第13話 正式な仲間
「私もなんとかしなくちゃって、必死だったの。リュカクさんの気が変わらなかったら、きっと私も……」
それより先をアミは口に出さなかった。
彼女はハヤトの鎧の傷にそっと触れ、ごめんね、と小声で言った。
「もっと早く決断すればよかった」
「いや……まぁ、大丈夫だよ。結果的に助かったし」
「でも、あんなに激しい戦いをしていて怖くなかった? 私、リュカクさんがあそこまで強いなんて知らなかった」
沈んだ声で言葉を綴るアミ。
ハヤトはなんとなく、彼女の気持ちを察してしまう。
これが現実でのできごとだったとしたら、ハヤトは足が竦み、恐怖で萎縮して、なにもできなかったことだろう。
ゲームの中だから痛みを感じず、死んでも復活できるからこそ、ハヤトは強気の態度を貫けるだけなのだ。
――アミは勇気があるよ。現実の俺とは大違いだ。
ハヤトはそっとアミに笑いかける。
「怖くなかった……と言えば、ウソになる。でも、アースタイガーと対峙したときほどではなかったよ」
「ほんとう?」
「モンスターの迫力はケタ違いだからね。もし、リュカクがアースタイガーみたいな顔をしていたら、怖さは倍増していたかもしれないけれど」
あえておどけた調子で肩を竦めるハヤト。
それでアミも、かすかに表情を和らげた。
「ふふ。獣人族はたしかに迫力があるもんね」
「うん、だからさ、アミもあまり気にしないで」
アミはすこしばかりためらいを見せたが、やがてちいさく頷いた。
それを見届けたハヤトは、空気を切り替えるために声を張った。
「さて、これからどうしようか! リュカクに太刀打ちできなかったのも悔しかったし、しばらく草原でレベル上げでもしようかな」
「あ……それなら先に、武具屋さんに寄ってみるといいかも。ハヤト君の鎧、万人向けの初心者装備だから動きにくさがあるかもしれないよ」
「わかるのか?」
「素人目線だけどね。この町の武具屋さんは、その人に合った装備を見繕ってくれるからオススメだよ。私もお世話になったんだ」
アミは収納袋越しに自身の杖に触れながら言った。
なるほど、とハヤトは腕を組んで考える。
この防具のおかげでリュカクの攻撃に耐えられたのは事実だが、たしかに若干の窮屈さをハヤトも感じていた。
――この先もっと強くなってアミを守るには、装備の見直しも大切だよな。
アミが生きている未来というバグ。
その未知の現象を維持するためにも、ハヤトはアミの生存に固執していた。
しかし、ハヤトはアミというキャラクターの人となりに触れていくうち、彼女に親しみの情を抱くようにもなっていた。
バグのためというより、《仲良くなったから死んでほしくない》という気持ちに傾き始めていたのだ。
そこでふと、ハヤトはひとつの提案を思いつく。
「なぁ、アミ。成り行きで一緒にいたけど、よかったらこのまま俺とパーティを組まないか?」
瞬間、アミはこれまでの中で、いちばんおおきく目を見開いた。
「い……いいの?」
「もちろん、アミがイヤじゃなければの話だけど」
「イヤじゃない! すごく嬉しい! 冒険者になっても、ひとりだとちょっとだけ心細いなって思っていたの」
頬をかすかに紅潮させ、微笑むアミ。
その柔らかな表情につられて、ハヤトも笑みを浮かべる。
「ちなみに、ステータスを出せる?」
「うん。こうだよね」
アミは右手を前方にかざす。
次いで彼女のステータス画面が現れたのを確認してから、ハヤトも同様の仕草を行なう。
ふたつ並んだ空中ディスプレイ。
それらを眺めつつ、ハヤトは口を開く。
「えーと……パーティ申請、アミ。許可をお願いします」
「申請を許可します」
ハヤトの言葉にアミが応じる。
途端にふたつのディスプレイがじんわりと光を放った。
そのあと、ステータス画面のパーティメンバー項目に互いの名前が浮かび上がる。
アミはハヤトの名前をマジマジと見つめていたが、まもなくして光が止むと、勢いよくハヤトの方に視線を移した。
「これで私はハヤト君と、正式に《仲間》になれたんだね」
興奮した声色でアミは言う。
思いのほか喜びをあらわにする彼女に、ハヤトは目を瞬かせた。
しかし彼はすぐに頬を緩め、温かい眼差しをアミに返す。
「そうだね。改めてよろしく、アミ」
「うん。こちらこそよろしくね、ハヤト君」
ごく当たり前のようにアミが手を差し出してくる。
ハヤトは迷わず、彼女の手を握り返した。
「それじゃあ、大通りに戻ろっか。武具屋さんに案内するね」
アミはハヤトの手を離したあと、軽やかな足取りで歩き出した。
なるべく距離が開きすぎないようにハヤトも急いでアミのあとを追いかける。
――NPCとパーティを組めるかわからなかったけど、上手くできてよかった。
アミの背中を見つめながら、ハヤトはそっと息をつく。
リュカクにまつわる謎や、アミのバグについてまだまだ気になるところはある。
けれど今は、戦闘続きで慌ただしかったゲームの中で、やっと落ち着く時間ができたことにハヤトは安心したのだった。
 




