溶鉱炉婆
駅前のスーパー、家へ帰る途中の歩道橋。家に帰る近道の一つ。
歩道橋を渡り切り、足元に用心しながら階段を降りる。
日こそ暮れてはいないが、厚い雲に遮られた斜陽は街を弱弱しく照らす。
子どもの帰る時間としてはちょうどよい明るさかもしれないが、仕事終わりの掠れる目には照度が少し足りなかった。
一歩、二歩と階段を降りていく。やっとこさ階段を降りかかり、家に向かう道、家のある方向。百八十度に身を返す。
歩道橋の下が見え差す二歩、左目の端に老婆を捉えた。
いつもは放置された自転車しかないような、日中でも暗い歩道橋下。
一人で立つ老婆、その顔は黒く長いシルクハットで杳として知れず、服はまるで喪服のようにも見える黒一式の服装だったが、シルクハットと比べると、妙に新しい気がする。
私が、そのようなことを考えていると老婆は突如として、ハットを脱ぎ、いかにもという形で地面に置いた。よく見ると、なぜか既に幾らかは入っている。
落とした目線をふっと上げ、老婆を見遣ると手には一本のスプーン
もうすぐ暮れる日は、厚雲の向こうへ鎮座ましましており、その鈍い光に照らされ、スプーンも鈍く銀色に輝いていた。
目線に気付いたのか、それとも人が通り過ぎる度に「そう」していたのか、老婆は空に向かってしゃべり始めた。
「種も仕掛けもございません。」
老婆はそういうと手元のスプーンを完璧に曲げて見せた。
帰路の時間が少し長引くほどには歩調を緩めた私。それを好機と言わんばかりに老婆は続ける。
なんとスプーンを引きちぎったのだ。
老婆はその引きちぎり、ティーメジャー程度にしか使えなくなった先端と、マドラーくらいにしか使えなくなった持ち手。その二つの金属の断裂した場所を手で隠すようにしっかりと右手で握り込む。
2秒も経たないうちに開かれた右手には、歪にくっついたスプーン。
なんと、想像以上の手品。思わず立ち止まって拍手をしていた。
折角の華金、私は奮発してその津田梅子をシルクハットにいれ、老婆に聞いてみた。
素晴らしい手品だが、それは一体どうやっているのか、と。
それにただ、老婆は一言答えるのみであった。
「溶かすくらいは、造作がないの。種も仕掛けもないわ。」




