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狩の使  作者: 在原白珪
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七段 花橘

   Ⅰ


 スマのおかげで祭りの準備は一つ駒を進め、シラツユとタマキはるんるんと、クラトはげっそりとして常世の竹林に帰ってきた。

「ただいま戻りました」

「主!」

 元気な二人は芥河を呼ぶ。芥河はのうのうと出てくる。

「なんでうちには遣いがいないの?」

 芥河は煙草を落とし、慌てて拾い上げた。床に跡が付いてていないかと、靴下ごしに踏み慣らして擦る。

 そしてタマキには座るよう、シラツユには茶を淹れてくるよう促した。そしてクラトに問う。

「なぜその疑問が発生したのか聞いても?」

「現世に、杜若さまとスマさん、アカシさんが来てて、俺たちが困ってたことをちゃちゃっと解決して教えてくれて」

「それで、羨ましくなったの?」

 タマキは首をふる。

「アカシさんとフジ、仲良しって言ってた」

 タマキの座り姿勢はきれいで、袿の袖がきれいに見え、雛人形のようである。それが雛人形を愛でるくらいの女童のようにちょんちょんと喋り、化粧っ気のない頬は桃の花が咲くようなので、話し相手はどうしようもない。

「そっかあ」

 しばらくして、芥河はだらしない姿勢で茶を受け取り、シラツユは芥河の横に座る。

「クラト」

 芥河に呼ばれ、クラトは生唾を飲む。

「君が知っていることを二人にも話すよ。隠すことでもない」

 シラツユは唐突に、膝の上に置いた手が固まって動かないのを感じた。

「僕にも遣いはいた。……でも、僕がしたことのせいで傷つけて、嫌われて、出ていった」

 クラトの鼓動が呆気なく小さくなっていく。

 シラツユの指は固まったままである。

「何をしたの? どんな人だったの?」

 一人、タマキは質問を続けたが、芥河は答えなかった。


 シラツユはクラトの部屋を尋ねた。

「知っていたんですか」

 クラトは障子を閉め、部屋の奥の窓に寄りかかる。窓から入る日をクラトが遮る。

 クラトは芥河に従って、自分が知っていることの一部を伝えることにした。

「ああ。生まれてすぐに聞かされた。『だから、君は僕を疑い続けてくれ』ってさ」

 シラツユの表情は影に隠され、どんな感情を与えたのか、クラトは知ることができない。

 ただ、背はやや俯いているように見えた。

「あの程度の情報で、何を疑えというんです」

「何もかもだ。言ったことあるだろ? 『いざというときには主にも矢を撃て』と」

「それは冗談でしょう? だって、私は」

「冗談じゃない。比喩でもない。例えそれで(ばち)が下っても、その先の事態が起こるよりましだ」

「先……?」

 クラトは歯を見せて笑った。

「大丈夫、なるべく俺がどうにかするから。……お前は分かんなくていいよ」

 シラツユは影の中で拳を握りしめる。

「タマキにも同じことを言うでしょう。『分からなくていい』と」

「そうだけど」

「私とタマキは違います。私の方が、……戦えます」

「シラツユ」

 クラトは笑うのをやめた。そして、窓辺を離れてシラツユの肩を叩いた。

「お前は戦ったり、働いたりするためだけに生まれたんじゃない」

「そんなこと」

「分かってくれよ。タマキより頭良いんだからさ」

 シラツユはさして男らしくもならないままの拳を握ったまま、会釈して部屋から出て行く。

 自室に戻ろうとする途中、喉が渇いて台所に立ち寄った。そこに、ジュースの紙パックを持ったタマキがいた。

「タマキ」

 声をかけずにいられなかったが、何を話していいのか分からない。タマキ相手に緊張している自身を、シラツユは信じられなかった。

 タマキは言葉を発しようとしないシラツユに、少し首を傾けて、ジュースを袂にしまった。そして代わりにごそごそと何か小さいものを取り出した。以前、ムラサキとハルからもらった、さくらんぼを模した寒天の干菓子である。

「これ、おいしかった」

 タマキはその小袋を指でつまんでシラツユの前に差し出した。

 シラツユは『同じものを買ってほしい』と言われる、そう思って構えた。

「あげる」

「は」

 驚いて、何か考えれいれば出ない音を発する。

「いいんですか」

「うん。内緒。だから早く」

 急かされてやっとシラツユは両手を広げて、落とされる菓子を受けとめた。いかにもタマキが好きそうな見た目と甘い匂いをしている。

 青白くなっていたてのひらに、ざらざらした赤色が鮮明に映る。

 タマキはいたずらをした後のようににやついて、踊るような足取りで去って行った。



   Ⅱ


 翌日も現世に降り、社を拠点に祭りの準備を進める。数日ほど出入りしただけで、社は風通しがよくなり、清潔になっていった。スマが残した手記に仕事の仕方を倣うこともできるようになり、クラトは清々しく、生き生きと働いた。シラツユが目を見張るほどである。

「あなた、……もっと不真面目だったはずでは?」

「要領が分かれば楽しい仕事ってあるだろ? それだよ」

 シラツユは何となく机の前に座ってみるものの、クラトに圧倒されて、自分の手が動いていないことに恥ずかしくなる。

 タマキはそもそも字が読めないままなのでどうしようもない。

 クラトは見ていた書類をどけて、別の山からちゃちな紙切れを出した。

「これ、二人で買ってきてくれるか? 灯篭流しに使う材料だ」

「おつかい!」

 タマキは舞い上がる。


 指環をつけた二人は街へ出掛ける。

 普段現世での買い物は決まった店に行くが、今日の買い物は違う店に行く必要がある。その上、クラトがおらずタマキがいる。シラツユにとって慣れない仕事である。

 二人は資材店に入った。軽くて扱いやすい木材を注文して、期日までに神社まで届けてもらう必要がある。

 店内を歩き回って一番奥に木材があるのを見つける。しかし、丸太の側面を削って四角くしただけのような大きな材木ばかり目について、素人が工作に使えるような板材が見当たらない。

「木だね」

 タマキは他人事のように面白がっている。

「どう……しましょうか」

 問いかけてみてもタマキに答えられるはずはない。

 足も疲れ立ち尽くしていると、エプロンを掛けた女性が「お困りですか」と声をかけてきた。が、シラツユは人間から話しかけられることを想定しておらず、それに気付かなかった。

「お客さま?」

 女性の声に反応してタマキがシラツユの袖を摘む。

「お姉さん、教えてくれる」

「は」

 シラツユはや自分が指輪をつけていることを思い出した。目を合わせると、女性は微笑んだ。

「何かお探しですか?」

「えっと……」

 シラツユはたどたどしく、クラトから受けた説明を繰り返す。

 女性は同じ木材でも用途が違うものは別の場所にあると言って案内を始めた。このときやっと、シラツユは彼女が店員なのだと気づいた。

 まじめな店員の後ろをついて歩きながら、犬の鳴き声が聞こえた。タマキはそちらを気にする。

「動物?」

 店員は気が抜けたように答える。

「ペットも取り扱っております」

 タマキはその意味が分からず、ふうん、と聞き流した。



   Ⅲ


 店員に勧められるまま必要なものを揃え、配送先のメモを渡し、会計を済ませた。

「やっと帰られますね」

 シラツユが言うと、タマキはやや埃っぽい店内を振り返る。

「何か気になるものでも?」

「動物」

 タマキが歩くのに、シラツユはついていく。犬の鳴き声が近づき、先ほど通り過ぎたペット売り場に着く。

 全体で十数匹、一匹一匹に小さな部屋が当てられていて、全てガラスから全体が見えるようになっている。仔犬と、柔らかそうな寝床と、簡素なおまると、噛まれてほつれたおもちゃが、どの狭い部屋の中にも揃っている。必要最低限の、それより上でも下でもない、住環境が整えられている。

 独特な強い匂いがする中、タマキはそのうちの起きている一匹のガラスに指を触れた。

「タマキ、『触れないで』と書いてありますよ」

 シラツユが注意書きを読んでやると、タマキは素直に手をしまった。

「他に何か書いてある?」

 タマキは尋ねた。仔犬たちとどう接するべきか、教えてもらえると思った。

 しかしシラツユが見るところ、『ガラスに触れないでください』以外の注意書きはない。

「いいえ。ですが、その子は『外国の品種でおとなしい性格。賢いので芸を覚えるのが早い』と書いてあります」

「この子、もう何かできるの?」

「それはまだでしょう。『生後一ヶ月』らしいですよ。私たちと違って現世の生き物は分別がつくのに時間がかかります」

「じゃあ、なんで分かるの?」

「そういう品種だそうです」

「ヒンシュ?」

「品種というのは……」

 シラツユが説明に困るところに、タマキは割って入る。

「私にも〝ヒンシュ〟はある? 私はどんな性格?」

 タマキは楽しそうに構えている。またいつもの、人形のようなとろっとした目をしている。

 シラツユは、このタマキの目を不思議に思っていた。何かを望んでいるのではない、何かを避けているのでもない。これが女性らしさなのかと考えても、似た女性を知らず、これが子どもらしさなのかと考えても、似た子どもを知らない。

 ただなんとなく、自分もこういう目をしているときがあるのだろうかと疑ってしまう。

「いいえ。精霊と動物は違って……」

 答えようとしたものの、クラトが待っている、そう理由づけて、シラツユは店から出るよう促した。とても一人で答えきれないが、誰かに助けを求める勇気もなかった。

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