第14話 【クリーナーの密会】
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ハヤト達から離れた路地の一角。
まばらに人通りのある住宅街までの道の途中で、リュカクは足を止めていた。
彼の前には、町民の格好をした一組の男女が立ちはだかっている。
どちらもリュカクに対して殺気を隠していない。
しかし、リュカクは焦る様子を見せなかった。
彼はちいさく息をつくと、「よぉ」と気さくな声で彼らに話しかけた。
「ふたり揃ってお出迎えとは、気前がいいな」
「前置きはいい。なぜハヤトとアミを殺さなかった?」
目尻の垂れたツインテールの女性がリュカクに尋ねる。
ほんのりと幼さを残した彼女の声には、かすかな怒りが混じっているようにも聞こえた。
「あれらはバグだ。ゲームの進行に影響を及ぼす。排除するのが我々の役目だぞ」
「悪いな、エツナ。ちょっと興味がわいちまってさ」
「興味だと?」
エツナと呼ばれた女性は露骨に顔をしかめる。
しかしリュカクは意に介さず、言葉を続けた。
「オレ達の短剣は《バグを消滅させる》効果を持つ。それなのに、あいつらはリスポーンした。こんなに面白いことがあるか?」
リュカクの問いかけにエツナはなにも答えない。
そのため、リュカクはさらに自分の考えを述べる。
「バグが反撃してきたのも初めてのことだ。しかも、きちんとした意志に則していた。明らかに今までとなにかが違う。下手に殺さず、観察してみるってのもまた一興――」
だが、彼の言葉は最後まで紡がれなかった。
エツナの隣にいた水色の髪の男性が、一瞬にしてリュカクとの距離を詰めてきたからだ。
男性は手の中で形を作っていた光の束をリュカクの首元に押し当てる。
光はやがて短剣に変化し、リュカクの皮膚に冷たい感触を与えた。
リュカクはふと表情を消して、男の暗い金色の目を見下ろす。
「おいおい、落ち着けよヒビツ。オレはお前らとやり合う気なんかねぇぞ」
軽薄な言葉遣いとは裏腹に、低い声でリュカクは言う。
彼の紫色の目にも、冷酷な色が滲んでいた。
空気が張り詰め、一触即発の雰囲気が漂う。
にも関わらず、通行人はリュカク達のことを気に留めていなかった。
まるで、そこには誰もいないかのように。
三人の間に広がる重苦しい気配など、彼らは一切感じ取っていない。
「軽率が過ぎるぞ、リュカク」
やがてエツナが沈黙を破った。
「我々と敵対する意思がないのなら、不要なことを考えるな」
「不要なこと?」
「自我に目覚めたNPCを殺す。それが我々、《クリーナー》の役割だ。それ以外のことを考える必要はない」
リュカクは皮肉げな笑みを零す。
「あぁ……そうだったな。悪い、悪い。オレもお前らも、ただの機能でしかないんだったな」
あっけらかんとした態度で告げると、リュカクは短剣の刀身を指で叩いた。
その様子を見たエツナが、リュカクから男性に視線を移した。
「ヒビツ、短剣を収めろ」
彼女の言葉を聞いたヒビツはリュカクを睨みつけたまま、短剣を光の粒子に戻した。
「お前はほんとうに無口だな」
エツナの傍へ戻るヒビツに軽口を叩くリュカク。
けれど、ヒビツは口を真一文字に結んだまま、敵意のこもった視線をリュカクに返すだけであった。
わずかに沈黙が流れたあと、エツナが淡々と告げる。
「次は必ず仕留めろ」
はたしてリュカクは肯定も否定も述べなかった。
代わりに彼は、薄々と抱いていた疑問を口に出す。
「お前らはさ、NPCの自我ってなんだと思う?」
その問いを聞いたヒビツは不機嫌そうに顔を歪め、エツナも不審がるように目を細めた。
「なんだと?」
「自我ってのは、決められた運命に沿わないことか? それともゲームを無視して、自由に動き回ることか?」
エツナは忌々しげな声で尋ね返した。
「なにが言いたい?」
肩を竦めたリュカクは持論を述べる。
「オレもまぁ、けっこう自由な性格をしていると思うんだよな。今回も役割をこなさなかったし。だが、お前らはオレを排除するでもなく、挽回の機会を与えるわけだ」
紫色の目に好奇心を灯し、エツナ達を値踏みするようにジッと見つめるリュカク。
「それって、お前らの自我じゃないのか?」
途端、ヒビツの目に殺意がほとばしる。
反射的に彼は身を乗り出したが、エツナが片手を上げて制したため、さきほどのように短剣を向けてくることはなかった。
「我々はゲームの意思に従うだけ。お前もゲームの意思のひとつにすぎない。それを忘れるな」
それだけ告げるとエツナは紺色の髪を揺らして踵を返した。
ヒビツは最後までリュカクのことを睨みつつ、彼女のあとを追いかけていく。
あとにはただリュカクだけが、ポツリと取り残された。
「答えになってねぇんだよ」
次第に遠退いていく彼らの後ろ姿を眺めながら、リュカクは溜息と共に微苦笑を浮かべた。
「ゲームの意思、ね。それならオレの意思は、一体どこにあるんだろうな……」
どこかぼんやりとした口調でひとりごちるリュカク。
しかし、彼の言葉を拾ってくれる者は誰もいなかった。
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