ちょっと妻に対して過保護すぎる魔術師の夫による秘術で、1人の殿方が宙を舞うこととなりました。
「……ぬわあああっ!?」
40半ばほどの男性がぶっ飛んで、煌びやかな夜会を支えていた一つであるシャンデリアの上に見事に乗ったのだった。
……あーあ、とうとう実害が出てしまったわ。
私は頭を抱えたいやら、泣きたいやら、途方に暮れてそれを見上げた。
ゆらゆらと揺れているシャンデリアから、血が落ちてこないだけマシかもしれない…。
私、人殺しになってないといいけど…。
おかしな事態に周囲もざわめき、何人かがシャンデリアを見上げている。
そんな中、私のそばを離れていた夫である、ヴィータフがニヤリと笑っているのは見えた。
だから、やりすぎなんですって…!
事情聴取ということになり、私たち夫婦は騎士団の方に豪華な控室に案内されていた。
騎士様たちからは、あまりいい視線は感じない。
それどころか、とても困っているように見える。
それもそうだ。
私の夫のヴィータフは、偏屈の魔境と呼ばれる魔法塔の人間だ。
しかも実力で一代限りの爵位をもらったほどの魔術師であり、それは有名人でもあることを指している。
怒らせたら怖いと慄かれている『狂犬のヴィータフ』が目の前にいれば、この場から逃げて自分は関係ありませんと主張したいことだろう。
本当に、うちの主人がすみませんっ…!
「それで、その…、奥方様に話しかけていたという伯爵閣下なのですが…。えーっと、どうしてあのように、魔術で吹っ飛んだのでしょうか…?」
一人の騎士に質問されて、私が答えようとした横で、ヴィータフがケッとあからさまな態度を示した。
「もう、ヴィータフ…。その態度はやめて」
「俺のサクノーラが穢されたんだ。報いを受けて当然だ」
「まだ何もされてないから。あと、この方たちもお仕事なんだから、そんな態度はやめて」
私の指摘にヴィータフはムッとしたまま、組んでいた足は下ろした。
うん、こういうところは素直なのよね。
「…えーっと、それで」
「ああ、あれはですね」
「俺の秘術だ。サクノーラに下心で近づいた奴は、もれなく弾き飛ばすようにサクノーラに術を施してある。それが発動しただけだ」
ヴィータフは悪びれもなくそう言って、フンッと顔を逸らした。
…端的な説明、ありがとう。
私としては、とても複雑だけれどね…!
「では、伯爵閣下は…」
「俺のサクノーラに手を出そうとしたんだよ」
「いや、まだ未遂…」
「どうせ、どこかに連れ込む算段だったんだろ。あの親父、最近愛人に逃げられて、新しい愛人を探してたらしいじゃねえか」
なんでそんなことまで知っているのだろうか。
普段、人になんて興味ないくせに。
魔境である魔法塔に引きこもっているか、私にベッタリなくせに。
チラリと見上げると、ヴィータフは機嫌悪そうにムスッとしているだけだった。
「奥方様は、その…、何かされたとかでは」
「ああ…、ないですね。腰に手を回されそうになって、気づいたらもう空高く舞っていらしたので…」
「あいつ、今から殺しに行くか」
「やめてよ…!?えっ、ダメだからねっ!ヴィータフ!?」
「…………」
「そこで無視しないでよ、怖いからっ!」
私がゆさゆさとヴィータフの体を揺らしたが、ヴィータフはイライラするだけ。
騎士様たちの気が引けたのがわかった。
優秀な騎士様たちにこんなにまでさせるなんて、あなたやっぱり日頃から迷惑かけているのではなくて…?
え、ねえ、大丈夫???
「そ、それで、伯爵様のご容態は?」
「全身打撲だけで、命に別状はないとのことです」
「よし、殺しに行こう」
「だから、ダメだって!」
「お前に何かされて、俺が黙っているとでも?」
「まだ何もされてないからっ!」
「されてからじゃ遅い」
「その前にぶっ飛んじゃったわよ!」
私たちのやりとりに、騎士様たちが交互に私とヴィータフを見ていた。
あああ、もう本当に、すみません…!
そりゃあね、この人が多少人より愛妻家なのはわかっているわよ。
それでいて、私は胸だけは立派に育ったから、そういうのが好みの殿方に狙われやすいのも自覚しているわ。
でもねえ、限度ってものがあるでしょう…!?
私は魔術が使えないのに、ヴィータフによってかけられたあと何百もの防犯用魔術を解くことができないんだから、それってズルいじゃないの!!
「とにかく!まだ未遂にも関わらず、伯爵様に怪我を負わせたのは、こちらの非ですので、賠償金でもなんでも要求してくださいませ…!」
「何言ってんだ、あの親父が悪いのに、なんで俺らが!」
「怪我させたでしょうよ!」
「お、お待ちください…!まだ、事情聴取ですので、沙汰は追ってご連絡いたします」
「かしこまりました、本当に申し訳ございませんでした」
私が代わりに頭を下げると、ヴィータフが睨んだのか、ワタワタした騎士様たちに見送られて帰ることとなったのだった。
「ヴィータフ、あなた本当にやりすぎよ…?私が危うく殺人犯になるところだったのよ?」
「正当防衛だ」
帰りの馬車の中でも、ヴィータフの態度は変わらなかった。
控え室の中での違いといえば、私を抱き抱えて一切離してくれないところだろうか。
これももはやいつも通りすぎて、私も何の抵抗もなく受け入れている。
「サクノーラは俺のだ。他の奴に指一本触れさせてたまるか」
「だからって、もっと、こうやり方ってのが…」
「第一、俺とお前をあの夜会で引き離してきたのは、あの親父の息子だ。グルだったに違いない」
「えっ、ただの雑談に連れて行かれたんじゃないの?」
「そう思った俺がバカだった。…………すまない、サクノーラ、一人にするんじゃなかった」
そう言って、さっきまでとは違って悲痛な声をさせながら、私の肩に顔を埋めてきた。
ぐいぐいと押し付けて、それからすりすりと擦り合わせて、まるで私の機嫌を確かめるようで、若干いじらしい。
私の胸の下に回した腕の力が、ギュッと強くなる。
それでいて、私の負担にならないほどの力だった。
こういうところがあるから、憎めないのだ。
「まあ、訴えられたら、爵位返上で誠意を見せるとかでいいかしらねぇ」
「……サクノーラがいれば、俺はなんでもいい」
「あなた、私と結婚するためだけに、爵位もらったものね」
「サクノーラがいらないなら、爵位もいらん」
「まあ、相手方次第ということで、様子を見ましょう」
私がヴィータフの頭を撫でると、ようやく息のつく音が耳元から聞こえた。
この人はやりすぎるところがあるけど、大事なものは必ず守ってくれる。
だからまあ、私も許しちゃうのよね。
これが惚れた弱みってやつかしらねぇ…、はあ。
後日、私が思っていた最悪の事態にはならなかった。
「件の伯爵閣下及び、ご子息は、どうやら気に入ったご夫人に無理やり関係を迫る行為を繰り返していたとのことでした。親子で企てて、親子で実行。立場の弱いご婦人ばかり狙った繰り返し行動が悪質だったために、謹慎処分及び賠償金の支払いと、当主の入れ替えを命じられました。したがって、奥方様にも賠償金が支払われるとのことです。此度はこの件にご協力いただきまして、ありがとうございました!」
という報告がもたらされて、ヴィータフはソファーで足を組みながら踏ん反りかえっていた。
「俺が正しかった」
「たまたま運よく、私たちのいい方に事態が動いただけよ。ヴィータフ、あなた少しは反省してよね?」
「俺の魔術は、きちんと守るべきものを守った。俺は悪くない」
「もう〜…」
私は額に手を当てながら、深く息を吐くのだった。
でも、それ以降、被害に遭っていたご家庭からはお礼状が届くし、「自分の娘や妻にもその秘術を施してほしい!言い値を払う!」という家が続出するしで、ヴィータフはますます鼻高々となった。
「やっぱり、俺は合っていた。サクノーラを守れたんだからな!」
「うん、それはありがとうなんだけどね…?」
「サクノーラには、俺だけだ」
「うん、それはそうだけどね???」
狂犬の名は独身時代についたもので、ヴィータフに新しく『飼い犬のヴィータフ』なんて、妻に飼い慣らされているみたいなあだ名がつくなんて、この時は思いもしなかったのだった。
それ、私が恐妻家みたいに聞こえるから、やめてくださる…!?
了
お読みいただきましてありがとうございました!!
220日目。




