小さな戀のメロディ
〈泡盛の壜を並べて愛づる哉 涙次〉
【ⅰ】
ハロー、永田です。いきなりわたくし事で申し譯ないのだが、私の書いた『火鳥の事』は、賞こそ獲れなかつたが、よく賣れてゐる。八重樫火鳥、と云ふ世間に名の通つた美女を、こんな冴えない貧乏文士、しかもをぢさん、が、だうやつて掌中に収めたか、パートナーのゐない男性なら、興味あるところだらう。それで、賣れてゐるのだと思ふ。たゞ、書店に行くと、タレント本の平積みの内に、置いてある事、私はうんざりしてしまふ苦笑。
一方、テオ=谷澤景六が、メジャーな賞を獲つたのは記憶に新しい。「本屋大賞」である。『猫文藝』と題された、そのエッセイ集には、野代ミイの事、ハーフ【魔】の4匹の連れ子の事、も赤裸々に書いてある。猫である谷澤が、如何に日々文章を紡いでゐるか、人びとには神秘で、その一端を明かしたエッセイが、世間の耳目を集めた事は、まあ当然であらう。
【ⅱ】
杵塚が、上野の某バイク屋、覗いてみないか、と云ふ。私がカネを持つてゐるのは珍しい狀態なので、いつも新しいバイクに飢ゑてゐる杵塚、誘つてみた譯だらう。
私は、台湾ヤマハのVinoora Mと云ふスクーターに一目惚れ。丸目のライトが蛙の目のやうなそのスクーターは可愛くて、きつと火鳥も氣に入るに違ひない。即購入した。
杵塚は、相變はらず輕量スポーツ・バイクに目を光らせてゐて、スズキの氣合ひの入つたフルカウルモデル、GSX-R125 ABSと云ふバイクを買つた。相變はらずと云へば、彼のハスラー業も盛況なやうで、例に依りバイク資金には困らない様子。
【ⅲ】
閑話休題。杵塚は彼の初めての劇映画『小さな戀のメロディ』を發表。都内インディペンデント系映画館で一齋封切りの運びとなり、今乘りに乘つてゐる。その試冩會のあと、テオの「本屋大賞」受賞記念も併せて祝ふ、パーティが開かれた。杵塚は意氣揚々と新車に跨つて來てゐたから、シャンパンは飲まなかつたが。
『小さな...』往年のイギリス映画、ビー・ジーズの主題歌が懐かしい名画とは一切関係ないが、作中、杵塚の知り合ひのエモコア・バンドが、* Melody Fairを絶叫調で演じてゐるシーンあり、また、雪川組組長・雪川正述の愛犬、玉乃と、カンテラ事務所のロボット番犬・タロウの純愛物語、とあつて、話題を呼んでゐる。
* 前述の名画の主題歌。
【ⅳ】
その試冩會、タロウは連れて來られて、端坐して観てゐたが、ヒロイン役の玉乃は姿を見せなかつた。タロウ、彼女の事が心配なのである。テレパシーで交信しやうにも、向かうが受信をストップさせてゐる。よもや自分が何か彼女の氣に障る事をしでかしてはゐないか、氣が氣でない。雪川組長に依ると、體調が優れぬと云ふ。
【ⅴ】
テオがそれとなく探つた事に依ると、玉乃は、だうやら狂犬病らしいのである。水を怖がる、と云ふ。たゞ、彼女はウィルス接種は受けてゐるし、大體に於いて、日本では狂犬病は、たうの昔に絶滅してゐる。何やら、【魔】の臭ひのする話である。カンテラは「シュー・シャイン」を放つて、魔界の現狀を探つた。
【ⅵ】
「狂獸#13」-大物の【魔】が後ろに控へてゐる、使ひ魔である。そいつに嚙まれると、だうやら狂犬病に似た症狀が出るらしい。この【魔】が怪しかつた。最近、盛んに暗躍してゐて、東京中の愛犬家たちを困らせてゐる、との事。
玉乃は夢の中で、その「狂獸#13」に嚙まれた。やうやつとタロウ、彼女と交信出來て、そのやうに打ち明けられた。「玉乃チヤン、躰の具合ヒハ?」「きついの。タロウちやん助けて」さうかうしてゐる内に、彼女は日に日に衰弱してゆく。これは、すでにカンテラ・じろさんの領域だつた。然も、レッドゾーンである。
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〈珠のよに可愛がられる犬ありきその名玉乃と云ひたる犬よ 平手みき〉
【ⅴ】
「犬の夢の中に入るのは初めてだ」-「カンさん、その『狂獸』とやらの事、知つてゐるのかい?」-「知らないんだ、『ニュー・タイプ【魔】』、らしい」
だが一目見て、カンテラ・じろさんには分かつた。「狂獸#13」半分壊れかゝつたロボットのやうななりをしてゐて、「あ、こいつ、何かの病氣だな」と思はせる。姿かたちは、毛むくぢやらで、得体の知れぬ巨體。
じろさん、安保さん開發の、「鎧スーツ」を着用してゐた。ごく薄い素材だが、鋼鉄と同じ固さで、全身を覆ふ。そしてじろさん、身を投げ出し、囮となつた。「狂獸」涎を垂らしながら、じろさんに嚙み付いた!
【ⅵ】
だが、さしもの「狂獸」の牙でも、「鎧スーツ」には齒が立たない。「んがーつ!!」‐「狂獸」はじれた。お蔭で、カンテラの存在には氣が付かない。カンテラ「しええええええいつ!!」斬つた。
【ⅶ】
「狂獸」斃る- その瞬間、カンテラ・じろさんは、玉乃の就寢中の脳から、彈き出された... そのせゐで、「狂獸」を操る「大物」には迫る事が出來なかつたが、だうにか玉乃の命は守られた。
「あゝ、わたし、助かつたのね、有難うタロウちやん」‐「オ禮ナラ、かんてらサン、ジロサンニ云ツテオクレ」
玉乃が禮をする迄もなく、雪川組長が、今回もたんまり禮金を支払つてくれてゐた。「先生方に、またまた世話になりましたな」。
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〈蚤取粉昔猫ゐて今もゐる 涙次〉
まあ、純愛は画面の外でも、純愛なのだ。早く元氣になつた姿を、タロウちやんに見せてあげたい。映画も観たい。と玉乃は思つたのだつた。以上永田からのお知らせ。因みに、先述のヤマハ Vinoora M、殊の外、火鳥は氣に入つてくれたやうだ。お仕舞ひ。