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悪役令嬢の真意


 そういえば昨日、喫煙所で悪役令嬢と知り合った。

 「どうも」と挨拶したら、咥えタバコでカーテシーされた。



 ……なぜそんなことを思い出したか。というのも、目の前に座る高貴なご令嬢……お見合い相手が完全にその人だからである。


「ごきげんよう、シュナイザー卿。昨夜はありがとうございました」


 艶のある黒髪が鎖骨に垂れる。とても優雅で高貴な笑みだ。やさぐれた雰囲気で紫煙をくゆらせていた人とは思えない。


「イザベラ、お会いしたことがあったのかい?」

「舞踏会でたまたまお会いしましたの」

「そ、そうだったのか」


 人の良さそうな侯爵は分かりやすく娘の心配をする。それもそうだろう。俺は政界であまり良い噂のない、俗に言う悪徳貴族だ。その上、彼女は昨日の舞踏会で王太子から婚約破棄されている。まるで、公開処刑のように。


         *


 王太子が別の女を連れて会場に現れた時から、嫌な予感はしていた。

 ファーストダンス、エスコート、そして集められる聴衆。舞踏会が進むにつれて、その予感は現実味を帯びていった。王太子は彼女の罪を並べ立て、彼女を悪女とする。男爵令嬢を虐げただの、婚約者としてふさわしくないだの、例え事実だとしてもこの場で言うほどでないことばかりだ。しかし、婚約破棄を宣告された瞬間、彼女は泣き崩れ会場を去った。

 王太子と別の女の恋物語。そこに現る悪役の令嬢。勧善懲悪でハッピーエンド。

 ……まるで子供の戯れのようだった。俺の嫌いな、王族にとって都合のいい筋書き。きっとあの国王の入れ知恵だろう。


 思惑通りに雰囲気に乗せられた馬鹿ばかりの会場はいづらく、逃げるように煙を吸いに行った。もうこの世で俺以外に誰も知らないであろう、王宮裏のひっそりとした喫煙所だった。

 そこに、先ほどまで泣き崩れていたはずの、彼女がいた。泣いた跡は見つからない。計略か、偶然か。何もわからない状況だからこそ、表情を変えずに普通に挨拶をする。

 ほんの少しの間。彼女の方から話しかけてこないのを確認し、独り言のように呟いた。


『ここは俺のお気に入りなんだけどなぁ』

『……あら、私のお気に入りでもあるわ』


 間髪入れずに返されたが、そんなはずはない。ここは、本来なら王族しか知らない、王族にすら忘れ去られた場所なのだから。

 しかしそう伝えるわけにもいかず、動揺を悟られないように、煙草に火をつける。ベンチに座る悪役令嬢と、立ったまま壁にもたれる悪徳貴族。満月が変に眩しくて、彼女の黒髪は月光に縁取られ白く輝いていた。

 彼女はもう随分と短くなった煙草を灰皿に擦り付けて、ハンカチからもう一本取り出す。


『火、いただける?』


 上目遣いでそう尋ねられて、さっきしまったばかりのマッチを取り出していると、風が頬を撫でた。彼女はスカートを蝶のように翻し、俺のタイを引く。至近距離に紫水の瞳が揺らめいていた。懐かしい色に目を離せなくなっているうちに、ジリッと火の移る音がした。


『……お転婆だな』

『照れていらっしゃるの?』

『まさか』


 彼女は先にここにいて、吸っていた。火を持っていないわけがない。してやられた。自分より十六も下の少女に弄ばれていた。

 そう気づいても、余裕のある笑みは崩さない。そんな俺の顔を覗く彼女は少し面白そうに、吸って、吐いて。

 ……顔が煙に包まれる。この意味を知らないほど、もう若くない。


『……ハハッ』


 煙の間からでも、彼女の挑発的な瞳がよく見える。流石にやりすぎだ。やさぐれているのか、背伸びしたいのか。咎めようとしたところで、するりと逃げられる。

 彼女は悪戯っぽく笑って、ひらひらと手を振った。

 その姿は、昔好きだった人に酷く似ていた。


『またお会いしましょう』


 そう言い残して、気まぐれな蝶のように去って行った。


         *


 舞踏会場に戻った俺は、国王派閥に布石を打つと、作り笑いを脱ぎ捨てて会場を後にした。とはいえ、あんなことがあっても熟睡できるほど強くない。しこたま寝酒を飲んで、二日酔いの今朝……側近である幼馴染に叩き起こされた。

 いつも通りの日々だったはずが、急に見合いを捩じ込まれたらしい。なんでも、断れない筋とかでそういうことは早く言うように伝えれば、相手からの圧力で不可能だったと言われた。側近が知っていて、主人が知らない見合いなんておかしいだろうと思いつつ、急いで身なりを整えて向かった。

 ……が、これは予想もしていなかった。


 なんてことのない世間話や、上辺だけの褒め言葉。一番肝心な、婚約破棄についてや見合いの意図には全く触れない。と言うよりも、誰も触れられない。侯爵は何も知らないようで、俺もわからない。全てを知っているであろう彼女は、ただ楽しそうに笑っている。


「では、後は若いお二人だけで」


 若い、と言われてももう三十路も半ばを過ぎた身だが。しかし、見合いの定型文だ。何も言うまい。

 やっと人の目を離れられ、二人だけで庭園を歩く。いや、彼女が勝手に好きなところへ歩いていくのに、俺がついていく。俺より身分が高いとはいえ、まさか前を歩かれるとは。


「……よりにもよって、こんな悪徳貴族の元に来なくていいだろうに」


 例え悪役にされたとしても侯爵令嬢だ。侯爵は娘を愛しているようだったし、いくらでも道はある。成り上がりの俺の元に嫁ぐメリットはない。俺からすれば、侯爵家という大きな後ろ盾を得られるが。

 諦めたように呟けば、彼女はくるりと振り返り、くすくすと笑う。


「私も悪役令嬢だからお似合いね」


 なんて言えばいいのか。やっぱり、あの涙はわざとだったらしい。というよりも、悪役にされるとわかったうえで、あえて乗ったということか。

 夏の風が庭園の木々と彼女の黒髪を揺らす。


「ねぇ、初恋を拗らせてるって本当なの?」


 ……紫水の瞳は嫌いだ。


「実父を殺し、若くして家督を奪った非道。政界で潰した相手は数知れず、王族ですら恐れるシュナイザー伯爵。貴方は手段を選ばない」


 彼女はにこりと微笑んだまま。俺も、顔色は変えない。言葉にされると実に酷く、また小気味いいが。


「でも、貴方はいまだに独り身ね。政略結婚した方が、楽に進んだ事もあるはずなのに」


 乾いた笑いがこぼれる。図星だ。だが、悟られる気はない。


「……それで初恋を拗らせてるのかと思ったって? やっと年頃らしくなったな」


 あの人に似ているから、少し見誤っていた。たとえ計算高くとも、彼女はまだ十八だ。若くて、幼くて、夢見がちな少女だ。王族への当てつけか、単なる興味本位か。はたまた、俺を隠れ蓑にする気だったのかもしれない。だが……。

 こちらを振り向いたままの彼女の頭に手を乗せ、先を歩く。俺には、俺のやらなければならないことがある。


「……フローレンス王女殿下を知っている?」


 童話のように謳われた名に、足を止めた。


 それは記録から抹消された、この世で一番愛しい人。先輩、王女殿下、フローレンス。からかい上手で、儚くて、断頭台の上から俺に微笑んだ人。俺を残して、人生を諦めた酷い人。


『さようなら』


 あの人は本当に、いつものように手を振って、死地へ向かった。俺に残りの煙草を押し付けて。

 双子の王女と王子。継承権争い。命を狙われ続ける日々。王家主催の舞踏会を抜け出して、月光の照る喫煙所で、あの人だけが煙草を吸う。淑女の模範のようでいて、結構悪い人でもあった。一度吸わせてもらったこともあったが、俺は咽せてダメだった。王族らしい白髪を揺らして、悪戯っぽく笑っていた。

 王子殿下の派閥……今の国王と中心貴族があの人を嵌めようとしていたこと。その中に、俺の父の名があったこと。あの人は俺が足掻こうとすることを見越した上で、人生を諦めていたこと。

 全てを知ったのは、愛しい人の首が落ちた後だった。


「……どこで、それを?」


 声が掠れる。冷静に務めても、これで精一杯だった。


「そうねぇ。……私は侯爵令嬢よ。調べれば、簡単に出てくるわ」


 俺とあの人の大事な思い出を、まるで事実かのように語る彼女。

 学園の生徒会での先輩後輩。冷たい王女殿下が唯一親しくしていたと思われる人物。

 ああ、そうだ。他人からすれば、その程度。でも、あの人が冷たくなんてない、本当は誰よりも民を愛した人であることは、俺しか知らない。


「ねぇ、もう忘れて、私にしない?」

「……無理だな」


 間髪入れずに答えてしまう自分に嗤う。でも、あれから十八年だ。そう簡単には変えられない。復讐は、まだ終わっていない。


「何も今すぐとは言わないわ。そうねぇ、例えば復讐が終わった後とかでどうかしら?」


 そんな葛藤を見透かすかのように、彼女は背伸びして俺の鼻をつつく。少し驚いて、腕を掴む。彼女は腕を掴まれたまま、きょとんと目を丸くし、そしてまた笑った。その様子に、なんだか毒気が抜かれる。


「……ほんとの悪になるぞ」

「私、悪になるのは慣れているの。それに、王族には私怨があるわ」


 忠告はした。それでもきっと彼女はやめないのだろう。

 これは、受け入れて手綱を握っていた方が良さそうだ。握らせてくれるかはわからないが。


「王太子殿下はね、私の好みじゃなかったの」

「……あー、そうかい」


 あの人だったら、きっと復讐は何も生まないという。でも、そんな理想を追えるほど、俺の執着は軽くない。彼女もそうなのだろう。


「煙草、用意しとくよ」

「ええ、マッチはいらないわ」


 ────彼女と共に現王政を倒したのは、それから三年後のことだった。

 まるであの日の再演のように、国王を断頭台に送った。……国王はあの人と違い、最期まで喚いて醜態を晒していたが。

 王子は辺境の地にある塔へ幽閉、あの女は修道院送りとなった。彼女は王子に「愚かな血」と囁いた。


 公爵家から新たな王を立て、俺と彼女はその後ろ盾となった。

 ……すべてが終わった後、俺は彼女に返事した。


         *


「復讐は何も生まないわ。でも、そのツケを貴方だけが払うのは許せないのよ。()



 読んで下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
やたらと二人の年齢差を強調していたのもラストで、腑に落ちました。 今度こそお幸せに。
あ、私怨とはそういう事。 そらあ、愚かな血を持つ男は、好みじゃないどころか、生理的に受け付けませんわな。 致し方なし。 今後は存分に幸せに暮らしてくださいませ。
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