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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
一章 不死の起源
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十一話 現状認識

「では研究の前に細々とした事を。宿はどちらに? よろしければ屋敷に部屋を用意しますが」

「いや、宿はとってない。仮にとろうとしても自分の意思で姿を現せないからな。部屋は……まあ狭くて良い。家具も要らん。俺は常に飲食睡眠排泄不要で物体に触る事が出来ないんだ。老いもしない。そしてこの状態は解除出来ない」

「………………………………………それはまた」

 長い沈黙の後、エマーリオは適当な言葉が見つからなかったのか曖昧に呟いた。反応から察すると多分俺が使ってるのは前代未聞の魔法? なんだろうなぁ。

 これは! まさかまさかの俺Tueeeeee! の前触れか!?

 ……いや無いな。物理的には無敵でも魔法っつーか魔力に対して弱過ぎる。むしろ俺Yoeeeeee!

 表情に出さず一喜一憂していると、それまで大人しく話を聞いていたシルフィアが言った。

「お祖父様、私は? なんだか大事になってますけど」

「おお、すまなんだ。ロバート殿、これは御存じかも知れませんが私の孫娘のシルフィア。なかなかに聡明な子でそれなりの魔法の才も持っております。出来ればロバート殿の知恵をこの子にも授けたいのですが……」

「大丈夫だ、問題無い」

「感謝します。シルフィア」

「えーと、よろしくお願いします」

 シルフィアがぺこりと頭を下げたので俺は鷹揚に頷いた。シルフィアの態度が「変なおっさん」から「大魔法使いが認める魔法使い」に対する物に変化していた。ナメられるよりずっと良い。

「ロバート殿は着の身着のままこの屋敷へ?」

「まあそうだな。家も無ければ家族も居ない。とっくの昔に戸籍も消えてるだろうさ。子孫はどっかで生きてると思うけどな。背後関係を気にする必要は無い。完全に独立一個だ」

 森に残してきたアニマルゾンビの群を思い出したが、特に気にする事は無いだろう。無害な連中だし、いざとなったら処分しても良い。俺の都合で甦らせておいて俺の都合で殺すのは忍びなくもあるが、世の中そんなもんだ。

「ロバート殿の出自を知る者は居ない、と?」

「居ないだろうな。少なくとも死んだと思われてる」

「偽装死でしょうか」

「いや普通に死んだ……と言うか……ああ説明めんどくせ」

 こうして言葉にしてみると自分がどれほど奇妙な立場にいるかよく分かる。ゴーストが認知されていれば説明も楽に済むんだけどな。世界で始めてのゴーストっぽいが嬉しくも何とも無い。

「俺は二百年前に病死した辺境の村の村長だ。魔法について知らなければ現代社会についても知らん。分からん事だらけだな」

「え、じゃあロバートさん二百歳なんですか」

「そうなる」

「……二百歳……不老……」

 ぶつぶつ呟くシルフィアの目には微かな欲望の火が見える。

 まー不老不死は人類の夢だからな。正常な反応だろう。醜いとは思わない。

 シルフィアの反応に特に何も言わずに流したエマーリオはふむ、と一つ頷いて言う。

「では軽く我々を取り巻く現状を説明しておきましょう。まず念頭に置いて頂きたいのですが、現在ビルテファ王国は帝国の侵攻を受けております。帝国は魔法を持たぬ国ではあるものの王国のおよそ十倍の国土と民を抱え、強大な兵力を以て戦線を王国側に押し続けておるのです」

 何やら国情を説明し始めたエマーリオ。まだ存続してたのかビルテファ王国……と言うか兵力十倍ってそれもう詰んでないか?

「包み隠さず申しましょう。魔法という帝国には無い武器があるからこそ未だ押し潰されず済んでいるものの、王国の落日は時間の問題であると私は考えております。両国の戦力差を鑑み王国に甘く見積もったとしても果たして五年保つかどうか」

 滑らかに話すエマーリオの横でシルフィアがそわそわキョロキョロしている。そりゃまあ「俺の国負けるぜ!」なんて事を国一番の魔法使いが断言していれば目と耳が気になるだろう。口振りからして内密の話っぽいし、どこからか話が漏れれば王国の士気がガタ落ちするのは確定的に明らか。

 エマーリオは俺とシルフィアの様子に気付いたのか安心させる様に頷いた。

「ああ、この部屋には現在防聴魔法をかけてあります。心配御無用。

 さて、王族と貴族も無根拠に勝利を確信してはいるものの無策でもありません。王国の利点である魔法使いの数を増やそうと教会に働き掛けを……教会については御存じか?」

「全然。そういう物があるって事は聞いている」

 問い掛けに首を横に振って答える。すまんね無知で。

「ふむ。教会は魔法を管理し、絶対神を奉ずる組織ですな。魔法の管理とは即ち秘薬の管理。秘薬が無ければ魔法使いに成れぬ訳ですから、その秘薬の原料となる薬草、及び毒の中和法を握る教会の権力は王族のそれに等しいと認識――――」

「ちょっと待て。秘薬の薬草って有毒なのか?」

「左様。毒の中和をしなければ身体に重度の機能障害が…………まさかロバート殿が服用した薬草は?」

「副作用無かったな」

 あのソワソワムズムズ感は副作用と呼ぶほどでも無いだろ。

 エマーリオはふー、と長く息を吐き、天井を仰いで椅子に深く体を沈めた。驚きを通り越して脱力しているっぽい。

「大発見ですね!」

「そうだな。自分達の利権特権信仰その他を守ろうとして教会の連中が俺(達)を始末しに来るぐらいの大発見だな」

「あ……」

 呑気に言ったシルフィアに五寸釘を刺しておく。

 俺が見つけた薬草は森の奥に普通に群生していた。多分今でも普通に繁茂している事だろう。

 それを公開すれば今まで教会が独占していた秘薬の価値と教会そのものの価値がガタ落ちする事間違いなし。毒性が無くそのまま服用できる分、既存の薬草よりも有用性は高いだろう。薬草を巡る争奪戦が起き、帝国の侵攻を待たずして国が割れる可能性すらある。

 なんか想像以上にヤバいぞ俺の立場。情報が漏れたら国がひっくり返る。

「……ロバート殿が発見した薬草について知る者は?」

「俺以外にいない」

 あの薬草については乱獲されないようにずっと黙っていた。森の側にあった村は火事で消え、俺以外に知る者はいない。

 黙っていて良かった。本当に良かった。

「では薬草の問題は口外無用と言う事でひとまず置いておきましょう。

 現在王国上層部は教会に働き掛け魔法使いの数を増やそうとしております。祝福が強い魔力を持つ者を選び、秘薬を飲ませ、修練のちに戦線へ。しかし秘薬も無限に作れる訳では無く、戦死する者も出る為常時魔法使いが不足しているのが現状。

 ああ、私は後進――――シルフィアの教育と高齢を理由に戦線から引いております。今までの功績もある事ですし、なんとか隠居を認められました。本音を言えば私が出た所で焼け石に水でしょうからな。無駄に命を落とすつもりはありません」

「質問。魔法使いはそこまでして必要なものなのか? 装備の充実を図ったり兵士を鍛えたりした方がまだ安上がりな気がするが。時間の問題か? 魔力覚醒して魔法使いになれば即戦力になるとか?」

「魔法使い一人で熟練した兵士二十人分の働きをすると言われていますな。魔法に覚醒し、戦闘が可能になるまでには最低一年間の修練が必要となりますが、それでも一般兵を訓練するより格段に早く強力な戦力となる事は間違いありません」

 でかいな、魔法のアドバンテージ。帝国に魔法が無いのは秘薬が無いからか? それならば、

「もしかして帝国は秘薬を狙って?」

「御察しの通り。あちらも始めこそ売買交渉を持ち掛けて来たのですが、教会が断ると途端に戦端を開いたのです。教会は神が与えたもうた秘薬を奪おうとする帝国を神敵とし、魔法技術を流出させたく無い王族、貴族の合意の下に徹底抗戦の構えを取っておるのです。

 ……大部話が逸れましたな。つまるところ今ロバート殿の魔法が王国に露呈すれば王族もしくは教会に利用され尽くされるだろう、という事です。平時でさえ革新的進歩をもたらすであろうその魔法、戦時下に於いては言うまでも無し。研究は秘密厳守で行わなければなりません。ただでさえ私は教会に目をつけられていますから、死の概念を超越する様な新しい魔法を発見したとなれば、恐らく我々は三人共……」

 おい、途中で切るな。怖ぇだろうが。

「……そうですな、万が一事が露見した場合は東の未開の森へ逃げ込む事も視野に入れておきましょう」

 東の森って俺がアニマルゾンビを待機させてる場所じゃねぇか。今それを言うとまたややこしくなりそうだから後で伝えよう。

 しかし疑問なのは、

「エマーリオとシルフィアは帝国に亡命しないのか? 負け戦って分かってるんだろ? 二人共それほど王国に愛着がある様に見えないんだが。帝国につけば優遇されるだろうに」

「ああ、それは単に王国の方が研究環境が整っているからです」

「私はお祖父様についていきます」

 あっさり愛国心ゼロの台詞を吐いたエマーリオとファザコンもといグランドファ……語呂悪いな。ジジコンを発揮したシルフィア。

 王国随一の魔法使いがこれとか王国終わったな。どうでもいいけど。

 俺も一応は生前王国に所属していた訳だが、年一で村から税を徴収していくだけの国になぞ愛着もへったくれも無い。

 エマーリオが口を噤むと三人とも黙ってしまった。エマーリオはおよそ現状の軽い説明は終えたと判断したらしく、最初から時々喋る置物と化していたシルフィアも黙りっ放し。

 これは質問タイムと判断していいのか? エマーリオ、黙って俺を見てるし。

「帝国ってどこにある国なんだ?」

「大河を挟んだ南に位置する大国です。国土面積は王国の十倍とも二十倍とも。現在は大河を越えて徐々に北へ向け領土を広げております」

「ほー。どんな国?」

「どんな……ふむ。帝国に住む住民は肌の色が黄色の蛮族です」

「ほう」

 黄色人種か。俺達――――ビルテファ王国の民は例外無く金髪碧眼の白人。蛮族発言はどうかと思ったがひとまずはスルーしておく。

「背と鼻が低く」

 ふむふむ。

「瞳は黒」

 ……ん?

「独特の文化を形成しており」

 ……んん?

「ああ、髪の色は紫ですな」

 ……なんだよ。日本人かと思っただろうが。よくあるだろ、西洋ファンタジーにジパングとか日本風の国とかさ。にしても紫髪とか流石ファンタジー。帝国民が集まったら一面紫に染まるのか……あんまり見たくない光景だな。

「言語は王国南部の訛りを更に強くした帝国語。鉄器も使いますが防具は革が主体ですな……申し訳ないのですが私もそれほど帝国については詳しく無いもので」

 頭を下げるエマーリオに構わないと頷いておく。

 あと聞くべき事は……

 衣食住については興味はあるが今聞くほど重要じゃ無いな。三つともゴーストには要らない(住はかすってるか)。衣食住が必要無く人間の三大欲も無いとか俺ほんと人外。

 ん? あれ、意外と聞くべき事が無い。文明レベルについて聞いとくか? 上下水道とか科学レベルとか社会体制とか。

 ……いや、あんまり一気に聞いても訳が分からなくなりそうだ。並列思考が使えて頭の回転も結構早いが、二百年停滞していた頭に現代情報を一気にぶち込まれたら流石に混乱するだろう。

 一度手に入れた情報を整理する必要がある。俺は遠慮がちに言った。

「あー、エマーリオ、一度情報を纏めたい。悪いが別の部屋に移ってしばらく時間を開けさせてもらっていいか? この部屋にいるとエマーリオの魔力で消滅しそうだ」

「ああ、構いません。一度に喋り過ぎましたかな。シルフィア、客間へ案内を」

「はい」

 エマーリオに促されシルフィアが立ち上がって部屋のドアを開けた。部屋の隅に張り付いていた俺は壁を抜けて廊下に出る。ドアの前で俺に先を譲ろうとしていたシルフィアが微妙な顔を向けてきた。すまんな。俺ゴーストだから。

 エマーリオの濃密な魔力が充満した空間から解放され、シルフィアに着いて客間に向かいながら、俺は予想外に厄介な存在だった自分にげんなりしつつ最初に会ったのがシルフィアで良かったと心底思った。

 教会の魔法使い? に見つかったら魔法か何かで拘束されて延々とゾンビ兵製造作業を強制されていた気がする。

 俺は十分有り得た未来を想像し、ぞっとして身を震わせた。



 次でようやっと魔法の具体的な話 

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