作る事で生き残りを集めて一網打尽にするつもりなのではないか、と予想は立ったが、何か欠けている。しかし考えても分からないので保留とした。


 ロバートはルルイエから転送室に移動しながら主に電波通信で各地の生存者と連絡をとっていたため、被害状況と主な生存者は把握できていた。


 まず、他の星へのトラペゾヘドロンは完全に潰されている。別の星へ繋がるトラペゾヘドロンを置いてある転送室は数箇所しかなかったので、潰すのも容易だったのだろう。

 エーリュシオンの主な大陸――――エレメン教国やナルガザン帝国があるマホウ大陸、その東にあるフノジ大陸、西方諸島は全滅。都市規模の人口密集地は全て核の餌食となり、村レベルの集落も核爆発で生じた死の灰が降り注いでいる。遠からず壊滅するだろう。

 ヌラァフ大陸では七箇所でしか核爆発が起きていない。しかし数が少ない分、的確に大都市が狙われているため、相当の混乱が起きている。生き残りを探し、集め、落ち着かせ、事情を説明し、協力を仰ぐ手間を考えれば、ヌラァフ大陸の住民の助けを借りるのは現実的ではないと思って良いだろう。第一、ヌラァフ大陸の魔法・科学レベルはマッチポンプ下にあったマホウ大陸よりは高いが、エルフィリアには到底及ばない。仮に助力を受けたとしても事態の解決は見込めない。


 生存者は、まずロバート、アンゼロッタ、テウルスタ、エイワス、ゼルクラッド、サフカナ、アリアーニャ。ラキに襲われ重症を負い撤退したアイリスとロベルト。転送先の魔王城跡で瓦礫に潰されて体にヒビを入れたものの、運良くアイリスと合流して保護されたソロモン。ダオス、オディオ、ナノハ、ゾーマなど、偶然出かけていたり深海や山間部の調査をしていて難を逃れた幾つかのマスター不在の無所属魔核。他にも何人か生き延びたかも知れない者はいるが、連絡が取れずはっきりしない。

 敵方としては、シルフィアは当然として、エルマーとラキの生存が確認されている。

 数はロバート側の方が圧倒的に多い。が、大した慰めにならなかった。初撃でアドバンテージを取られすぎている。


 ゼルクラッドの「シルフィアがロバートのようにゴーストを作って分裂するのではないか?」という最悪の想像は、魔法技術とシルフィアの性格をよく知るロバートとアンゼロッタ、テウルスタが口を揃えて否定した。


 まず思想的問題。

 シルフィアは自分が唯一無二の存在であるという高すぎるプライドを持っている。いくら単一の意思の下で統率されて動くと言っても、「いくらでも替えの効く自分」「自分がたくさんいる」という状況は受け入れられない。極端な話、百体に分裂すると、一体一体の存在価値(シルフィアという存在に占める割合)は百分の一になる。自分を軽視しがちなロバートと違い、シルフィアはそうして自分の価値を下げるのに耐えられない。エルマーにあのシルフィアが死んでもまだ他のシルフィアがいるからいいや、と思われるのも辛いだろう。エルマーはそんな事は絶対に思わないだろうが。


 次に実現性の問題。

 実は分裂体作成の研究はあまり進んでいない。エルフィリアでは脅威になるという理由で分裂体作成が禁止されているからだ。脅威になるからこそ研究して対策を立てておくべきではあるのだが、そこはロバートがエルフの助けを借りず、自分だけの発想力で研究しているため亀の歩みだった。

 シルフィアが自分の形質魔力に存在鎖を組み込んで切り離し、放置すれば理論上ゴーストができるのだが、そのゴーストがシルフィア本体と完全な意思統率ができるかといえば怪しい。出来上がったゴーストはシルフィア本体が持っている不老法術鎖を持っていないからである。

 ヴァンパイアであるシルフィアの肉体には、死亡時に形質魔力が変質してできた法術鎖が定着している。この法術鎖は肉体が生きている状態で精製する形質魔力と、死んでいる状態で精製する形質魔力の中間のような形態に近い。ヴァンパイアになったシルフィアが精製している形質魔力とはかなり構造が違う。従って、シルフィアが形質魔力を切り離してゴーストを作っても、固着した法術鎖に完全に依存して動いているシルフィア本体とは違うものになると推測される。そうなればヴァンパイアシルフィアとゴーストシルフィアの間で共有鎖による情報通信ができるかも危うい。ロバートは色々な種類の精霊に分裂してもしっかり意思統率していたが、シルフィアのコレはそれとは原理が違うのだ。

 要するに、シルフィアは分裂してもゴーストシルフィアVSヴァンパイアシルフィアの自分VS自分になってしまう可能性が高い。それはあまりにもリスクが高いし、シルフィアが自分ではない自分の存在を許すはずがない。


「なるほど。自尊心が高い人なのか」

「高すぎた結果がこれ。昔から兆候はあったんだよなぁ」

「ねえ大御祖父様、私達これからどうすればいいのかな……」

「アンゼがどうしたいかによる」

「それもなんかよくわかんないっていうか。あっ、死にたくはない!」

「大御祖父様はどうするつもりか知っておきたい」

「ん? まあ、なんだ、あー、あれ、シルフィアを、殺すしかないかな、的な事をね。思ってる」


 ロバートは双子をチラチラ見ながら気まずそうにもぞもぞ言った。一瞬沈黙が降り、アンゼロッタとテウルスタが同時に聞く。


「なんで?」

「どうやって?」


「あ、なんだそんな感じか。なんでかって言えば越えてはいけないラインを越えたからだな。捕まえて更生させられるならそうするんだが、俺だけならまだしも自分の娘と息子まで躊躇いもなく殺そうとした奴に言葉が通じるとは思えん。俺にはSEKKYOUスキルも無いしな。ゼルクラッドにシルフィアの暴走は俺が止めるなんて請け負っといてこのザマって自責もある。アンゼロッタはシルフィアが死ぬのは嫌か?」

「えっ……うぅん、嫌っていうか、その、馬鹿な事って分かってるけど、全部元通りになってこれまでみたいに暮らせないかな?」

「あー、それはちょっと、いやかなり無理だな」

「ですよね」

「すまんな、力不足で不甲斐ない。シルフィアがこんな事をした動機はたぶん知的生命体を皆殺しにすれば自分達は永遠に安全! とかそんなところだろう。和解は不可」

《えっ? 嘘でしょう? そんな理由で? いやそうだとしても普通それを実行しますか?》

「俺の予想だから間違ってるかも知れんが。あいつ普通じゃないからなぁ」

《ああ、そうでしたね……本当にもう……はぁ》

「テウルの質問だが、具体的な方法は無い。が、今思えばシルフィアがゼルクラッドにマッチポンプを暴露する時の場所にエルフィリアを指定したのは、自分の手で確実に殺すためだったんじゃあないかと思う。それなら逃げた俺達を殺しに来るのもきっとシルフィア本人だ。探しに行かなくてもその内向こうから襲ってくる。そこを迎え撃って、殺す。武装の差が致命的な問題になるが、まあ襲撃までにできる限り準備するつもりだ。武装を整えて戦力を揃えて作戦を練って……ああゼルクラッド、お前は俺を手伝ってもらう。強制参加だ。この大惨事の引き金を作って引いたのはお前なんだから。嫌とは言わせん」

「勿論です。全力を尽くします。この命、如何様にも」


 ゼルクラッドが頷くと、サフカナに続いて次々と同調する者が出た。


「私も参加しよう。まさか嫌とは言うまいな?」

「歓迎しよう」

「わ、私も!」

「アリアーニャは引っ込んでた方が良い気がするが。まあ、やる気があるなら手伝ってもらおうか」

「私は……私もいいかな?」

「構わんが、無理はするなよ」

《当然マスターについていきます》

「オッケー、頼りにしてる」

「大御祖父様、実は逃げる時に魔質を持ってきたんだ。使って欲しい。俺も協力する」

「なんだ、全員参加か。命知らずな奴らだな」

《殺らなきゃ殺られる状況ですから。むしろ参加しない方が命知らずでしょう》

「なるほど確かに。よし! 時間が惜しい、準備を始めよう」












 ほとんど戦力外のアリアーニャを転送室(岩山)の外に見張りに置き、チーム分けをして対シルフィア戦の準備に入った。


 ミスカトニック大学を卒業し、十分に魔法知識を持っているテウルスタとアンゼロッタは装備製造チーム。これからの戦いではマジックアーマーかそれに類する装備は最低ラインと言ってよい。

 現在ロバート達が所持している魔導装備は、アンゼロッタが召喚する魔法少女装備、エイワスが嵌った魔導銃、折畳式狙撃銃TSR-236(Tachyon Sniper Rifle 法暦236年モデル)。サフカナの聖剣エクスカリバー(灰魔核付)。ロバートのイモータル。それだけしかない。せめて全員分の防具と攻撃手段は揃えたいところだ。

 アムリタで魔質を一度物質に戻し、それを超変換グブレイシアンで増やす。必要な魔力は賢者の石で集めたり、マナ結晶圧縮式の増産装置を組み立てて賄い、パリスチールを使って魔化し、と、培った知識をフルに使って装備を作っていく。加工機械がないので精度は低いが、そこは仕方ない。


 エイワスは魔導コードのプログラミング。魔導はミスリル装甲を相手にすると直接攻撃にはまるで役に立たないが、目くらましに使ったり、自己回復に使ったりと、補助的な面で活躍する。複雑な機構の『杖』を作っている余裕はないので、装備製造チームが作った第一世代相当の簡易的な『杖』に汎用性が高い魔導を選抜してプログラミングしている。


 ゼルクラッドとサフカナはロバートの慣らし運転に付き合っている。

 新しい体に変わったばかりのロバートの動きはぎこちない。歩いたり物を持ったり、という単純な動きならまだしも、激しい戦闘ができる状態ではなかった。対シルフィア陣営の要となるロバートをいかに万全の状態に持っていくか、というのは重要事項だ。

 最初の数分は素振りした剣がすっぽ抜けるほど酷かったロバートの動きはみるみる良くなり、あっという間にゼルクラッドに対応できるようになり、すぐにゼルクラッドとサフカナ二人を同時に相手取れるようになった。そこから更に強くなっていく――――動きを取り戻していくロバートに、二人の剣士は戦慄する。なにしろ、エルマーはロバートを凌ぐ最強の剣士なのだ。今エルマーがフル武装で正面から襲撃をかけてくるだけで、ロバート一行は簡単に全滅する。

 本番ではシルフィアもいるし、何か奥の手も用意しているだろう。絶望的な戦いだ。それでもやるしかない。


 なお、ソロモンは体にヒビが入っているため絶対安静で、ロバート達に合流できない。アイリスや生き残りの魔核達はロバート達が敗北した場合のバックアップとして合流せずに別行動(生き残りの捜索、救助など)をとることになっている。


 サフカナがマジックアーマーの採寸のために装備チームに呼ばれ、ロバートチームは小休止に入った。ゼルクラッドは息を整えながらロバートに尋ねた。


「幾つか疑問に思っている事があるのですが」

「ん?」

「逃げ回りながら体勢を整えるわけにはいきませんか? 少しでも時間を稼いだ方が良いと思うのですが。ルルイエ? には逃げ込めないのでしょうか」

「まあ可能っちゃ可能だ。でもな、あんまり逃げ回ると業を煮やしたシルフィアが強行手段に出る可能性がある」

「強行手段? これ以上の?」

「そう。例えば星ごと吹っ飛ばす、とか」

「」


 絶句した。とんでもない手段だったが、納得できてしまうのが恐ろしい。それをやりかねない相手なのだ。


「他には?」

「あっはい。私はセーブデータを用意されていたという話がありましたよね。シルフィアがセーブデータを用意している可能性は?」

「それはない。セーブデータは魔力が物質を記録する性質を利用して言わば物質のコピーをとってそれを保存しているわけだが、シルフィアは法術鎖で動いていて、魔力は法術鎖を物質と同じように記録できないから、例えシルフィアのセーブデータを作ってロードしたとしても出てくるのは法術鎖のないただの死体になる。魔力構造体である法術鎖の複製は「魔力を複製の材料にする」が該当するからシルフィアを魔法で複製してマテリアに保存しておく事もできない。つまり……理解できてない顔だな。シルフィアとついでにエルマーのセーブデータ作成は技術的に不可能って事だけ覚えとけ」

「分かりました。ではシルフィアが何者かに操られている可能性は?」

「無い。宇宙人がシルフィアに寄生して操ってるなんて事態を考慮すればなくもないが、そんな天文学的確率を考える必要はないだろ」

「質問は終わりか? サフカナも戻ってきたし続きにするか」



中途半端ですが一区切りついたので投稿。割と説明回になった。

エピローグ入れてあと3~5話でしょうか。今年中に終わるか怪しくなってきた


 装甲の一番外側、外気に触れている部分は、内部のミスリル効果により1μmほどの魔法無効化層がある。物質を1μm以上の厚さで塗布した上から擬似物質を貼れば、擬似物質はミスリルの効果で消えずに済む。

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