第24話 戦線離脱
ハヤトは奇妙に思い、リュカクの顔を窺った。
するとリュカクは、薄く笑みを浮かべて短剣を下ろした。
「なぁ、ハヤト。ここであいつらと戦うのは得策じゃねぇ。一度町に戻って、体勢を立て直せ」
彼の発言は、その場にいる全員を驚かせるものだった。
ハヤトも剣先をわずかに下げ、呆然とリュカクに問う。
「お前……俺達に味方するのか?」
「味方、って言われるとなんかむず痒いな。言ったろ? オレはお前らの様子を見るって」
リュカクは情動をごまかすように頭を掻いて、エツナ達の方を見た。
エツナは苦虫を噛み潰したような表情で、ヒビツは明確な敵意を隠さずに、リュカクを睨んでいた。
「リュカク、ゲームの意思に反する気か?」
怒りを押し殺したような声でエツナが尋ねる。
リュカクは首を傾け、あえておどけた調子で言った。
「正直なところ、NPCのふりも《人殺し》もそろそろ勘弁って感じ? オレはオレなんだから、オレの好きにしたいってだけだよ」
「それがゲームの秩序を乱すと言っているんだ。お前は、この世界を壊したいとでも思っているのか?」
クリーナーとしての正義と意地が、エツナの口からあふれ出した。
けれど、リュカクは意に介した様子もなく肩を竦める。
「まさか。けど、多少のバグが残っていてもゲームが進行することはあるだろ。オレもハヤト達も、ほんとうにゲームの秩序を乱す存在なのか?」
エツナは首を横に振り、短剣でアミを指し示す。
「アミの存在は、ゲームの秩序に影響を与えることは間違いない」
「そうだったな。ほらハヤト、早く行けよ。長い間フィールド上に留まっていたら、またいつアースタイガーが出てくるかわかったもんじゃねぇ」
リュカクはハヤト達を追い払うように、片手をヒラヒラと振る。
クリーナー達の言い合いに聞き入っていたハヤトは、リュカクに声をかけられたことでようやく我に返った。
エツナ達の様子を気にかけながら、彼はこの場を離脱するためにアミの腕を引き、数歩後退する。
「逃がすか――!」
すぐさま攻勢に出たのはヒビツだった。
彼は弾丸のごとき速度でもってエツナの隣から飛び出し、ハヤトに刺突を繰り出そうとする。
だが、その俊敏な一撃は横から割り込んできたリュカクによって弾かれ、ハヤトの元にまで届くことはなかった。
「行け! ここは引き受ける!」
ヒビツの強襲と鋭いリュカクの指示が、ついにハヤトの足を動かした。
「アミ! 走って!」
アミの腕を掴んだまま踵を返すハヤト。
彼の行動に狼狽しながら、アミはリュカクを見た。
しかし、それは一瞬のことで。
アミはリュカクになにも言葉をかけられないまま、ハヤトと共にその場をあとにした。
草を蹴り、土を蹴るふたつの足音が森の中に溶けていく。
ハヤトは何度も背後を振り返ったが、不思議なことに追跡者の姿はなかった。
――いや、リュカクも俺達のあとをつけて突然現れた。いつ、どこでクリーナーが襲いかかってくるかわからない。気を引き締めないと……!
視線を前方に戻し、ハヤトは走ることに集中する。
やがて森から出て舗装された道まで戻ってくると、ハヤトは一度走る速度を緩め、アミに声をかけた。
「人がほとんど通らない場所とか、町中で思い当たるか?」
アミはかすかに息を切らしながら戸惑いの表情を浮かべ、モゴモゴと歯切れの悪い回答をする。
「……町外れの、畑のところに……おおきな納屋が……」
「納屋か。身を隠すにはちょうどいいかもしれない。案内してほしい」
ハヤトが言うと、アミは視線を逸らし、自身の衣服の裾を強く握りしめた。
「身を、隠して……どうするの?」
「迎え撃つ準備をする。せめて一対一の状況が作れるように……」
「リュカクさんが負けると思っているの?」
アミの荒い語調でハヤトは気付く。
彼は無意識のうちに考えていた。
時間稼ぎをしているリュカクでも、二対一で生き残るのは難しいのではないか――と。
そして、ハヤトはそのことを自然と受け入れ、リュカクがいなくなったあとの対処法に思考を使っていたのだ。
「リュカクが俺達のところに戻ってくるなら、それに越したことはないよ」
ハヤトは慌てて言い繕うが、アミは必死に首を横に振った。
「私のせいで、リュカクさんかエツナさん達のどちらかが《人殺し》になってしまうんだよ……!?」
彼女の言葉に、ハヤトは焦れったい衝動を覚えた。
ここで言い合っている間にも、クリーナーのふたりが追いついてくるかもしれない。
そうなると、アミを守りきれるかどうかもわからない。
そのような危機感が、ハヤトの中に芽生えていたからだ。
「今、命を狙われているのはアミなんだぞ! 他人を気にかけている場合じゃないだろ!」
思わずハヤトは声を荒げた。
アミはビクリと肩を跳ね上げ、顔をしかめて黙り込む。
「……納屋まで行こう。さぁ、早く」
ハヤトはアミの腕を引いて再び駆け出した。
リュカクのことを微塵も気にかけていなかった自身のことを、胸の中で強く恥じながら。




