第21話 バグではない
アースタイガーがハヤトの気配を感知して振り返ったが、ハヤトは怯まずに手を伸ばす。
そして短剣のひとつを掴み、思いきり押し込んだ。
「う、わっ……!」
再度アースタイガーが悲鳴をあげて暴れ出す。
ハヤトは咄嗟にアースタイガーの首元にしがみつき、振り払われないよう懸命に耐えた。
その間もハヤトは決して短剣を離さなかった。
短い格闘だったが、ハヤトにはそれが長い時間に感じられた。
次第にアースタイガーは動きが鈍くなっていき、最終的にグラリと体勢を崩す。
そのまま、ハヤトはアースタイガーの下敷きになった。
上位階級のモンスターを相手にした割には、あまりにあっさりとした決着だった。
「やった……の、か?」
ピクリとも動かなくなったアースタイガーの顔を押し退け、外に這い出そうとするハヤト。
すると、目の前にリュカクの手が差し出される。
「よぉ。さすがの度胸だな、プレイヤー」
薄く笑みを浮かべるリュカク。
ハヤトはすこし悩みながらも、素直に彼の手に掴まった。
「なぜ俺達を助けたんだ?」
「そりゃあ、お前らの様子を見るって約束したから」
「約束した覚えはないんだけど、なっ」
リュカクの力を借り、ハヤトはアースタイガーの下から脱出する。
そこにアミが、片手剣を持って駆け寄ってくる。
「ハヤト君! リュカクさん!」
彼女は複雑そうな表情でふたりを見やり、それからハヤトに片手剣を差し出した。
「あまり無茶をしないで……私、気が気じゃなかったよ。リュカクさんがいなかったら、どうなっていたことか……」
ハヤトは片手剣を受け取りつつ、ごめん、とアミに謝る。
けれど、結果的にアースタイガーを倒せたことにハヤトは満足感を抱いており、後悔の念は薄かった。
「リュカクはなぜここに?」
「お前らのことを観察しようと思って」
「……つけてきたのか?」
「探して見つけた、の方が正しいな。オレはバグの位置がざっくりとわかるんでね。お前らが森に向かったのを感知したから、来てみたってわけ」
ふたりのやり取りを聞いていたアミは、リュカクに深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、リュカクさん。おかげで助かりました」
リュカクはかすかに目を丸くし、「調子が狂うなぁ」と苦々しげに呟いた。
そのときハヤトとアミの身体が一瞬、金色の光に包まれた。
次いで、リュカクが納得したような吐息をこぼす。
「あぁ、レベルアップか。アースタイガーにトドメを刺したのはハヤトだもんな」
「えっ!?」
驚きの声をあげたのはアミだった。
彼女は慌ててステータス画面を開き、戸惑いの表情を浮かべる。
遅れてハヤトも右手を前方にかざして、自身のステータスを確認した。
「ほんとうだ。最初のダンジョンを出たときはレベル四だったのに、一気にレベル七まで上がったな」
「……私……なにもしていないのに、なぜ……?」
ハヤトは顎に手を添え、考えを口に出す。
「俺達パーティだからだよ。経験値が分配されたんだ」
「そんな……ハヤト君のお手柄を奪うようなこと……」
「奪うだなんて、とんでもない」
そもそもリュカクの攻撃を利用した勝利であったため、ハヤトはやんわりとアミの発言を否定した。
しかし、アミは悲痛な表情は変わらなかった。
「でも、私! ……悔しいよ」
アミはひどく落ち込んだ声を漏らした。
彼女がそこまで気落ちする理由がわからず、ハヤトは困惑した表情を浮かべてしまう。
気まずい空気が三人の間に流れる。
リュカクは頭を掻きながら、話題の方向を変えた。
「あーっと。ちなみにお前ら、このまま先に進む気か?」
「え? あぁ、そのつもりだったけど……アースタイガーがまだいるようなら、引き上げることも考えているかな」
ハヤトはちいさく唸りつつ、リュカクに問いかける。
「これもバグの一種なのか? こんな初期地点で、何度もアースタイガーに遭遇するなんてさすがにおかしすぎる」
リュカクはすぐに答えなかった。
彼は腕を組み、視線を彷徨わせながら、重たげに口を開いた。
「あれはおそらく、アミに附随する現象だ」
「アミに付随する……?」
「町の外にアミが出ると、アースタイガーが強制召喚される。バグというよりは……ゲームの意思だ」
そのように言い切ったあと、リュカクはアミに視線を移した。
「なぁ、アミ。お前、冒険者を辞める気はないか?」
突然の質問に、ハヤトとアミは目を見開く。
アミはすぐに首を横に振り、辛そうな顔でリュカクを見上げた。
「なぜ急にそんなことを言うんですか? リュカクさんだって、私のことを応援してくださったじゃないですか!」
「お前が町から出なければアースタイガーは出てこない。安全を考慮すれば、それがいちばんだ」
「それでも私は――!」
アミが身を乗り出し、さらに反論をしようとしたとき。
ハヤトは木々の向こうから、なにものかが近づいてくる音を聞き取った。
「待て、ふたりとも。誰か来る!」
彼の言葉をきっかけに、アミとリュカクもハヤトと同じ方向を振り返る。




