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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
四章 コインの裏表
104/125

六話 アンデッド「ぶち殺すぞヒューマン」

「敵襲! 推定外部からの魔法攻撃を確認! 総員警戒せよ!」


 ゼルクラッドの判断は極めて迅速だった。前方の二人の頭越しにアウレオールスの頭が吹き飛ぶのを見た直後、精霊殿中に響き渡る大声を張り上げ、それと同時にアリアとレインの襟首を掴んで強引に引き寄せる。それと平行して風属性Lv2スペル、エアリアルバリアを詠唱した。何が起きたか認識できずにただただ目を大きく見開くばかりの二人は、引き倒されるように精霊殿の中に戻される。

 にわかにざわめきだした精霊殿の物音を背後に聞きながら、防御魔法を展開したゼルクラッドは素早く、簡潔に、状況を整理した。この異常事態に長々と考察している余裕はない。


 仮にも戦闘に赴くために警戒していただろうアウレオールスが、身構える事すらできず殺された。

 そんな芸当ができるのはアンデッドの中でも魔法が使える上位種のみ。

 精霊殿の入り口を魔法攻撃できるアンデッドが、少なくとも一体。付近に潜んでいる。

 反撃に打って出るのは危険だ。この殺害自体がこちらをおびき出すための撒き餌かもしれない。

 ひとまず迂闊に動かず、護りを固め、体勢を立て直す時間を稼がなければならない。


 考えをまとめたゼルクラッドは最初に二人に指示を出した。


「二人は……いや、アリアは自分の部屋に戻れ。できれば防御呪文を使ってじっとしていろ。大司教からの指示があったらそれに従え。レイン、動けるな?」

「ああ、こんな事しやがった糞アンデッドをぶっ飛ばしてやる!」


 忘我状態のアリアとは対照的に、レインは分かりやすく怒っていた。簡単と思われた初の実戦の出発直後に引率役が即死するのを目撃すれば誰でも心が折れそうなものだが、レインの肝の太さは並ではない。


「落ち着け、警戒しろと言っただろ。まずは体勢を立て直す。大司教に今見た事をありのまま伝えろ。俺が精霊殿を防御呪文で固める指示を出した事も必ず言う事。この二つだけだ。分かったな? 行け」

「おいおい、自分の父親殺されて言う事がそれかよ! 引っ込んでもたもたしてる場合じゃねーだろ、今すぐアンデッド野郎の首根っこ掴んで泣いて謝るまで――――」

「もう一度言うぞ。『行け』。三度は言わん」

「……ああ、分かった!」


 感情を感じさせない声に気圧され、レインは頷いて精霊殿の奥へ走って行った。アリアも立ち上がり、ふらふらとおぼつかない足取りで歩いていく。それを一瞥し、門の外へ出た。

 頭部が無くなった赤いアウレオールスの死体を見て息を飲み、歯を食いしばった。 大きく深呼吸をして無理やり冷静さを繋ぎとめようとする。

 アウレオールスの死は油断と言えば油断だったし、どうしようもないといえばどうしようもなかった。死とはそういうものだ。予測された通りに予測された死に方をする事もあれば、全く考えもしなかった死に方をする事もある。前世で何度も同僚の死を見、自分の死すら体験したゼルクラッドだが、何度見ても死には慣れない。


 門番の内一人は血を噴き出す死体を抱えて愕然としていて、もう一人は盾に体を隠すようにして縮こまり、半ば怯えたようにせわしなく周囲に目を配っていた。警戒していた方がゼルクラッドに気付く。


「ゼルクラッド、これは一体?」

「見た通り言った通りです。防御呪文を展開してここを死守して下さい。いいですね?」

「あ、ああ! 『妙なる水よ。邪なるものより護り賜え、アクアシールド』。おいっ、お前もボサッとするな!」

「ぅおあっ!? ぼ、防御呪文だな、分かってる! 『何者も此の浄炎越える事能わず、ファイアウォール』」


 門が虚空から現れた水と炎の二重の壁に囲まれた。アンデッドの死霊魔法は精霊魔法で防御できる。これでひとまずは門から正面突破される危険はなくなった。それを確認してすぐに精霊殿の中に取って返す。

 精霊殿の廊下はとりあえず警戒はしてみたものの何をすれば良いのか判断がつかない、という精霊使いで溢れかえっていた。誰もが絶対に無いと思われていた精霊殿への敵襲に困惑している。それでも混乱していないだけマシだ。ゼルクラッドは彼らに片端から声をかけ、精霊殿の外壁に防御呪文をかけるように指示していく。一人でカバーできる防御呪文の範囲は狭くても、駐在している精霊使いの内半数を動員すれば精霊殿の外壁全てを呪文で護る事ができる。

 ゼルクラッドの見た目はまだ子供だが、実質的に大司教に次ぐ二位の権力者と見做されている。指示と配置はスムーズに進み、ものの数分で緊急動員が完了した。


 大司教の執務室にノックもせずに走り込んだゼルクラッドを迎えたのは、大司教トリーアを中心とした精霊殿の主だった面々だった。その多くは実戦経験豊富なLv3スペル使いで、ゼルクラッドから目には動揺は少なく見えた。頼もしい。


「遅くなりました」

「いや、よくやってくれたよ。これで全員揃ったかね。早速会議を始めようか」


 齢の功か、大司教はまるで日常の延長線であるかのように落ち着いていた。恐らく努めてそう振る舞っているのだろうと察しはついたが、それを指摘するような無駄な事はせず、部屋の隅に立つ。


 会議は滞りなく進んだ。人間主義と精霊主義の足の引っ張り合いもない。そんな事をしている場合ではないと皆分かっていたし、緊急時に無駄に罵り合ったり利権を主張したりするような者はそもそも精霊使いではいられない。アンデッドに加担した者や悪意が強い者から精霊が離れていく、というのは常識である。他でもない精霊使いがそれを忘れるはずがない。


「ゼルクラッド。まずは何が起きたのか報告しておくれ」

「はい。約十分前、私とレインとアリアとアウレオールスはアンデッド討伐のために正門前に集まっていました。アウレオールスを先頭として――――」


 ゼルクラッドの報告の後に続けて各々状況を報告していく。

 報告内容を時間を追ってまとめるとこうなる。

 ゼルクラッドが警告を発した後に、レインから知らせを受けた大司教が街の出入り口を封鎖するよう指示を出した。ゼルクラッドと同様に犯人が魔王の配下だと判断した大司教は、犯人を逃がさないスタンスをとった。今まで一度も無かった精霊殿への攻撃を成功させた者を逃せば、いつまた攻撃されるか分からない。道理である。

 この指示によってエレメン教国首都パルテニアのあらゆる出入りは禁止された。風属性の通信魔法のおかげで指示の伝達は早い。既に封鎖は半分以上完了しているだろう。

 Lv3スペル使いの面々は流石に緊急事態に強く、最低限の戦闘準備を整えた後は状況を把握するために自然に大司教の執務室に集合し、ゼルクラッドを待った。


 報告の間にも執務室には次々と続報が舞い込み、その倍の指示が飛んでいく。

 精霊殿の防御指示を出されず、会議にも参加していない低位の精霊使いは非戦闘要員と一緒に中庭に固まって待機するように命じられた。もし戦闘が起こるとしたら精霊殿の壁際になる。中央の中庭が最も安全だ。

 街からの出入りを禁じられて不安を感じているであろう住民達に向けて告知も行われた。ただし真実はボカされ、表向きには「重犯罪者が逃亡中」という事になっている。アンデッドも犯罪者と言えば犯罪者だから嘘ではない。住人はまず間違いなく「(人間の)重犯罪者が逃亡中」と勘違いするだろうが、アンデッドが潜伏していると正直に触れて回るよりはよほど良い。

 住人にはなるべく外を出歩かず家に鍵をかけて待機するよう告知している。昼日中に外に出られないというのはストレスになるし仕事に支障も出るだろうが、仕方のない事と諦めてもらうしかなかった。


 およそ一時間後、情報の共有と一通りの対処を終えた面々はいよいよ本題に移った。


 即ち、

 犯人はどのような存在で。

 どのように精霊殿を攻撃し。

 今どこにいるのか。

 それを踏まえた上での討伐方法は。


 犯人が魔王と関係のない愉快犯であるという可能性はまず却下された。

 アウレオールスへの攻撃時、銃声は無かった。爆発音も無かった。斧の投擲やバリスタなど、何かが飛来した様子も無かった。ただ唐突に、頭が吹き飛んだ。これが意味するところは一つ。魔法による狙撃だ。

 この世で魔法を使えるのはエルフ、精霊使い、魔王とその配下の一部のみ。一般人には使えない。エルフは精霊と魔王の戦いに関して中立を謳っているため、精霊殿への攻撃をするとは考えられない。精霊使いは勿論攻撃するはずがない。残るは魔王の配下のみだ。魔王が直接来ていたら狙撃一発では済まない。


「ではリッチが犯人という事でしょうか? 魔法を使う魔王の配下といえばリッチでしょう」


 若い精霊使いの発言に大司教は首を横に振った。


「いや、そうとは限らないよ。リッチの侵入対策はしているし……魔王の手足はアンデッドだけではないからね」


 大司教の苦々しさを隠さない言葉を聞いて、その場にいた全員が顔をしかめた。

 大司教が言っているのは人間でありながら魔王に従う破滅的な者達、死霊教徒の事だ。


 魔王は人間を滅ぼす事を目的としている。その割には派手な虐殺事件を起こさないが、これには理由がある。人間の危機感を煽らないためだ。

 もし魔王軍が散発的に人間を攻撃した場合、人間は危機感を持つだろう。危機感を持てばより強く団結するし、反抗も強烈になる。逆に攻撃らしい攻撃が無ければ、人間が緊張感を保ち続けるのは難しい。魔王が人間を滅ぼそうとしている、という話を頭で理解していても、実際に被害らしい被害がなければなかなか実感できない。

 これまでに起きたアンデッドとの大規模な戦いの全ては人間から仕掛けたものだ。アンデッドから仕掛けた戦争は無いと言ってもよく、その結果市井には「魔王が人間を滅ぼそうとしているなんて嘘ではないか?」「人間が攻めなければ魔王も大人しくしているのではないか?」という日和った意見を持つ者すら現れる始末。

 魔王はこれ幸いと水面下で力をつけている。人類全体が危機感を持った時は、力をつけたアンデッドの大軍勢で滅ぼされる時だ。


 しかし魔王に甘い幻想を持っているだけならまだいい。最悪なのは魔王に協力する人間がいるという事だ。魔王は邪な心を持つ人間や死んだ人間をアンデッドにする事ができる。アンデッドは魔王に絶対服従だが、老いる事がなく、人間よりも優れた能力を持つ。

 すると、

 アンデッドになって永遠の命が欲しい。

 人類が滅びても自分だけは助かりたい。

 人間が憎い。

 力が欲しい。

 そんな欲望を持つ者が進んで魔王に協力するようになる。そうした堕ちた者達が作る人間組織が死霊教だ。

 精霊教とは違い表立った活動はなく、一般人は存在すら知らない。密かに暗躍する裏社会の秘密結社。精霊教も彼らについて把握している情報は多くない。


 ここで重要なのがアンデッドに協力する「人間」だ、という事だ。精霊はアンデッドは判別できるが、アンデッドに協力する人間は判別できない。一般人に紛れ込んだ死霊教徒を特定するのは非常に難しい。ある意味ではゾンビよりも恐ろしい。ゾンビはアンデッドだが、精霊が見分ける事ができる。


「精霊殿周辺の地区の市民は定期的に精霊魔法が使えるか調べています。魔法が使える高位の死霊教徒が紛れ込んでいる可能性は無いと思いますが。死霊魔法と精霊魔法はどちらかしか使えませんから」

「市民はそれでいいかも知れんが、通行人まで一人一人目を配っている訳ではないだろう。行商人か旅人にでも成りすまして近づかれたら見分けがつかん」

「ウィスプが犯人という事はないのでしょうか」

「ウィスプは魔王の力が強い場所でしか存在できない。精霊の力が強い精霊殿には近づけもしない」

「死霊魔法を使う死霊教徒も人間というよりほとんどアンデッドですよね? 精霊殿には近づけないのでは? 魔法で攻撃できる距離まで近づけたとしても相当弱体化するでしょう。だからこれまで攻撃されなかったのではないのですか?」

「これまでは、ね」


 誰かがぽつりと呟き、執務室に重苦しい沈黙が降りた。ゼルクラッドが全員が考えている事を口にする。


「……魔王の力が強まった?」

「考えたくないな。考えたくないが……」

「それが一番妥当、ですかね」


 今までできなかった事ができるようになった。それは犯人がリッチにせよ死霊教徒にせよ、精霊が掃いて捨てるほどいる精霊殿に近づき、攻撃できるほど魔王の力が強まったという事だ。アンデッドの強さは魔王の強さに比例する。

 数年前にゼルクラッドが現れ精霊教の勢力は強まったが、それを埋めるか覆すほど魔王は力をつけている。未だ人類の未来には暗雲が立ち込めていた。


「こほん。えー、では、なぜ犯人は一撃で離脱したのでしょうか? 多数の高位アンデッドと死霊教徒で精霊殿を取り囲んで不意打ちで魔法の雨を降らせられたら、今頃精霊殿は瓦礫の山になっていたと思うのですが」

「不謹慎な事を言うんじゃない。しかしまあ、魔王の力が強まったといっても、一足飛びに精霊を圧倒できるようになる訳ではないだろう。一体に絞って力を集中させないと近寄れなかったのではないか?」

「そうかも知れませんが、そうすれば我々が警戒する事ぐらい読めたはずです。一回奇襲をかけて精霊使いを一人殺す。その代わりに奇襲ができるようになった事を知られる。これよりは複数体のアンデッドでもっと大規模な攻撃ができるようになってから奇襲をかけた方が効率が良いはずです。こちらの警戒心を煽る理由が分かりません」

「アウレオールスを早く始末しておきたかったのではないか? 彼のアンデッド討伐の実績はかなりのものだ。魔王に目をつけられていてもおかしくはない」

「アウレオールスは優秀な火属性使いでしたが、彼を狙うぐらいなら大司教を狙うはずです。精霊教のトップではなく、重要ではあるが屋台骨を揺るがすほどではない精霊使いを狙った、というのがなんとも中途半端で引っかかる」

「アウレオールスを狙う理由か」

「Lv3火属性スペル使いを一人でも減らしておきたかった。何か魔王にとって都合の悪い事を知ってしまい無理にでも早急に消す必要があった」

「本来はもっと大攻勢をかける予定だったが不測の事態があって単発で終わった。むしゃくしゃして殺した、誰でも良かった……どれもしっくりこないな」

「発想を変えたらどうでしょう。本来は他の誰かを始末しようとしていた、とか」


 数人の鋭い視線がゼルクラッドに向いた。


「私ですか」

「あの状況でそれ以外に誰かいるか?」

「ああ、十分あり得る」

「極力隠すようにはしてきたが、情報が漏れていても何もおかしくない。外出の隙をついて、というわけだ」

「…………?」

「むしろ今までが上手く行き過ぎた。もっと早い内に妨害があってもおかしくなかったんだ」

「ちょっと待って下さい。それではアウレオールスさんはゼルクラッドの身代わりで犬死にしたという事ですか?」

「こら、口が悪いぞ。本人の前だ。それに敢えて打算的に言わせてもらうが、ゼルクラッドが生きたと考えれば犬死にでもない。過ぎた事だ、責めてやるな」

「いいえ、言わせていただきます。ゼルクラッドは確かにこれまで人類に大きく貢献してくれましたが、諸々の改革はもう彼を失ってもなんとか回っていく段階まで来ています。Lv3スペルまで使える戦力を護るなどというのもおかしいでしょう。これからも彼を護って、彼の代わりに誰かを犠牲にしていくのですか?」

「ではアウレオールスの代わりにゼルクラッドが死ねば良かったと?」

「そうは言っていません。ただ、ゼルクラッドが最初に精霊殿を出て狙われていたら二人とも生きる目があったのも確かだと考えています。ゼルクラッドには神速がありますから、咄嗟に回避できる可能性はアウレオールスよりもずっと高かった」

「結果論だ。後からならばなんとでも言える」


 空気が険悪になってきた。語調こそ平静だが、緊急事態の不安から僅かな苛立ちがにじみ出ている。


「ゼルクラッドがこの世界にもたらしてくれたものを忘れたのか? 知識と知恵を絞るだけ絞って捨てるつもりか。不義理に過ぎるぞ」

「悪い言い方をすればその通りです。しかし人類に戦力を遊ばせておく余裕がありますか」

「……それは、」


 何か言い返そうとした精霊使いを遮り、ゼルクラッドは顔を上げて言った。


「私は戦います」


 その言葉を聞いて年配の精霊使いが厳めしい顔をつくって言った。


「命を懸けてか? 保護者付きで安全な狩り遊びをしろと言っているのではないぞ」

「はい。命を懸けて。最初からそのつもりで訓練をしてきたのですが」

「……レインとアリアに稽古をつけているだけかと思っていたが」

「勿論それもありますが、今はこの話は置いておきましょう。考えていて気付いた事があります」

「ふむ? 言ってみよ」


 ゼルクラッドは姿勢を正し、咳払いをして話し始める。自分でも自分の結論に半信半疑で、他者の意見が欲しかった。


「先ほどリジットさんは情報がアンデッド側に漏れたと言っていました。では、どこから情報が漏れたのでしょうか」

「どこからでも漏れるだろう? 何年も匿っていたんだ、情報流出の機会はいくらでもあった」

「いえ、私の存在ではありません。今日の事です」

「今日の?」

「養父は門を出た瞬間に殺されました。これが本来私を狙った攻撃であったとすると、犯人は私があの時間に外に出ると知っていた事になります。犯人はあの瞬間に門を開ける者が私であると思っていた」

「そうなるな」

「うむ。それで?」

「養父は『昨夜郊外でアニマルスケルトンが目撃された』と言っていました。報告を受けたのは昨夜から今日の朝食の時間帯の間です。私とレイン、アリアにそれを伝えたのが朝食の後。養父は隊列の先頭に私を立たせるつもりだったようなのですが、出発直前に隊列を交替しました。養父は先頭へ、私は殿へ。

 犯人は私を先頭にして出発すると思い込み、出発寸前の隊列交替は知らなかった。門を出たと同時に間髪入れずに攻撃した事から、かなりの確信を持っていたはずです。開いた門から最初に出てくるのは私だと。

 つまり犯人は昨夜から出発前までの間に養父と接触し、出発予定時間と隊列の情報を手に入れた」


 一度言葉を切って様子を伺う。全員腕を組んだり眉根を寄せたりしながら黙って聞いていた。ここまで異論はない。


「ここからは私の想像も混ざります。犯人は私がそろそろ実戦に出るであろうという事を知っていた。街の近郊に弱いアンデッドを放ち、養父にそれが伝わるようにした。この時養父にアンデッド討伐を私の初陣に使うように唆したかも知れません。そして養父から私の出発予定を聞いた。そこで私が先頭に立つと思った……」

「途端にこじつけ臭くなったな」

「想像が混ざっていますから。しかし今までアニマルスケルトンがこの街の周辺で目撃された事がありましたか? アニマルスケルトンどころか精霊殿が建てられてからアンデッドが近づいた記録はないはずです。何十何百と数を揃えてようやく役に立つほど弱いアニマルスケルトンが、倒されるためであるかのような少数で現れる。私は作為的なものを感じます」

「お前をおびき出すための罠だったと?」

「はい」

「なるほど。つまりゼルクラッドはこう言いたいわけだな? 『精霊殿の中に敵が入り込んでいる。犯人は内側にいる』と」

「はい。そしてその犯人は、」

「昨夜から今朝の間にアウレオールスと接触している……」

「それなら犯人を絞り込める」


 途端に議論が噴き出した。精霊殿にアンデッドの手下が侵入するはずがないという意見を述べる者があれば、善人が脅されて手引きしたのかも知れないと反論する者がいる。精霊の力が濃いから手引きしようにもできない、内部に潜り込んだ死霊教徒が情報を外に送って外からアンデッドが攻撃した、門ごと破壊するのではなくアウレオールスだけ狙ったのには理由があるはずだ、などなど。基本的に内部に犯人か、最低でも共犯者が潜んでいるという事は肯定されていた。

 しばらくして意見が出尽くしたところで、黙って会議の推移を見ていた大司教の声で静まる。


「私は内部に実行犯か情報を外に伝えた者がいたのは間違いないと見るね。その者はアウレオールスに警戒されない程度には親しく、精霊に気付かれずに潜伏している……それは誰でもあり得る。私かも知れない」

「まさか! 大司教ともあろうお方がそのような!」

「いや、いや、いや。私はただの婆だよ。特別視するでない。私も迷う、間違える、失敗する。裏切りだってするかも知れん。律するようにはしているがね。精霊は契約者の行動を全て見ているが、契約者がアンデッドに加担しても何もしない。ただ離れていく。加担した瞬間にその者は二度と精霊魔法を使えなくなるが、見て分かる印が出るわけではないからね。人類を裏切っておいて、素知らぬ顔をして座っているのかも知れん。さて、『吹き抜けよ清純なる風、ブリージング』……これで私の無実は証明されたわけだ。簡単な事だよ。ほら、お前達も」


 全員が急いで無実を証明するように口々に精霊魔法を唱え、執務室に小さな火や水滴、そよ風が乱舞する。全員魔法は無事に発動し、ほっと息を吐いた。悪夢の室内混戦は避けられた。しかしまだ問題は解決していない。


「門番と壁を守っている精霊使いは現在進行形で精霊魔法を使用中。犯人ではない。ここにいる全員も犯人ではない……」

「あ、すると犯人は、中庭に集まっている誰か、という事に?」


 今、中庭に非戦闘員と低位の精霊使い達が一塊になっている。外に敵がいると信じて。


 最悪の想像をする。

 もし内部犯が魔法が使える高位のアンデッドで、精霊使いがひと塊になるのを待っていたのだとしたら?

 外からの攻撃と見せかけ、内に籠らせる。未知の驚異に対し、非戦闘員と低位の精霊使いが守り易いように一ヶ所に固まるのは予想できる。

 アンデッドが使う攻撃魔法は強力だ。例えばリッチが好んで使う爆破の魔法は半径数メートルを吹き飛ばす威力があり、しかも数発程度の連射が効く。そんな脅威の使い手が相手でも、複数人で散開して当たれば犠牲は出るが倒せる。

 しかし密集して固まっているところに、内側から、不意打ちで撃ち込まれたら。数十人の精霊使いでも簡単に全滅する。


「急ぎましょう」


 誰かの声で精霊使い達は一斉に立ち上がり、執務室を飛び出していった。


前話の感想返しで書いた事と展開が違いますが気にしないで下さい

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