第12話 バグという毒草
ハヤトは地面に座り込んだまま、ポカンとしていた。
唐突な戦闘の幕切れに、感情がまだ追いついていないのだ。
それを見たリュカクはおもむろにハヤトの前にしゃがみ込む。
咄嗟にハヤトとアミは身構えたが、リュカクがなにか仕掛けてくることはなかった。
「久し振りに楽しかったぜ、ハヤト。レベルが上がったら、この世界でもいい戦士になれるだろうな」
リュカクは機嫌のよい顔で告げ、ハヤトの前に手を差し出す。
握手を求められているのだとハヤトはすぐに気付いた。
けれど、なかなか応じる気持ちにはなれなかった。
リュカクにもそれが伝わったらしく、ほどなくして彼は手を引っ込めた。
「まぁ、殺し合いのあとならそれが普通の反応か」
どこか残念そうに呟くリュカク。
彼は膝に手をついて立ち上がると、ハヤト達をその場に残して立ち去ろうとした。
「ま、待ってください!」
アミが慌てて声をあげる。
「リュカクさんの《役割》とは……なんですか?」
ピタリと足を止めるリュカク。
かすかに振り返る彼の表情は、ハヤト達の位置からはよく見えなかった。
「お前らみたいな――《バグ》を排除することだよ」
ざわりと、ハヤトの全身が総毛立つ。
ゲーム内のキャラクターからは決して出てくるはずのない単語。
たったその一単語が、リュカクという存在の異常性を物語っていた。
「お前……やっぱり、ゲームマスターなのか?」
「惜しいな。オレはプレイヤーでもなんでもない。ただ、システム側に近い存在なのはたしかだ」
リュカクはそのように述べ、また歩き出す。
「ひとまずは気ままに生きてみろよ。その狂った環境でさ。そこからお前達がどのような選択をするのか、観察させてもらうとするぜ」
片手を軽く振りながら、リュカクは今度こそ立ち去った。
ハヤトもアミも、リュカクの背にそれ以上の声をかけられなかった。
聞きたいことは山ほどあったはずなのに。
どちらも《バグ》という単語に気を取られ、二の句が継げなかったのだ。
「バグ……」
アミが口の中でその単語を転がす。
「……って、なんだろうね? ハヤト君、わかる?」
「え? あ、あぁ、まぁね」
リュカクとの対決の熱が冷めやらぬまま、ハヤトはアミに相槌を打つ。
それから彼女の手を借りて立ち上がり、抜き身だった長剣を鞘へと戻した。
「要は、その、変になるってことだよ」
「変になる?」
「そうだな……たとえば売り物の薬草が、いつの間にか毒草に変わってしまうような不都合のこと」
アミが道具屋の娘であることを考慮し、ハヤトはなるべくわかりやすい例を挙げる。
「なぜ変わるのかわからないし、俺達では元の薬草に戻すこともできない。すごく理不尽に感じるけれど、それがバグってやつなんだ」
説明をしていくうちに、ハヤトの中にあった戦いの熱も収まっていく。
アミは杖をしまいつつ、眉をひそめた。
「リュカクさんはバグを排除すると言っていた。バグが毒草だとしたら……よくないものなの?」
「そう、だね。リュカクが何者かわからないけど、バグのことを知っているのは気になるな」
言いながら、ハヤトはリュカクの言葉を思い返す。
プレイヤーでもなく、システム側に近い存在。
その奇妙で謎めいた言い回しは、非日常を求めるハヤトの好奇心を擽っていた。
しかしアミは、ハヤトと同じ気持ちではなかった。
彼女は口元に手を添え、伏し目がちに思案する。
「私達は不都合ということ? よくわからない……なぜリュカクさんは、私達をバグと呼んだのかな?」
ひとり言のようなアミの呟きを聞いて、ハヤトはハッとする。
――そうか。アミは自分が《死ぬはずだったバグ》だということを知らないんだった。
ハヤトは判断に迷った。
ここでアミがバグである説明をすると、彼女が死ぬことを定められていた話をしなければならない。
そうなるとおそらく、さらにこの世界が《ゲーム》という仮想であると、告げることにもなるだろう。
――アミにそれが理解できるのか? いや、そもそも……自分の死が定められていたと知ったら、どんな気持ちになるだろうか?
長考するハヤトの険しい横顔をアミが不安げに見つめる。
「ハヤト君?」
「ん? いや、そうだな。俺も、アミと同じことを考えていたところだよ」
ハヤトは出任せを述べ、一旦アミに真実を伝えないことにした。
すると、アミが寂しげに言った。
「ハヤト君って、物知りだね。リュカクさんと対等に話をしていたし……ゲーム、マスター? とか、私の知らない単語を使っていた」
段々と表情を曇らせ、視線を落とすアミ。
どこか落ち込んだ様子の彼女に、ハヤトは焦りを抱いた。
「それはその、たまたま知っていただけだよ」
彼は誤魔化すように告げたあと、すぐさま話題を逸らす。
「それよりも、アミ。さっきは助けてくれてありがとう。おかげで、リュカクが戦いを中断してくれた」
「それこそ……たまたまだよ」
アミは浮かない顔のままそっと視線を上げ、ちいさく笑みを零した。




