第8話 リュカクの印象
「アミ!」
ハヤトが声をかけても、アミは虚ろな目で足元を見つめたまま反応しない。
「アミ? 大丈夫か? おい、アミ!」
ハヤトは何度もアミに呼びかけ、彼女の目の前で手を振る。
やがてアミがわずかに反応を示した。
「……ハヤト、君?」
掠れた声で呟くアミ。
それから彼女は上目遣いにハヤトを見た。
「私……どうなったのかな? アースタイガーから逃げて……それで……」
アミは自身の頭を抑え、不安げに周囲に視線を向けた。
「ここ……町の中? いつの間に、ここまで逃げてきたの?」
「覚えていないのか?」
探りを入れるようにハヤトは尋ねる。
アースタイガーに殺されたときも、アミは直前の記憶を失った。
あのときはクエスト失敗によるゲームの仕様かとハヤトは思い込んでいたが、アミの死による進行不能バグが発生したことを考えると、一概にそうだとも断定できない。
復活した際に、死の記憶が曖昧になることすらバグの一端かもしれないのだ。
「うん……あまり覚えていないかも。ごめんね」
アミは眉を下げ、沈んだ声で謝罪した。
急いでハヤトは口を開く。
「謝る必要はないよ! むしろ、俺のことを覚えていてくれて嬉しいというか……!」
「ふふ。ハヤト君のことは忘れないよ。私をダンジョンから助け出してくれた人だもん」
ようやくアミはかすかに笑んだ。
それを見てハヤトもすこし安心する。
「えーっと、また唐突な話をして悪いんだけど、アミの知り合いに……リュ、カク? とかいう、男の人はいるかな?」
アミの代わりに自身の記憶を掘り起こし、ハヤトは率直に尋ねる。
途端に、アミが目を丸くした。
「リュカクさんなら、知っているけど」
「どんな人なんだ?」
「町の鍛冶屋で働いている近所のお兄さん、って感じかな。私の家にもよく買い物に来てくれて……」
頬に手を添え、思案しながらアミは回答する。
彼女の言葉にハヤトは首を傾げた。
「家に買い物?」
「あっ、ハヤト君にはまだ言ってなかったね。私の家はこの町の道具屋なんだ。あとで寄ってね!」
「おお。商魂たくましい……」
「いろいろ取り揃えているから、冒険者さんからも近所からも評判はいい方なんだよ」
楽しげに語るアミの話を聞きつつ、彼女の調子が戻ってきたことをハヤトは密かに確認する。
「リュカクってやつは、店の常連なんだな」
「そうだね。でも、なぜ急にリュカクさんのことを聞いてきたの?」
素朴なアミの疑問に、ハヤトはなんと答えるべきか悩んだ。
「実はそいつ……あの、すごく危険なやつなんだ。俺達のことを殺そうとしている」
「えっ!?」
アミが驚愕の声をあげ、すぐに疑念に満ちた目をハヤトに向ける。
彼女の反応はもっともだった。
顔見知りのリュカクと出会ったばかりのハヤトなら、前者の方が信頼されているに決まっている。
それに、《一度リュカクに殺された》という真実をアミに告げても信憑性がなく、ますますハヤトの信用が失われることも目に見えていた。
ハヤトは焦れったい気持ちを抱きながら、必死に言葉を紡ぐ。
「ほんとうのことなんだ。俺はアミを助けたい。だから、今は俺の言葉を信じてほしい」
アミは難しい顔のまま、なにも言わなかった。
そもそも、ダンジョンから出られないという切迫感が消えた今、アミがハヤトを無条件で信用する理由はない。
とはいえ、ハヤトがアミを助け出したのもまた事実。
そのためかアミは落ち着きなく視線を彷徨わせ、悩ましげに眉をひそめた。
不穏な空気がふたりの間に漂う。
その重い沈黙を破ったのは、意外な人物であった。
「おいおい。また気配がすると思ったら、お前らだったのか」
耳に新しいその軽口に、ハヤトの心臓がおおきく跳ねる。
瞬時に声の方を振り返ると、そこにはあの男――リュカクが立っていた。
――やっぱり現れた……!
ハヤトはアミを自身の背後に庇った。
彼の目線ではリュカクが敵であることは明白。
そのため、自身がアミを守らねばと彼は考えたのだ。
「リュカク、さん」
ハヤトの後ろでは、アミが狼狽と懇願の入り混じった目でリュカクを見つめている。
アミと視線を交えたリュカクは、ふと口角を上げ、それから興味深そうにハヤトを見た。
「よぉ、ハヤト。オレを警戒しているのか?」
「……なぜ、俺の名を?」
「こっちにはいろいろ筒抜けでな。まさか、殺した相手がリスポーンするとは思わなかったが」
世間話をするような気軽さでリュカクが告げ、ゆったりと片手を掲げる。
直後、彼の手中に光の粒子が発生した。
それらは次第に範囲を広げ、ひと振りの短剣に変わっていく。
「あれは、なに……!?」
アミが困惑した声をあげる。
それでハヤトも、目前の光景が普通ではないのだと察した。
「正直、ちょっと想定外だった。けどまぁ、こっちも決まりなんでね」
リュカクは笑みを浮かべたまま短剣を構える。
砕けた口調に反して、彼の目は冷酷な光を湛えていた。
「次はおとなしく、死んどいてくれ」




