第2話 困っている少女
黄色を基調とした清楚な身なりに、幼さを残した十代後半の顔立ち。
翡翠を思わせる緑色の目には穏やかな色が浮かんでおり、どこか相手を安心させる雰囲気を漂わせていた。
ゆえにハヤトも肩の力を抜いて、少女の傍に歩み寄る。
「今、ここのダンジョンを攻略し終えたところだよ」
ハヤトの回答を聞き、少女は嬉しそうに頬を緩めた。
「実は私も、冒険者になったばかりなんです。よかったら、一緒に町まで行きませんか?」
「いいよ。えーと……」
「アミです。職業は魔術師です。よろしくお願いします」
「よろしく、アミ。俺はハヤト。新米戦士」
ハヤトがアミに歩み寄り、右手を差し出す。
アミは笑顔で彼の手を握り返した。
「この辺りは凶暴なモンスターも少ないので、初級冒険者の肩慣らしにこのダンジョンが使われているんです」
「アミもダンジョンを攻略したの?」
「はい。私は魔術師なので、ひとりだとモンスターとの距離に気を付けなくちゃいけないのが大変でした」
アミは眉を下げながらちいさく笑う。
おそらく彼女はNPC――ゲーム側で用意されたキャラクターなのだろう。
メインクエスト受注直後に都合よく現れたことから、ハヤトはそのように推測した。
「……あの、会ったばかりで申し訳ないんですけど」
ふと、アミが表情を曇らせる。
「ご相談をしてもよろしいでしょうか?」
「相談?」
ハヤトが問い返すとアミは視線を彷徨わせ、ためらいがちに口を開いた。
「実は私……このダンジョンから出られないんです」
目を瞬かせて、出口の方へ視線を向けるハヤト。
その先には陽光のあふれる草原が見える。
数歩進めば、簡単にダンジョンから出られる位置だ。
「おかしなことを言っている自覚はあるんです。けれど、外に出たと思ったら、いつの間にかここに戻っていて……」
「同じ時間を繰り返している、ということ?」
「同じ……なのかな? 言われてみれば、しばらく夜を見ていない気がします」
アミは自身の顎に手を添え、眉間にしわを寄せた。
ハヤトも腕を組んで考える。
「ここに戻ってくるとき、なにか《きっかけ》はなかった?」
「……ごめんなさい、わかりません。外に出るところからの記憶が曖昧で……」
「それは……なぜだろうね。一度、試しに出てみようか」
ダンジョンの出口を見つめてハヤトは言う。
「俺がアミに異変が起きないか、見ておくからさ」
「ありがとうございます! 思いきってハヤトさんに声をかけてよかったです」
胸元に手を当てて安堵の息を零すアミ。
「気付いたら、ずっとここにひとりで……すごく困っていたんです。ハヤトさんは私の救世主かもしれません」
「大げさだなぁ。まだ、なにもしていないよ」
ハヤトは苦笑しつつ、出口に向けて足を進めた。
すぐ後ろをアミが小走りについてくる。
ダンジョンの外に一歩踏み出した瞬間、ハヤトに日光が降り注いだ。
温かさも眩しさもないが、視界が外の明るさに慣れるまでに時間がかかり、思わずハヤトは目を細めた。
見渡す限りの草原には人の影どころか、動物やモンスターの姿も見当たらない。
――なんだろう……? 妙に空気が張り詰めているというか、落ち着かない感じがする。
ハヤトはうなじをさすりつつ、周囲を見回す。
その彼の隣にアミが並んだ。
彼女もハヤトと同様、なんの障害もなく日光を浴びている。
「なにか変わったことはある?」
「いいえ、特には……」
アミはせわしなく辺りを確認しながら答える。
このあとなにかあるかもしれない――彼女の態度からは、そのような不安も感じて取れた。
「大丈夫だよ、アミ。このまま進んでみよう」
「はい……ありがとうございます、ハヤトさん」
アミは柔らかな笑みを浮かべた。
それを見たハヤトは照れくさい心地を覚えて苦笑する。
「あのさ、たぶん俺とアミは同年代だから敬語じゃなくても――」
その瞬間だった。
ハヤトの声をかき消すほどの咆哮が草原一帯に響き渡った。
慌ててハヤトは長剣の柄に手を添える。
すると、彼らの前方の土が突然おおきく盛り上がった。
その頂点からザラザラと土が流れ落ちていく。
やがて一匹のモンスターがその場に姿を現した。
「アースタイガー!?」
アミが悲鳴に近い声をあげた。
「ヤバいやつなのか?」
「じょ、上位階級のモンスターです! 本でしか見たことがないくらいで……この地域には生息していないはずなんですが……!」
声を震わせるアミを背後に庇ってハヤトは長剣を抜き、切っ先をアースタイガーに向ける。
アースタイガーは獰猛な光を湛えた目で、ハヤト達のことを睨みつけてきた。
そして、再びの咆哮。
その勢いたるや一度目とは別格。
もはや衝撃波と称しても差し支えないほどの暴風が、ハヤト達の髪や衣服を激しく揺らした。
――こんなやつ、チュートリアル序盤で出てくるモンスターか? 今の俺で勝てる見込みなんてないぞ……!
ハヤトの動揺など敵が知るよしもなく。
アースタイガーは問答無用でハヤト達に襲いかかった。




