第18話 気丈な振る舞い
「ねぇ、ハヤト君」
木製のドアを閉めるや否や、アミは明るい表情でハヤトに振り返る。
無理をしているであろうことは、ハヤトにも理解できた。
しかし、ハヤトはあえて指摘はせず、黙ってアミの言葉を待つ。
「武具屋に来たら、次に行くところは決まっているよね?」
問いかけてくるアミの目は期待に満ちあふれ、爛々と輝いている。
直視をするには、あまりにも無垢であった。
ハヤトはそっと視線を逸らし、仕方ないとばかりに口を開く。
「……道具屋とか?」
「正解! 私の家はすぐそこなの。薬草とか、あと身を守るアクセサリーとかもあるから、覗いてみて損はないよ」
アミは両手を合わせて提案したあと、真剣な表情を作って言葉を続けた。
「それから近くの森でレベル上げをしよう? 森の中には初心者向けのダンジョンもあるって、聞いたことがあるの。私、そこに挑戦してみたいと思っていたんだ!」
ハヤトはアミの嬉々とした表情を横目に、深く思案せずに答える。
「買ったばかりの装備にも早く慣れたいし、そうしようか」
「ふふっ。パーティでの冒険、楽しみだな」
機嫌のよい声で呟くアミは軽やかに前へ踏み出し、ひと足先に歩き始める。
彼女のその背中に、ハヤトは憂いの眼差しを送った。
――俺が『バグは理解できないことが多い』と結論づけたから、おそらくアミも追及することをやめたんだ。
ハヤトは気まずい心地で一歩を踏み出した。
アミも、ほんとうはもっとバグについて知りたいのではないか。
そのように推測する一方、ハヤト自身もバグについて詳しいわけではないため、質問責めを避けられたことに密かな安堵を抱いてしまっていた。
――バグった状態でのゲーム進行が見たくて、続けていたけど……軽率だった。これはもう、おとなしくゲーム会社に報告した方がよいのかもしれない。
ハヤトはアミのあとを歩きながら、けれど、と思い悩む。
――バグが修正された場合、この《生きているアミ》はどうなってしまうんだ?
それを考えた途端、ハヤトはまた胸が苦しくなるのを感じた。
間違いなく、彼女は消されてしまうはずだ。
なぜなら《アミが生きていること》自体、ゲーム上では間違いであるのだから。
――生きていることが間違い、だって?
ハヤトは頭を振り、その思考を追い払った。
そして彼は即座に考えを改める。
ゲーム会社には絶対に報告しない、と。
「そこの角を曲がった先、ネコの看板が出ているところが私の家だよ」
なにも知らないアミが道の先を指差して言う。
ハヤトもなんでもないふうを装い、アミに言葉を返した。
「道具屋が、ネコの看板を出しているのか?」
「お母さんがネコ好きで……親しみのある看板にしたかったんだって。どのみち商品は家の外で売っているから、近くに行けばすぐにわかると思う」
そのようにつげたアミは、ピタリと足を止めた。
てっきりそのまま一緒に道具屋へ向かうのだと思っていたハヤトは、不思議そうにアミを見やる。
アミは視線を彷徨わせ、困ったように笑んだ。
「えーっとね……私はこの辺で待っているよ」
その一言で、ハヤトもハッとした表情を浮かべた。
ニレと対面したときでさえ、アミはおおきなショックを受けていたのだ。
それが身内ともなれば、余計に辛くなるに違いない。
ハヤトはアミに対する気遣いができていなかったことを恥じた。
それが顔に出たのだろう。ハヤトのことを見ていたアミが、慌てて言葉を紡いだ。
「これは私から提案したことだから。ハヤト君が気にする必要はないんだからね」
「……アミ」
「冒険者として、前準備は大切なこと。でも、私はそれができなくなっちゃったから、代わりにハヤト君にお願いしているだけ」
アミは後ろ手を組み、かすかに前屈みになってハヤトの顔を覗き込む。
「そのように考えたら、お互いに楽じゃないかな?」
眉を下げたハヤトは頭を掻き、やがてゆっくりと頷いた。
「わかったよ。アミの分も準備を整えてくる」
「ありがとう、ハヤト君。……あっ、お金を渡すね」
「俺が支払っておくから、気にしなくていいよ」
「ダメ、ダメ。冒険者なんだから、お金関係はキッチリしておかないと」
自身の皮袋を取り出しながら強い口調で言うアミ。
そのような一面もAIらしくないとハヤトは思い、苦笑を零す。
「これで薬草と、祝福の霊薬が買えるはず」
アミは思案する素振りを見せつつ、数枚の硬貨をハヤトに手渡した。
「祝福の霊薬って、魔力を回復させるやつ?」
「うん。魔術師には必須のアイテムなんだ」
アミは皮袋を仕舞うと、一歩後ろに下がった。
「それじゃあ、お願いね!」
過度に明るい声でアミが告げる。
それをハヤトはなんとも言えない表情で見つめた。
だが、いつまでも立ち尽くしているわけにもいかない。
アミが手を振ったのをきっかけにして、ハヤトは道具屋へと足を進めた。
アミは笑顔でハヤトのことを見送っていた。
けれど、ハヤトの姿が見えなくなると、途端に彼女の表情は悲しげなものへと変わった。
 




