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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
四章 コインの裏表
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十七話 魔王崇拝する奴ってなんなの? 馬鹿なの? 死ぬの?

 レインが行方不明になった。書置きも言伝もなく、忽然と姿を消した。

 迷子を心配するような齢ではないが、放っておける状況や立場でも無かった。試合で体力を消耗した隙を突かれ、アンデッドに浚われた可能性は高い。魔王城攻城戦の精鋭に選ばれるほどの高い実力を持ち、しかし成熟しきっておらずつけ入る隙があって、アンデッドになりやすい血筋(これは予測)。魔王が手駒にするにはうってつけの人間だ。

 もちろん闘技場の宿舎の警備は相応の厳重さで、魔王は弱っている。誘拐は困難だろう。しかし魔王やアンデッドが操る死霊魔法は底が知れない。デイウォーカーの前例があるし、レインが気絶寸前に見せた「何か」がゼルクラッドに不安を抱かせた。


 それは転生してから時折ゼルクラッドの脳裏に過ぎる漠然とした不安と似ていた。

 何かが違う。

 何かを見逃している。

 何かがおかしい。

 ……気がする。そんな不安。


 誰でも一度は考えた事はあるだろう。「もしかしてあいつ、自分の心を読める/読んでるんじゃないか」とか。「もし目の前の相手が突然襲ってきたらどうしよう」とか。あり得ないはずなのに、妙に臨場感のある恐怖。すぐに杞憂だと忘れ去るその不安は、数日、数年の間を置き、ふとした拍子にまた現れる。

 ゼルクラッドは理屈っぽい。故にそういった不安は直感ではなく妄想だ、と処理してきた。

 例えば「もしかして世界は秘密組織に管理支配されていて、自分達はそれを知らずに過ごしているのではないか?」という不安に駆られたとして、一体どうしてそれが直感による真実の看破だと言えるだろう。自分を信じるのは良い事だが、信じ過ぎるのも考え物。漠然とした不安や妄想を真実だと信じて進めば、その先に待つのは大抵狂気だ。


 ゼルクラッドは頭に浮かんだ不安の原因を息子とも親友とも思っているレインが失踪したからだと理由付け、深く考えるのを止めた。


 レインの失踪は即座にゼルクラッドからサフカナに伝わり、サフカナの一声で貴重な諜報系帝国部隊によるかなり力の入った捜索が行われた。捜索中に浚われる二次被害を避けるためにアリアーニャはサフカナの同室に移される。サフカナはアリアーニャの護衛と本戦の準備で待機……というより、ゼルクラッドに頼まれたから捜索を指示しただけで、レインの行方に特別興味がなかった。浚われたとしたら、誘拐犯を撃退できなかったという事。撃退できなかったという事は、弱いという事。後は帝国理論だ。サフカナにとってレインは数多くいる「それなりの手練れ」の一人しかない。ゼルクラッドを倒していなかったら捜索に諜報部隊まで投入する事は無かっただろう。


 ゼルクラッドは途中敗退したのでこの先予定はなく(あったとしても放棄しただろうが)、自分もレインの捜索に加わった。

 痕跡を調べ、目撃情報を辿る。前世で警察の特殊部隊に所属していたゼルクラッドは追跡能力も高い。

 が、レインの足取りはいくら調べても全く分からなかった。部屋の中から煙のように消えている。争った形跡は無い。壊れた武具は修理に出されていたので部屋には無い。隠されたメッセージも何も無い。


「なるほど。何も分からないという事が分かれば上出来だ」


 ゼルクラッドの報告を聞いたサフカナは、憮然としたアリアーニャを膝に乗せて後ろから抱きかかえながらゆっくりとそう言った。すらっとした長身のサフカナの体に、小柄なアリアーニャはすっぽりと納まっている。彼女はその体勢からでもアリアーニャを襲う者がいれば首を刎ねる事ができる。

 サフカナは本戦を全試合一分足らずで圧勝して勝ち抜き、何のドラマも無くあっさりと皇帝の座を守っていた。これにより国内のサフカナ人気が熱狂的に高まっていたが、それは置いておく。


「まあ確かに分かり易くはある」

「古代魔……ヨガは使わなかったのか」

「いや、あれは捜索に向かない」


 正確には情報の精査には向かない。大魔法使いエマーリオが遺した貴重な文献によれば、古代魔法使用時の条件付けは術者の認識に依るという。大雑把に言えば、魔法の発動条件やターゲットに術者の知らない物事は使えない。

 相手が嘘を吐いたら爆破する魔法は使えない。嘘をついたかどうかは術者に分からないから。

 裏切り者を探して殺す魔法は使えない。裏切り者が誰なのか術者には分からないから。

 レインを見つけ出す魔法は使えない。レインがどこにいるかゼルクラッドには分からないから。


「ちょっと待って、話の流れが分からないんだけど。どうして何も分からないのが良い事なの?」

「ん、良い質問だ。ゼルクラッド」


 アリアーニャの疑問に、サフカナに促されたゼルクラッドが説明する。


「アリア、簡単な話だ。これだけ調べて何も分からなかったという事は、手がかりを残さない方法で消えたという事。つまり、魔法しかない。魔法を使って別の場所に瞬間移動すれば痕跡は残らない」

「あ、そっか……あれ? でもレインは風属性使いだけどLv2だから、Lv3スペルのテレポートは使えないよね?」

「そう。それがレインが自分の意思で消えたのではなく何者かによって浚われた証拠になる」

「な、なるほど」

「なるほど」


 アリアーニャとサフカナはこくこくと頷いた。お前も分かってなかったのか、という突っ込みを飲み込んでゼルクラッドが続ける。


「だからアンデッドも犯人候補に含まれる」

「ん? なぜだ?」

「恐らく、死霊魔法でも瞬間移動ができる。あれの性質は精霊魔法や古代魔法に近いものがある」

「フム……なるほど。分かった。では可能性を一つずつ潰して行こう。瞬間移動あるいはそれに類似したものを使えるという条件で絞ると、候補は五つ。一つ、ゼルクラッド。二つ、精霊使い。三つ、エルフ。四つ、魔王の手勢。五つ、それ以外の未知の存在」


 言いながらサフカナは握った片手の指を伸ばしていった。


「一つ目は考えるまでもない。除外する。精霊魔法は悪事に使用できない。よって二つ目も除外する。五つ目は考えるだけ無駄。除外する。三つ目のエルフだが、奴らは神出鬼没で意図しての接触が難しい。保留としておく。すると今確かめられるのは四つ目、魔王の手勢のみとなる」


 指は小指から一本ずつ折られていき、人差し指だけが残った。サフカナは指でアリアーニャの頬をつつきながら言う。


「スケルトンに死霊魔法は使えん。今動けるアンデッドで死霊魔法が使えるほど強力なアンデッドは魔王ぐらいだろう」

「じゃ、じゃあ魔王がレインを攫った?」


 アリアーニャの顔が青ざめる。サフカナはそれを鼻で笑った。


「弱った魔王が安全な北の山脈を離れて、わざわざ掃いて捨てるほど精霊使いと手練れの戦士が集まる帝都にやってくる。そんなリスクを冒す価値がレインにあると?」

「ちょっと、そんな言い方しなくても」

「あるのか?」

「……レインは、凄いよ。勉強も戦うのも、ずっとずっと頑張って来たんだから」

「知っている。だが魔王が危険を冒してまで手に入れようとするほどのものでもない。こら指を噛むな、レインを馬鹿にしている訳ではないよ。単純に魔王が直接動いたと考えるよりも簡単な解があるだけだ。いるだろう? アンデッドではないが、魔王に加担し、死霊魔法が使える奴らが」

「あ」


 ハッするアリアーニャ。サフカナは頷いた。


「そう、死霊教徒だ」















 魔王を崇拝する闇の宗教、死霊教は裏社会と切っても切れない関係にある。魔王の後ろ盾を受けた脅しと、永遠の命や強大な力を得られるという餌。巧みな飴と鞭で死霊教は裏社会にを完全支配していた。決して表立った活動はせず、魔王の邪魔になる人間を事故死や病死に見せかけて始末したり、経済や政治面に侵蝕して遠回しに精霊教に圧力をかけたり。

 精霊教の調査では、年間行方不明者と不審死の七割が死霊教の仕業だという結果が出ている。調査の及んでいない者や発覚していない事件も含めればもっと多いだろう。それだけやっていてまともに実体を掴ませないというのが死霊教の狡猾さ、厄介さ、強大さを物語っている。


 しかしここ最近は事情が変わってきた。

 第三次魔王城攻城戦で魔王が弱体化して以来、魔王による統制が弛んだらしく、死霊教の活動が活発になり、証拠隠滅・情報隠蔽が杜撰になった。死霊教が表に見える形で出てきたのだ。死霊教徒は次々と捕まり、拠点を潰され、謎に包まれていた実態が明らかになってきている。


 例えば、死霊教徒には四つの位階がある事が分かった。

 第四位は「信徒」。これは情報提供者で、より位階の高い教徒の命令で情報を集めたり、噂を流したりする。最も数が多いが、ほぼ一般人であり、脅威度は低い。

 第三位は「助祭」。これはサポーターで、アンデッドの手引きをしたり、匿ったり、各種手回しや精霊教への妨害工作をする。

 第二位は「司祭」。これは魔王に授けられた秘薬によって死霊魔法に目覚めた人間で、策謀の実行犯になる。特に信仰心の篤い狂信者で、数は少ない。

 第一位は「司教」。これはアンデッド(リッチ)であり、基本的に地下に隠れ潜み、一つの街につき一体存在し死霊教の活動を取り仕切る。


 これを信じるならレインを誘拐したのは死霊教徒の司祭だ。その場で殺さずにわざわざ浚ったのだから、まだ生きている見込みはある。

 サフカナはレインの救出は可能だと言った。帝都ラケダイモーンに巣食う死霊教徒の本拠地は分かっているという。枝葉末節の拠点は既に潰してあるので、レインがいるとしたらその本拠地の可能性が高い。


「その情報は本当か? 随分手回しが早いな」

「元々武術大会が終わったらすぐに潰すつもりだったのさ。それはそうとして、本当に一人で行くのか?」

「ああ、一刻も早く助け出した方が良い。時間を置けば何をされるか分からない」

「急がせれば明日には討伐隊の編成が終わるが? 追い詰めてはいるが大陸最大の街に根を張っていた組織の本拠地を簡単にどうにかできる思えない」

「ありがたいが、待てない。すまない」

「ふむ……」


 サフカナは決意を固めたゼルクラッドから目を逸らし、斬りつけるような鋭い眼光でアリアーニャを睨んだ。


「ゼルクラッドは分からんでもないが、アリアも行くのか」

「うん」

「死ぬぞ」

「……死んじゃうのは、怖いよ。傷つけるのも、傷つけられるのも怖い。怖いけど、もう待ってるだけなのは嫌だから。私も何かしたい。ほんの少しでいいから、役に立ちたいの」


 アリアーニャは涙目でぷるぷる震えながらも、しっかりと目を合わせてサフカナを睨み返した。


「脆い応急箱程度にしかならんと思うが」

「い、いいよ、応急箱で。役に立てるなら」

「ふむ。その意気や良し! 私も行こう。明日の偵察代わりと考えれば悪くない」


 サフカナは抱きかかえていたアリアーニャを放し、立ち上がった。


「急ぐのだろう? 今集められるだけの兵を集めよう。その間に準備をしておくといい」

「感謝する」

「ふふ、惚れたか?」

「惚れないよ! ……あ」

「どうした、アリア」

「今日侵入したら、明日の作戦? の時に死霊教徒の警戒厳しくならないかな?」

「お前は一体何を言っているんだ? ここ一ヵ月、散々死霊教徒を追いかけ回して捕まえて殺して潰してるんだ。もうこれ以上ないほど警戒されている」

「そ、そうなんだ」

「しかしエクスカリバーが無いのが惜しいな。無い物ねだりをしたところで仕方ないが」

「あるよ?」

《ちょっ、マスター静かに!》

「おっとと」


 頭上から聞こえた声に、ゼルクラッドとサフカナは素早く反応した。サフカナは抜剣しながらアリアーニャの腕を引いて自分の背中に隠し、ゼルクラッドは振り向きながら袖に仕込んだクナイを投擲し、剣を抜いた。

 声の主は天井の穴から顔を出していた。クナイは空中で停止している。ゼルクラッドは溢れ出る強い魔力から、サフカナは異常な現象から、彼女が魔法使いである事を察した。


「しまった、見つかっちゃった。めっちゃ警戒されてるし」

《こんな所で盗み聞きなんてするからですよ。だから私は普通に訪ねようと何度もですね》

「エイワスうるさい。それじゃ面白くないでしょ」


 緊張感無く誰かと言い合いながら、天井から不自然にゆっくりと落ちてきてふわりと着地した。

 年齢はサフカナより低く、アリアーニャより高いぐらいだろうか。背は低い。気品のある端正な顔立ちをしていて、思わず頭を垂れたくなるような不思議な魅力がある。

 服装は何かの革でできた黒い袖なしジャケットとブーツ。白のシャツとハーフパンツを着こみ、腰に巻いたガンベルトには二丁の銃が納められていた。

 彼女は目にかかった金糸のような長い髪を無造作に払う。クセが酷いのか、髪が一房重力に逆らってぴょんと立った。髪の間から長い耳が覗き、ゼルクラッドは息を飲む。エルフだ。


 サフカナはごそごそと手に持った細長い包みを開け始めたエルフを犬歯を剥き出して睨んだ。即座に切り捨てないのは侵入の意図が分からないのと、人類最高峰の剣士二人に剣を向けられても戦意が全く見えないのが理由だった。


「貴様、どこから入った? いやどこに入っていた? この部屋の天井に人が入れる隙間など無いはずだ」

「そんな事はどうでもいいの、重要な事じゃないから。今日はお使いっていうか配達っていうか、お届け物しに来たんだよね。あなたが皇帝だったよね? はいどーぞ」


 エルフは包みから出した剣を投げた。サフカナは反射的に柄を取って受け止め、目を剥いた。


「エクスカリバー?」

「え?」

「なんだって?」


 サフカナの呟きに見てみれば、確かに見覚えのある剣だった。不思議な質感の緋色の刀身は唯一無二。崩壊した魔王城の下敷きになったはずの聖剣エクスカリバーがそこにあった。

 唖然とする三人に、エルフは笑顔で言った。


「私はエルフの姫、アンゼロッタ。こっちは私の『杖』のエイワス。よろしく!」


 展開が早いね! でもどんどん進めるよ!

 最初は四章のサブタイトルは全部掲示板のスレッドタイトル風にしようと思ったけどすぐに挫折した。話の内容の割にサブタイがふざけてるのはその名残。

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