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狩の使  作者: 在原白珪
異段
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異十五段 あまの釣船

   Ⅰ


 杜若は今風の派手な浴衣に身を包み、綿菓子を食べていた。後ろから青年二人が駆けてきて、両隣につく。スマとアカシである。

「会ってきました」

「ちゃんとできてるって」

「それはよかった」

 遅れてウツとフジも追いつく。二人の手にはベビーカステラの袋やたこ焼きの船、水風船がある。

「君たちもよかったじゃないか。楽しんだようだね」

 杜若が言うと、フジはむっとする。

「別に、遊んであげただけっす」

 ウツはへらへらしている。

「それが礼儀やんな」

「まあ、それで楽しかったんだろ?」

 スマがたしなめると、ウツは嬉しそうにする。

「良いけれど。さて、見物したからには、僕たちの祭りはこれ以上のものにしなくてはいけない。分かるね?」

 杜若は歩みを進める。

 スマとアカシは元気よく返事して、変わらず杜若の少し後ろをついていく。

 一方、ウツとフジは何だかきまりが悪そうな苦笑いを浮かべて、わざと数歩遅れながらふざけている。

 杜若はそんな様子をちらと見ていた。



   Ⅱ


 常世の邸に戻ってからも、いつものように、スマとアカシが杜若に茶を淹れている。

 ウツとフジはわざわざちびた下駄をひっかけて勝手口に出て、硬い段に腰掛ける。手には出がらしの茶があって、土で薄汚れた台に一旦置くと、懐から現世の駄菓子の袋が出てくる。祭りの屋台のくじ引きで当てたものだ。

「はあ、主さんとお出かけは気を遣って疲れるわ」

「ホントっす」

 袋を開けると、酢と香辛料の安っぽい匂いが鼻を刺す。

 二人の視界には生垣があって、植物のさわやかな香りがしているはずだが、かき消してしまった。

「こういうのがいいんやけどな」

「主には内緒っすね」

「まあ、そんなに怒られはせんやろうけど」

「その場で怒られなくても、後でねちねち言われるっす」

 二人は交互に、袋の中の油菓子をつまむ。

 丸い麩のようなものが揚げてあって、青のりがふられている。とても杜若が好むような食品ではない。

「そう、それが結局嫌やねん。スマさんみたいに一発どかんと怒って、その後はきれいさっぱりっていうのが理想やん?」

「ウツはスマさん大好きっすから、そう思うんすよ」

「ボクだけ?」

「だけってワケじゃ、ないけど」

「じゃあ、フジ君はどんなんがええん?」

「自分は」

 フジは駄菓子の袋をウツに預けて茶を含む。

「アカシさんみたいに、理由を聞いて、諭してくれるのがいいっす」

「優しいだけやん」

「優しくて何が悪いっすか!」

 フジが肘でウツをどつく。

「暴力はいけん。お菓子こぼれるって」

「自分みたいな小柄なのに負ける方が悪いっす」

「それ、さっきの芥河サマん家の女の子に言える?」

 ウツは極めて真面目そうに聞く。

 フジは少し考える。

「お前は女の子じゃないっす」

「うん。そうやけども。そうやとして、じゃあ、あそこん家にはな、病弱な青白い男の子もおんねん。そういう子には言ってええん?」

 ウツがまた真剣そうに聞くので、フジはまた考えた。

「自分たちは元気だから大丈夫っす。そういう儚さとか繊細さとかとは無縁っす」

「まあな。ボクたち普段の元気さだけが取り柄やからな」

「うっす」

「って、そうやない」

「違うっすか」

「あんな、ここにいない誰かを傷つけるようなことは言っちゃいけんの。分かる? そういう考えがクセになったら大変や」

「考えくらいクセになっても、言わなかったらいいじゃないっすか」

「考えたことって、言わんようにしててもぽろっと出てまうねん」

「それはお前だけっす」

 袋の駄菓子がなくなる。

 ウツは自分の手に持っていたその袋を目の前にかざしてみて確かめ、袋の中についている青のりを指でからめとる。それをなめた。

「きたな」

 フジが声を漏らす。

「さすがにそれは行儀が悪すぎるっす」

「ほら、そういうことやん」

「なんて?」

「誰かを傷つけるようなことを考えてしまったら、ついぽろっと言ってまうねん。今のフジ君の『きたな』は結構グサッと来たで」

 ウツは喋りながら空になった袋を折りたたむ。

「いや、汚いし貧乏くさいっす」

「暴言に暴言を重ねるやん」

「自分、会ったことないんすけど、その芥河さまの家の病弱な子、袋についてた青のりとか舐めないし、汚いとか貧乏とか言われても『暴言だ』なんて言い返さないっすよ」

「せやろか」

「そうっすよ。だって、アカシさんもそんな感じの幽玄さというか、可憐さがあるじゃないっすか」

 ウツは目を丸くする。

「アカシさんはいつもお行事がよくて、言葉遣いもきれいっす。だから自然と、自分が傍にいて悪く言うようなことがないっす。悪く言われるような振る舞いをしてる方が悪いっす」

「ちょっと待って」

 ウツは片手をフジの前に出す。

「その手を近づけんな」

「ちょっと待って。フジ君さあ、上長に向かって『可憐』って何なん」

「そのままっす。褒めてるっす」

「え! ボク、アカシさんのこと『普段はボケっとしとるけど、いざというときにビシッと言えて、弓も強いの、めっちゃかっこいいわあ』、くらいに思ってたんやけど」

「お前こそ待つっす」

 フジはウツの手首に軽めのチョップを入れる。

「また暴力やん」

「『普段ボケっとしとる』って、そっちの方が上長に向かって失礼っすよ」

「ギャップがええんやん」

「ギャップだとしてもボケっとはしてないっす。ふわっとっす」

「言葉変えただけやん」

「ウツは誰に何を言ったらいけないかが分かってないんす。人類みな平等とか、そういう考えもあるっすけど、やっぱり個々人をちゃんと見て、相手にあった言動を取るのが道徳的っす」

「じゃあ、フジ君がボクをさげすんだり、ちょいちょい暴力ふっかけてきたりするのも道徳的なん? だとしたら、スマさんが優しくときに厳しく接してくれるのは何なん?」

 フジは片手を軽く握って、親指だけを上に立てる。そしてにっこり笑う。

「何なん?」

「現世風のあいさつっす」

「何で今急にあいさつするん? お別れなん? それとも初めましてなん?」

「っす!」

「答えろや!」

 二人の笑い声が天に消えていく。



   Ⅲ


 と、ウツとスマは思っているのだが勝手口での話し声は、西の釣殿に出れば聞くことができる。杜若はそこで煙草を吸うのが好きで、よくそうしている。

 二人が自分に忠誠心がないことは杜若にとってどうでもよいことで、スマとアカシさえ尽くしてくれれば充分である。

 だが杜若が高潔すぎるゆえに、二人の面倒をいつでも見ていることはできない。だから、それぞれを慕う精霊を設けた。話し声のかぎりでは、そのことについてよく働いているようで、加えて精霊どうしの仲もよく、申し分ない。ただ少し、下世話な趣味である。

 池の鯉が連なって泳いでいる。

 紫煙が天に昇っていく。


 杜若の様子を、スマとアカシはそれとなく軒下から窺っていた。

「主は鯉がお好きだなあ」

 造園が趣味のスマは嬉しそうにしている。

「そうかな? 煙草を外で吸いたいだけだと思うけど」

「外なら、東の主の部屋から出る方が近いだろ? わざわざ西の釣殿に出るからには、西の池のドンがお気に召しているに違いない」

「西の池のドン?」

 アカシは聞き返す。

 スマは自慢そうに説明する。

「西の池には白地に金のまだらの入った鯉がいるんだ。すごく大きいし、泳ぎが優雅だ。俺はそいつをドンと呼んでいる」

「ドン、か……。きっとスマの餌をたくさん食べて育ったんだね」

 アカシの微笑に、スマはまだまだ、と食い入る。

「いや、ドンは他の小さい鯉が食べ終わるのを見守ってるんだ。それで余った餌を食べる。親分みたいだろ」

「かっこいいね」

「だろ? きっと主も、餌やりなんかしなくても、ドンのそういう器の大きさをご存じなんだ」

 アカシは少し身を引く。

「さすがにそれは分からないよ。鯉は喋らないもの」

「いや、分かる。お分かりになる。主は直接目に見えたり耳に聞こえたりするものにとらわれない」

 スマに押されると、アカシはだんだんそんな気になってくる。

「そうかも?」

「そうだ! よし、他の鯉も立派に育てよう!」

 スマは勢いよく拳を突き上げる。アカシもじわじわと真似てみるが、やはりまだ半信半疑で、きょとんとしている。

 ただ、理由が何であれ、ああして一人で物憂げに煙を吐いている杜若は何度見ても美しい。なぜかいつもウツとフジは不在なので、いつか居合わせたら引き留めてでも見せてやりたい。

お読みくださりありがとうございます。これまでは概ね毎週月曜の17時頃の更新でしたが、今後は不定期更新となりますのでぜひブックマークの登録をお願いいたします。感想もお寄せくださいますと幸いです。

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