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狩の使  作者: 在原白珪
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八段 白露

   Ⅰ


 灯篭や他の設備の材料が手に入り、クラトは喜んだ。タマキにもできる仕事が増え、喜んだ。そんな話を夕飯時にすると、芥河は納得した。

「杜若から教わった通りに進んでいるようだね。感心だ」

 シラツユは一人、タマキの言葉を心の内で繰り返していた。


――私の品種は何? どのような性格?


 まるで、精霊と動物を同じように考えている。長く生きた動物の魂が遣いになることはまれにあっても、精霊には関係ない。

 そうである。動物が人どうしで売り買いされることはあっても、精霊が神どうしで売り買いや受け渡しなどされることはない。

「シラツユ?」

 芥河が名を呼んだ。

「疲れているなら、無理に食べなくていい。早く休んでもいい」

「……主?」

「箸が進んでいないから」

 芥河が指摘されてやっと、シラツユは米をつまんだまま、口に運んでいないことに気づいた。気づくと、椀を持っているのも煩わしくなり、置いた。箸の先にあった米は置かれた椀の中に戻された。椀には、シラツユ自身がいつも通りよそった米がそのまま残っている。

「……そうさせていただきます」

 タマキには、タマキが興味を示した仔犬の説明文だけを聞かせた。だが、シラツユには他の仔犬の説明文も見えていた。

〝やんちゃですが他の犬とは協調性があります〟〝飼い主によく懐き、番犬にも向きます〟

 自分たちのことのように思えた。もしかしたら本当に、説明の札を見て犬を買うように、このような精霊がほしいと思って作られるのであろうか。

 そうだとしても、何が問題なのだろうか。仕えるために、生まれた経緯など必要ない。考えればそのはずである。互いが何者であれ、自分を必要とする神を信じていれば、皆、幸福なのだ。

「シラツユ」

 今度は、芥河はシラツユの肩を掴んだ。自らの遣いを傷つけた手を以て、である。

「ぼうっとして、大丈夫かい。現世で病でもうつされたんじゃ……」

 シラツユははっとして、椀を置いたまま少しも動いていないことに気づいた。頭の中では席を立って、歩いて自室に向かっていると思っていた。

 なんと気が抜けている。本人はそう笑えるつもりでも、芥河の目は許さなかった。

「立てるかい。僕を支えにしていいから、一緒に行こう」

 シラツユは段々と恥ずかしくなってきて、断れずに芥河に体重をかけ、本当の病気にでもなったように、力が入らなくなっていく。踵がひりひりするようにも感じる。

 クラトとタマキも芥河と同じくらい心配して、肩を貸してやりたいと思った。だが、遠慮してそうしなかった。

 芥河が主として、シラツユの世話をするべきなのだ。苦しんでいる身近な配下の者を放っておくのは許されない。これも、遣いがいれば些か違ったかもしれないが、芥河の家においては芥河が直接みてやりたいのだ。

 シラツユは芥河に身を寄せながら、泣くのを堪えている顔を二人に隠していた。



   Ⅱ


 そんな様子であったのに、翌朝になるとシラツユはいつものように炊事を始めた。芥河が心配して、他の二人にできないなら自分が代わると言って無理に代わろうとしたが、強く断られて諦めた。

 クラトとタマキも早起きして柱の影に連なって様子を見ていたが、昨日までと少しも変わるところがない。

「一晩寝て治ったのか」

「そうなの?」

 二人とも半信半疑であったが、できた朝食を食べる頃にはその疑いを晴らした。いつもの雑炊に、遠慮ぎみな量の漬物が添えてあって、味噌汁の豆腐は完璧に近い立方体であった。


 現世に降りてからも、シラツユはいつも通りに働いた。

 クラトから頼まれて、タマキを伴って郵便物を投函しに行くところ、仔犬の姿の怪異が現れた。

 タマキは咄嗟に弓を構えようとしたが、人に擬態する指輪をつけていると霊力を使うことができない。かといって、車が行き交う路上で指輪をすぐに外すこともできない。

 シラツユは持っていた葉書や封書をタマキに押し付ける。

「あなたはそのまま人間のふりをしていてください。指輪を外さなければ怪異からも知られません」

「シラツユは」

「隠れて指輪を外します」

 シラツユは駆け出す。とはいえ、街中で自然に人目から逃れられる場所などめったにない。しかし悠長に歩き回っていては怪異が育ってしまう。

 適当に見繕ったために形の合わない運動靴で靴擦れを作りながら、停車中のトラックと店の壁の間に滑り込み、指輪を外し、乱暴にポケットにしまいながら、怪異の出た方角に飛ぶ。

 建物の屋上やベランダを飛びながら、仔犬の怪異を再発見した。タマキの姿はない。逃げおおせたようだ。

 シラツユは弓を振り絞る。一発で浄化し、タマキを探して保護しなければ。

 ……また他の神などに見つかって世話を焼かれては、クラトにも芥河にも顔向けできない。

 矢は音を立ててまっすぐに、仔犬の背を貫いた。

 シラツユは弓を投げ置いて屋上に腰を下ろし、足を投げ出す。

 一息ついて、立ち上がる。地上に下りて物影を見つけたが、ポケットを探っても指輪が出てこない。

 落としてしまった。

 飛び回っていたからどこで落としたのか、どこに落ちたのか、見当がつかない。

 シラツユは霊体のまま来た道を戻りながら、素朴な銀の指環を探す。同時に、タマキがどこにいるのかも探すことにした。投函して先に社に戻っていてくれればと願うが、もしかしたらシラツユを案じて同じように探し回っているかもしれない。

 シラツユ自身も本当に指環を探せているのか分からないと思うほどに、焦って動き回っていた。見落としてしまったかもしれない、あそこに小さい光るものが見えたような気がした、そう何度も同じ場所を振り返っては、急いで移動しなければと、三秒も経たないうちに走り出す。

 現世に住まう人間やカラスはそんなシラツユの姿や上がっていく呼吸を知る由もなく、のんびりと日常にいそしんでいる。

 先ほど止まっていたトラックが去っていた。壁沿いを見ても指輪はない。

 シラツユは足を止め、しゃがみこんだ。

 走りすぎたせいなのか、現世に長くとどまっているせいなのか、吐き気がしてくる。眩暈もするような気がする。しかし、本当であろうか? また昨晩のように、気持ちが甘えて仮病を催しているだけなのではないか? そう疑えば疑うほど、足を抱え込む腕が動かなくなっていく。

 どれもこれも、祭りのせいだ。クラトと考えが合わず、一人ではタマキを助けることもできない。芥河の後ろめたい過去をようやく知らされてしまった。それを受け止めきれなかった。

 シラツユは顔を自分の膝に埋めた。



   Ⅲ


 シラツユを見失ったタマキは数分、シラツユの霊力を辿ろうとしたが追いきれず、社に戻った。シラツユも戻って来ていることを願ったのだが、クラトしかいなかった。

「あれ、一人?」

 そう聞かれた途端、タマキはわっと泣き出した。

 泣きながら、道中で怪異に遭遇した経緯を話すと、クラトは目の色を変えた。

「シラツユがそんな小さい怪異に手こずるわけがない。やっぱり調子が悪くて……」

 その先を言おうとすると、更にタマキが目に涙を浮かべたので、省略した。

 クラトはタマキと手をつないで社を出たが、それでもシラツユがどこにいるかは分からない。

 街の中を歩いてみても、シラツユの気配や姿はない。

 クラトはぞっとしながら、タマキにかける言葉を選んだ。

「主を頼ろう。俺たちじゃどうにもならないことでも、主ならなんとでもしてくれる」

 タマキの涙が止まる。

 二人は常世に戻った。


 ことの次第を聞いた芥河は、珍しく重い腰を上げた。

「手荒になっても家にいさせるべきだったかな」

 煙草の火を消して、現世に降り立つ。そしてすぐ、二人に告げた。

「ここからは僕一人で行く。君たちは留守番していてくれ」

 不安そうなタマキの頭を撫でる。

「これは半分僕のせいだから……、お菓子も買ってきてあげる。何がいい?」

 タマキはじっと芥河の目を覗いた。いつもの優しい目だ。

「アイス」

 芥河はふっと笑う。

「それは早く帰らないと溶けてしまうね。……いい子だ」

 芥河は姿を消した。

作者利き手首骨折のため、ストックのある次々回以降の原稿執筆が困難となっております。ご了承ください。

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