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狩の使  作者: 在原白珪
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六段 杜若

   Ⅰ


 クラトとシラツユが社の中で頭を抱えている間、タマキは一人、指環を外して市街で弱い悪霊を浄化して回っていた。二人から命じられたわけではなく、単に「暇だから散歩に行く」と言ってきた。嘘ではない。悪霊の浄化を仕事だと思って真面目に取り組む精霊もいれば、狩のような娯楽としている神や遣いもいる。

 タマキは勘が鋭く、二人が見逃すような、小動物程度の大きさの悪霊でも見つけ、建物の屋上から狙って、当人に気づかれぬうちに矢を射ることができた。そして、怪異に気づかれればそれを追わず、俊敏に逃げた。

 三階建ての小さなビルから、平屋の商店に飛び移るときであった。

「君一人かい」

 強く響く声があった。それほど大きくもないのに、飛び回るタマキの耳にしっかり聞こえる。

 タマキは商店の屋上に着地し、辺りを見渡す。探しているうちに、声の主の方から、屋上に飛び乗ってきた。

「はじめまして」

 タマキは後ずさりする。目の前に現れた青年は強い霊力を放っていて、保育士が園児に話しかけるように、あるいは戯男が客を探すように、じっとタマキを観察している。

 タマキの勘は、彼は怪異でも精霊でもないと言った。しかし、紅をつけない素の唇が使う言葉を教えなかった。

 胸元の紫の飾り紐がビル風に揺れる。

「怖がらなくていい。君は無礼なことなどしていないのだから。……私は杜若(かきつばた)

 杜若の言葉に続くかのように、地上から二人の青年が揃って姿を現し、杜若の左右に侍す。

 短い巻き毛の方の青年が口を開いた。

「俺たちの主だ。俺はスマ」

 それから、長い直毛の青年が続く。

「僕はアカシ。……びっくりさせてごめんね。心配だったから、声をかけたんだ」

「そうさ。君くらい霊力の小さな子が一人でいていい街じゃない。全く、芥河君は何をしている」

 タマキは噛みつくように、杜若に答える。

「私の主、知ってるの」

「知っているとも。芥河君の領地だと分かった上で、平凡に買い物に来た」

 スマがデパートの紙袋を三つ見せる。タマキには見慣れないものだが、警戒しないで、という意思を汲み取ることができる。

「主が、お祭りをしたら怪異が減るって言った。だから、クラトとシラツユが準備してる。私は字が読めないから……できない」

「ほう」

 杜若はタマキに近寄る。

「その二人は今どこにいる」

「社」

「案内したまえ」

 タマキは戸惑って動けない。それを三秒で察し、杜若はスマとアカシを振り返った。

「この子に私の話は難しいようだから、君たち二人がついて行きなさい。私は残っている怪異を打つ」

「了解です」

「行こう」

 杜若はどこかへ姿を消し、代わりにスマとアカシがタマキの両脇に立った。

 スマは地図を開いている。

「社っていうと、……あっちか?」

 スマが指さす方角にタマキは頷く。

「よし、じゃあ行こう。怪異は俺たちの主に任せてさ」

「君の先輩たちを手伝いに行こう」

 杜若がいなくなって、タマキはようやく気付いた。この二人の霊力もすさまじく、自分と同等の精霊などではない、と。

 親切そうに見えても、これほど強力な人たちを三人も、知らぬ内に領地に招いてしまっている。それが芥河の力の及ぶところなのである。


 スマとアカシに伴われ移動する間、怪異の気配がどんどん減っていく。芥河がごまかした、神は現世で戦わないのかという問いに、初対面の杜若が応えている。そのために、タマキの中で更に疑問が増えていく。

 鳥居の前に降り立つと、クラトとシラツユの方から駆けてきた。

「タマキ、どうした」

「そちらは」

 タマキはスマとアカシの間から、クラトとシラツユの間に滑り込む。

「何も悪いことはなかった。けど危なっかしかったから」

 スマが歯を見せて笑う。

「君たちがクラト君とシラツユ君? 名前は聞いたことがあるよ。芥河さんの精霊。僕たちは杜若さまの遣いだよ」

 アカシは微笑んで、握手を求める。

 クラトがそれに応じた。シラツユはタマキの肩を持って、じっと様子をうかがっている。



   Ⅱ


 スマはあぐらをかいて、出された茶をすすりながら、社屋に溜められた郵便の山を一から目に通していく。

「これは慣れないうちに教わらないでやる仕事じゃないな」

 芥河の精霊三人とアカシは立ち尽くしている。

「そうだね。僕もそういうのは苦手……」

「俺に任せろ!」

「おお……」

 アカシ、クラト、シラツユはゆっくりと正座し、スマを見習う。タマキは足を抱えて座り、後ろからその全体を覗いている。しかし何をしているのか分からず、板敷きに足の指を一本ずつつける遊びを始めた。

 アカシがその小さな音に気づく。

「タマキちゃん、だったね」

「アカシ……さん」

 タマキは恐る恐る応じる。

「常世に帰るなら、送っていくよ」

 タマキは頷かない。

「お祭り、楽しいと思ってた」

 アカシはいざって、足を抱えて座り、タマキと向き合う。

「そっか。確かに、準備には大変だし、つまらないこともあるね」

「楽しいこともある?」

「……うん。君がどういうものを楽しいと思うか分からないけれど、じきに別の仕事が始まる」

「どんなお仕事?」

「手紙でのやり取りが終わったら、今度は人と会ったり、物を運んだり、作ったりする。そういうのは好きかな?」

「やったことない」

「じゃあ、楽しいかもしれない」

「本当?」

「僕は、……ちょっと苦手」

 アカシは微笑む。

 アカシはタマキにとってムラサキやハルのように話しやすいが、彼女らとはまた別の優しさと繊細さがある。タマキはそれを感じとった。

「うちは毎年、僕たちも関わってお祭りをするんだ。いつも苦手で、嫌だなって思う。けど、ふとしたときに『僕はあんな失敗をした。けど、スマが助けてくれた。フジ君が笑ってくれた』って思いだして、誰かに話すんだ。そういうとき、ちょっと幸せな気分になるよ」

「フジ?」

 タマキは聞き返す。

「あ、ごめん。僕たちの主の精霊。僕の方が遣いだからしっかりしなくちゃいけないんだけど、フジ君は僕の世話を焼いてくれて……。でも僕を頼ってくれるときもあるんだ」

 アカシの頬が桃色に染まる。これが幸せなのだと、タマキは理解した。

 そして、クラトの背を軽く叩いた。

「クラト」

 クラトは顔だけをタマキに向ける。

「うちにはなんで遣いがいないの」

 クラトはきょろきょろして、シラツユに助けを求めようとして、シラツユはスマの手伝いに集中しているのを見て、声も手も出さないままやめて、体をタマキに向けた。

「えっと、……」

 今度は身振り手振りだけが出てきて、言葉は出てこない。

 アカシは口をぽかんと開ける。

「どうしたの? ねえ、なんで?」

 タマキの不満な声がシラツユにもスマにも聞こえた。

「なんだ?」

「タマキ、人を困らせるような質問は取り下げて……」

 タマキは話を聞いていないシラツユにむっとした。

「だって、私たちにも遣いがいたら、教えてもらえるし楽しいと思うから」

「なるほど」

 シラツユは理解を示す。

「では、帰ってから主に聞いてみましょう」

 クラトは青ざめる。反対にタマキは笑顔になる。

「うん!」

「うちの主は適当なところがありますからね」

「ちゃんと聞かないと」

 乗り気な後輩たちに、クラトはなんとか苦笑いする。

「まあ、そうだな。変な答えが返ってくるかもしれねえけど」

 クラトはシラツユとタマキに目を合わせられない。

 スマとアカシはクラトが追い詰められていることに気づき、話題をそらすことにした。

「そういえば、君たち自身は何か出店をしないの?」

「そうそう、うちは甘酒を配ったり、月餅を売ったりしてるぞ」

「さすが杜若さまですね。格式高い」

 シラツユが讃える。

「分かっているじゃないか」

 クラトとシラツユの知らぬ声が応えた。

 杜若が入ってきたのである。

 スマとアカシは飛んでいくような勢いで迎える。

「主!」

「お帰りなさい。……うちじゃないけれど」

「うむ。他人の社に入るのは不思議な心地だけれど、芥河君なら許すだろうから失礼するよ」

 そう言いながら、堂々と社殿の奥に座る。

「安心したまえ。発生している限りの怪異はすべて浄化した」

 杜若は煙草を吸い始める。



   Ⅲ


 芥河の領地の社に、杜若の紫煙が漂う。

「えっと……」

 クラトは困惑する。

「僕は休憩しているから、君たちは続けたまえ。何も構うことはない」

 そう言われても、三人は話しづらい。知らない神と同席しながら雑談をするなど気が気でない。しかも、その神が座っているのは三人の主の席である。

 スマが気を遣うしかなかった。

「さっきの話なんだが、祭りの主催者も何か目玉になるようなことをするにこしたことはないぞ。祭り全体の雰囲気づくりとか、そういう面で」

 シラツユが真面目に考える。

「盂蘭盆会を兼ねているというのと、人形焼きなるまじないもあるようですし、何かこう……死者の霊を弔うようなものができれば……」

「灯篭流しは? 主の川を使える」

 タマキが言う。

「それです!」

「いいぞ! あ、どうせなら式神とか人形とか流すのはどうだ? 人形焼きに重ねて」

「いいんじゃないかな。……」

「うん。俺もいいと思う。……」

 スマとアカシは何か言いたげである。杜若が煙草の火を消す。

「瑞々しい君たちに一つ知識を与えよう。人形焼きはただの菓子だ」

 三人は衝撃を受けてしゅんとした。

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