第16話 不自然な会話
大通りに戻ってから武具屋までの道のりは、さほど遠くなかった。
中央広場の傍らに建つ一軒家。
屋根からぶら下がった看板に、交差した二本の剣がえがかれている。
「ここがニレさんのお店だよ」
アミはハヤトを連れて一軒家に近づくと、木製のドアを押し開けた。
カラン、コロンとドアベルが音を立てる。
「いらっしゃい!」
途端に威勢のいい男性の声がハヤトの元まで飛んできた。
店内には剣や斧などの武器や、いくつもの鎧が飾られている。
そして、いちばん奥まった場所にカウンターが備えられており、そこに武具屋の店主――ニレが収まっていた。
「こんにちは、ニレさん!」
アミが本日いちばん元気な挨拶を響かせて、ニレの元へ歩み寄っていく。
――おお……話に聞いた通りの厳ついオッサン……。
迫力のある店主の雰囲気にハヤトは若干怯みつつ、アミの後ろを追いかけた。
「ニレさん、こちらハヤト君です。私とパーティを組んでくださった方なんです」
ニレはちいさな目をますます細め、顎髭を手で撫ぜる。
その視線には鋭さがありつつも、人情のような温かみも感じられた。
「ふむ。お客さんは初級の冒険者だね? 装備を見ればわかるよ。バランスはよいが、ちと窮屈そうではあるな」
挨拶もそこそこに持論を展開するニレ。
アミは嬉しそうに表情を輝かせ、ハヤトの肩に手を置いた。
「やっぱり、ニレさんもそのように思いますよね! ぜひ、ハヤト君の装備を見てはいただけませんか?」
「お客さんの身体つきからして、防具は必要最小限にした方がいいかもしれないな。けっこう俊敏だろ? ワシは冒険者を見る目があるんだよ」
自慢げに述べたあと、大口を開けて笑うニレ。
アミもニコニコと笑顔を浮かべている。
だがハヤトはふたりのそのやり取りに、妙な噛み合わせの悪さを感じた。
それはハヤトが店に入ってから、ニレが一度もアミの方を見ていないせいでもあった。
「ん? どうした、お客さん? もしかして防具ではなく、武器をご所望だったか?」
ハヤトはアミに視線を向ける。
なんの疑問も持たない柔和な顔でハヤトを見つめ返す彼女に、居心地の悪さが積もっていく。
「……あのさ、アミ」
「うん。なに?」
不思議そうに目を瞬かせるアミ。
すると、急にニレが表情を曇らせた。
「お客さん……アミちゃんのことを知っているのかい?」
ニレの問いかけを耳にして、ようやくアミも顔色を変えた。
「ニレさん……?」
「あの子は道具屋の娘でね、よくここにも遊びに来てくれていたんだ。それが、まさか……あんなことになるなんてね」
「あの、ニレさん、どうしたんですか?」
アミが話しかけてもニレは反応を示さない。
なにかを堪えるように目頭を押さえ、彼はただ静かに告げる。
「アースタイガーに喰い殺されるなんて、惨い死に方をしたもんだ」
ハヤトはちいさく息を呑んだ。
なぜならこのとき、ニレが《アミの死んだ正規ルート》の話をしていると気付いたからだ。
しかし、アミがそのことを知るよしもない。
彼女はカウンターに手を起き、身を乗り出して主張した。
「な、なにを言っているんですか? 私は、生きています! ニレさんからいただいた杖でアースタイガーを怯ませて……!」
必死の訴えも、ニレに届いている様子はない。
彼のちいさな目はアミを通りすぎ、ハヤトを見やる。
「この辺りにはアースタイガーなんて生息していないはずなんだ。なぜ急に現れたのか……憲兵の調査を待つしかない」
ニレは深く息を吐いたあと、気持ちを切り替えるように晴れやかな笑みを作った。
「すまないね、お客さん。湿っぽい話はやめにしよう」
アミが顔を青くして二歩、三歩と後退する。
ハヤトもまた漠然とした不安を抱き、口を開きかける。
――けれど、この質問は……アミを傷付けるかもしれない。
一瞬ためらいながらも、ハヤトは声を絞り出した。
「なぁ……あんた、アミのことが見えていないのか?」
ハヤト君、とアミが声を震わせて名前を呼ぶ。
その声はあまりに力なく、吐息のような囁きだった。
はたしてニレは嬉しそうに顎髭を撫でた。
「お客さん、よくわかったね! アミちゃんは外でかくれんぼをするのが好きだったんだ。ちいさい頃はよくワシの家内と、鍛冶屋のリュカクと三人で遊んでいたものだよ」
いよいよ会話が噛み合わなくなり、ハヤトとアミは言葉を失う。
アミの浅い呼吸がハヤトの耳にも届いた。
一方のハヤトは重たい確信を得て、わずか数秒ほど呼吸を忘れてしまう。
「アミ、ちょっとこっちに……」
ハヤトはアミと現状のすり合わせを行うため、彼女の腕を引いてカウンターから離れた。
――もしかして、今は《アミが死んだ》状態でストーリーが進んでいるのか? だから店主は、バグで生き残ったアミを認知できていない……?
ドア付近まで引き返したハヤトは、こわごわとアミの表情を窺う。
彼女はまだなにが起きているのかわかっていないらしく、怪訝そうに眉をひそめ、瞳を揺らしていた。




