第11話 【アミが選ぶ道】
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アミの胸中は複雑極まりなかった。
リュカクが本気で命を狙ってくる理由も、彼の言う《役割》についても、なにもわからなかったからだ。
混乱した思考では正常な判断ができず、アミはただハヤト達の戦いを見つめるしかできなかった。
だが、その現状こそがアミの中に苛立ちを生んでいた。
――このままでいいの? ハヤト君にすべて背負わせて、私は黙って立っているだけ?
アミはいまだに震える手で収納袋から杖を取り出す。
幼い頃から親しくしていた武具屋の店主が、冒険者を志すアミのためにと用意してくれたものだ。
――そうだよ。私、冒険者なんだよ? なのに……なぜ、戦いに参加しないの?
杖を振りかざし、詠唱するだけでいい。
アースタイガー戦のときのように、勇気を振り絞ればいいだけだ。
それが今のアミにはできなかった。
敵対している相手が昔からの知人という事実を、アミが受け入れがたく思っていたからだ。
リュカクは、アミが物心ついた頃から町の鍛冶屋で働いていた。
親方の使いだと道具屋に買い出しに来ては、頻繁にアミに声をかけ、妹のように可愛がってくれた。
アミが冒険者になると決めたときも、『杖は研げないからなぁ』などと軽口を叩きながら応援してくれた人物である。
――リュカクさんが《敵》だと思いたくない……でも、このままだとハヤト君が……。
リュカクの猛攻に耐えるハヤトを見て、アミの鼓動が速くなる。
このままだと、ほんとうにハヤトが殺されてしまうかもしれない。
強い危機感が実感となって腹の底からこみ上げる。
『冒険者は命懸けの職業だからな、瞬間的な判断が大切になる。判断に迷いそうになったときは、アミ、自分がどうしたいかを明確にするんだぞ』
そのとき、町外れのダンジョンに向かう前に貰ったアドバイスがアミの記憶から蘇る。
そのアドバイスをした人物こそ、リュカクだった。
奇しくもそれがアミの背中を押すきっかけとなった。
――そうだ。決めなきゃ。私、このままじゃダメだ。
アミはゆっくりと杖を構える。
だが、知人に攻撃を仕掛けるという緊張感で呼吸が浅くなり、上手く狙いを定められない。
――私はハヤト君のことを、なにも知らない。なぜ私を助けに来てくれたのかもわからない。でも……ハヤト君が私をダンジョンから助け出してくれたのは、ほんとうのこと。
アミは深呼吸をしたあと、震えを抑えるために杖を両手で構え直した。
困惑の色が残る緑の目に決意の光が灯る。
――今度は私が、ハヤト君を助けるんだ!
杖にアミの魔力がこもり、浅葱色の光を放つ。
次いでアミは詠唱をするため、息を吸い込んだ。
その一瞬、偶然か否か、リュカクがアミの方を見た。
ふたりの視線が交わる。
アミは、声を呑み込みかけたが――強行する。
「アイス……ニードル!」
杖の光が弾け、彼女の頭上から氷の針が放たれる。
アミの介入を感知したリュカクは即座にハヤトへの攻撃を中断し、氷の雨を避けるために横へ飛び退いた。
回避行為によって生じた、わずかな隙。
反撃に臨むその絶好のタイミングを、ハヤトは見逃さなかった。
彼はリュカクを追って地を蹴る。
そして着地した直後に全力で腕を振るい、長剣をリュカクへ向けて走らせた。
それは完璧な不意打ちだった。
しかし、なおも回避を成功させるのが強者たる器。
リュカクは地面の間近まで姿勢を低くし、ハヤトの渾身の一撃を避けきった。
すぐさまハヤトは二撃目を放とうとするも、それより早くリュカクがハヤトに体当たりをする。
低い位置から勢いのある衝撃を受け、ハヤトは尻もちをついた。
「ハヤト君!」
隙だらけとなったハヤトを見た途端、アミの足が吹っ切れたように動いた。
彼女はハヤトの傍に駆け寄ると、彼を守るように杖の先端を再びリュカクに向けた。
「……今のはすこし危なかったな」
深く息を吐き出しながらリュカクが呟く。
体勢を立て直す彼は、アミの敵対意志を確認して小首を傾げた。
「どうしたいのか、決まったか?」
リュカクの問いにアミは深く頷いた。
「私、リュカクさんに聞きたいことがたくさんあります。だから、殺されるわけにはいきません。ハヤト君のことも殺させません!」
ハヤトが目を見開いてアミのことを見つめる。
対しリュカクも、冷静な眼差しをアミに向けた。
だが、やがてリュカクはこらえきれないとばかりに笑い出した。
「ここまで明確な《自我》を持ったやつは初めてだ!」
この場を支配していた緊迫を吹き飛ばすような明るい声に、呆気に取られるハヤトとアミ。
すると短剣が光の粒子に戻り、消えていった。
リュカクから放たれていた殺意もあっさりと失せる。
「いいぜ、アミ。気が変わった。お前が生きたいと言うのなら、もうすこし様子を見るか」
それは、実質の戦闘終了宣言だった。
アミは目を瞬かせながらリュカクを見つめる。
屈託のない彼の笑みは、いつもアミが見ていた親しみのある表情であった。
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