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狩の使  作者: 在原白珪
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五段 身を知る雨

   Ⅰ


 タマキも何のことだか整理のつかないまま、そして桜の花弁を咥えたままであった。

 クラトとシラツユが霊力を使ってタマキを常世に連れ戻したのである。二人はタマキの腕を一本ずつ掴んだまま、肩で息をする。

 水墨画のような竹林だけが静かだ。

「……?」

 タマキは首をかしげる。

「俺たちの存在は人間に知られちゃいけないんだ」

「滅多にありませんが、たまたま姿を見られても、人間に何か教えてはいけません」

「二人とも何か言ってた」

「人間の言葉をそのまま返しただけです。なるべく偉そうで硬い口調で」

「お前もいつかあのくらいの方便を覚えることだな」

 竹林の中で、クラトは背伸びと深呼吸をする。涼やかな空気が体の中を巡っていた緊張を流し去っていく。

「しかし俺たちが見えたということはあのじいさん、」

 シラツユが頷く。

「もうじきですね。まあ、そのような歳でしょう」

 タマキは更に首をかしげた。

「神さまとか俺たちみたいな霊体が見える人間は、それだけ死期が近づいてるってことだ」

「シキ?」

「分かんねえよな」

 クラトは笑う。

「分かんなくていいよ。けどせっかくだから、あのじいさんの願い、叶えてやりたいよな」

「自分一人ではなく、皆の幸せを願いましたね。良い人です」

「どうやって叶えるの?」

「ううん、偽の女神さまは見かけ倒しで知恵がない……。となれば、本物の神さまに頼むしかないな」

 タマキは何となくばかにされたと思いつつわくわくする。


 芥河は老人の願いを聞き入れた。

「金回りが悪い、働き甲斐がない、……全部気分の問題じゃないか」

「経済はどうだろうな。政治のせいもあるかも」

「政治のせいならどうしようもない。僕は川の神だから」

 クラトはずっこける。

「じゃあ川の神って何ができるんだ」

「……赤潮対策?」

「それは海の管轄ですね」

 シラツユは丁寧に答えるが、タマキは飽きて折り紙で遊んでいる。

「冗談だよ。お祭りでもすればいいじゃないか。お金が動いて、普段しない仕事ができて、若い人が騒げて。おじいさんの悩みを解決できるし、ついでに悪霊も減らせる」

「減らせるの? そうしたら戦わなくていい?」

 タマキが唐突に興味を持った。

「うん。お祭りはハレの行事だからね。ケガレの塊である悪霊は、弱いものなら空気に当てられるだけで消滅するよ」

「本当にそんな効果があるんですか」

 シラツユも驚く。

「あるある。やっておいてくれると僕も助かるよ」

「ん?」

 クラトが聞き返す。

「主は何をするんだ?」

「特に何もしないけど」

 クラトは芥河の襟を掴む。

「あんたが頼まれてんだよ」

「だっておかしいじゃないか。お祭りって、神さまを祀るものだよ。祀られる側が働くのはおかしい」

「俺たちの仕事だけ増えるのが納得いかないんだが」

「おじいさんのお願いを勝手に聞いちゃったのは誰かな」

 クラトとシラツユが互いを指さす。

「じゃ、そういうわけだからよろしく。適当でいいから」

 芥河はどこかに消えた。

「嘘だろ……」


 クラトは家の奥から小さな箱を持ってきた。中には指環が入っている。

「これをつけると、現世の人間にも姿が見えるようになる」

 タマキは疑問した。

「見えちゃいけないんじゃないの」

「祭りをするには人間と交渉しなくちゃいけないからな。しょうがない。人間のふりをする」

「でもおじいさん、私を神さまだと思ってる」

「指輪の効果で別人に見えるから大丈夫だ」

 タマキは箱の中をじっと見る。

「二つしかない」

「おう。俺は自力で変化するから、お前らが使え」

 クラトはタマキとシラツユに指輪を取らせる。

 シラツユは受け取りつつも、不満そうである。

「私も、やろうと思えば指輪なしでも……」

「無理して途中で術が切れたらどうするんだ」

 シラツユは返事をしないまま指輪をはめる。

 タマキもそれに倣った。


 

   Ⅱ


 現世に降り立ち、三人は公園の横にある社に向かった。普段から管理している人間がいないことを確認する。

「主はこれを見て〝問題ない〟って言ったのか」

 クラトが言及しているのは、タマキが生まれる直前の芥河の言葉である。

 社は現世の物とはいえ、強力な御神体や奉納物などは常世に影響をもたらすことがある。そのため、大きな力を使う前には社の状態を見ておく必要がある。

「確かに、大した信仰が見られないので安全上は大丈夫なのでしょうが。これはこれでなんというか……」

「さみしい」

 タマキがシラツユの言葉を補った。

 三人は社屋の床に腰を下ろす。

 わずかに軋むような音がして、板敷きとは思えない軟らかげな感触が伝わる。

「でも、この状況であればむしろやり方は簡単だ。俺たちはそんじょそこらの学生。昔のことに興味があって面白そうだから祭りを開催してみたい。金ならある。そう言えばいい」

「お金、あるの?」

 聞かれると、クラトは封筒から札束を出した。

「そんな大金、どこから」

「こんな大金の出処なんて一つしかないだろ?」

 札束を見せつけるクラトの言う通り、シラツユはたった一人の神の顔を思い浮かべた。

「将棋に付き合った礼だと。……まあ、そういう体でうちの主が心配でくださったんだろうから、ここで使おう」

「借りが増えるのは癪ですが、そうするほかないようですね」

 シラツユが眉間にしわを寄せる。

「癪なのか」

「シャクって何?」

 二人が揃って覗き込む。

「いえ、……言葉選びが難しいですね。私たちの主が一人では何もできないと思われるのは嫌だな、と」

「でもまあ、事実だしなあ」

「舐められて、本来同等の神どうしで圧力かけられたり、無理を強いられたり……」

「ないない! 今までそんな神いなかったし」

 クラトはシラツユの不安を笑い飛ばした。

 シラツユは少し表情を緩ませる。


 ほどなくして公民館に貼り紙がなされた。盂蘭盆会に祭りを行うため境内に出店を募る、資金の一部を負担し、儲けは全て渡すというものである。字が読めないタマキのために、クラトがそう説明した。

「ウラボンエって何?」

 タマキはそう質問する。

「私も疑問です」

 シラツユが珍しく同調するが、正確には反語であり、続けた。

「死者の魂が現世に戻る、というのは主の……私たちの管轄ではありません」

「何でもいいんだよ。今人間の間で流行ってる霊的なものといえばこれなんだから。便乗しない手はない」

「霊的なものと、まとめすぎでは?」

「楽しかったら何でもいいんだよ。細かいことを気にしてもハレは来ない」

 クラトに押し切られつつも、シラツユは納得したとは言わなかった。

 掲示板の前でそうしてたむろしていると、買い物帰りらしき婦人が目を留め、声をかけた。

「神社で……お盆?」

 シラツユは「言った通りではありませんか」とクラトを見やる。タマキは分からないながらにそれに倣う。

 二人分の視線を受けながらも、クラトははきはきと舌を回す。

「生きている人もそうでない人も楽しむことを思いやるのに、神も仏も関係ない、ということです」

「そうなの」

 婦人の反応に、シラツユは目を丸くする。

「楽しみね」

 婦人はクラトの考えを受け入れた。クラトは余計に調子よく喋る。

「皆さんを誘ってください。楽しい祭りにしますから」

 タマキは、今度はクラトにつられて笑顔になった。婦人から飴をもらうと、それらしく礼を言う。しかし、シラツユにはそれが気味悪かった。



   Ⅲ


 貼り紙には連絡先を社の住所のみにして、すべて手紙やハガキにするよう指定した。その結果、毎日昼頃に社に訪れて、拾い物で繕った郵便受けを開け、届いた書簡を読む必要があった。それが常世生まれの三人には最も自然で簡単な方法であったものの、いくつかの煩わしさは否めない。

 文字が読めないタマキには参加できない作業なので、クラトとシラツユのみで行うしかない。その二人とて、常世の言葉には慣れていても、現世の書き言葉や文字には慣れておらず、ともすればペンの使い方も危うく、返信にかなりの時間を要する。

〈当店は人形焼きを売りたいと思っております。火の使用において制限や注意すべき点はございませんでしょうか。確認ができ次第参加申し込みをしたい所存です〉

「人形を……焼く? なんで?」

「災いを人形に移すまじないでしょうか」

「聞いたことあるような、ないような……。ケガレが危なそうになったら誰かが浄化しに行けばいいか」

「そうですが、この人が問いたいのは火の用心のことですよ。水の備えが必要そうですね」

「使える井戸なんてあったか?」

「水道はここにも通っているようですが」

「あれは金がかかる」

「金ならあると言ったではありませんか」

「現金しかないんだよ。水道は……何だったかな。……あれだ! 銀行を通さないと」

「銀行……、戸籍がないと使えない機関でしたね」

 二人は頭を抱える。

 一旦保留にして、次の手紙を開く。

〈ぜひとも出店したいと思いますが、従業員のための短期保険はありますか。祭り中の事件・事故が心配です〉

「保険……とは何でしょう」

「しかも短期。じゃあ長期もあるのか? 何が違う?」

「ここは素直に『ない』と答えますか」

「いや、人間が催す普通の祭りにあるものが、うちにだけないと怪しまれないか?」

「そうですね。事件や事故に対応するもののようですし。それがないなら参加したくないという店もあるかもしれません」

「でも、俺たちが持ってないものをどう提供する?」

 二人は頭を抱える。

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