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狩の使  作者: 在原白珪
43/48

四十三段 君や来し

  Ⅰ


 クラトの心臓が止まる。

「タマキ。……タマキ!」

 芥河の影は血を浴びて腰を落とした。

 タマキは数秒立っていたが、ケガレの中なんとかクラトが駆け付けると同時に倒れる。それをクラトは膝をついて抱いた。

「主」

 タマキはクラトでもなくシラツユでもなく、芥河を呼びながら目を閉じていく。

 反対に、芥河の影は目を見開く。

「なんで」

 叫んだのは交野であった。

 交野の手から銃が落ち、消えていく。

「鬼なんか、……主人なんか放っておけばいいだろ! なんで庇う」

 交野は印を結ぶ。浄化の術であるが、タマキの喉から血は止まらない。

 交野は舌打ちする。

「死にたいのか!」

 タマキは交野からの浄化を拒んでいる。知って、クラトの鼓動が馬の足のように速まる。

「おい、タマキ!」

「……主」

 タマキは芥河を呼ぶばかりで、交野の術を受けない。

 ユキフミはそちらを見ていられず、芥河の様子を注視していた。弓弦を張っても気づかれない。芥河はひたすらにクラトに抱えられるタマキを見つめている。

 懐かしさに、ユキフミは弓を下ろした。

 芥河は膝をついたまま這いだす。

「タマキ」

 交野の銃だけが芥河を狙っている。

 しかし気がつくと、血の垂れた芥河の顔が見える。影はその一部を失っていた。

「タマキ、けがをしたね」

 芥河はタマキの手を取る。

 タマキの頬が緩むので、クラトは逃げようとしない。

「ごめんね。大丈夫、治してあげる」

 芥河は取ったタマキの手の甲に口づけする。

 その唇から、芥河の姿は透き通っていく。ケガレが落ちていく。

 タマキの流血が収まる。

 芥河が触れると、傷口さえも塞がる。

 タマキは目を開けた。

「主」

「うん」

「おかえり」

 そのころには、芥河は完全な神に戻っていた。

「ただいま」


 交野は天を仰ぐ。

 傍にユキフミが侍すと、その肩に手を置く。

「なんで……。俺たちなんか庇っても意味ないだろ。なんで、守られていてくれないんだ」

 ユキフミは答える。

 交野が聞き返そうとしたときであった。タマキがぽたぽたと走ってきて、ユキフミに抱きつく。

「帰る!」

 その後から、芥河とクラトが歩いてくる。

「ほら、帰るぞ」

「晩ごはん、好きなものを買って帰ろう」

 皆、穏やかな笑顔をしている。そう、ユキフミは感じた。

 交野だけが苦虫を噛み潰す。

「許したとでも思うのか」

 ユキフミを抱き寄せると、交野は姿を消す。タマキの腕には何も残らない。



   Ⅱ


 クラトから話を聞いた芥河は、すでに夕暮れになっている中、すぐに菓子折りを手に二人を連れて冠の邸を訪ねた。

 冠は勢いよく戸を開けて、タマキはその音に驚いてクラトの背に隠れる。

 冠は目を凝らす。

「また一人減った……、か?」

 芥河がクラトの背を叩くと、冠は気づいて笑いをこぼす。

「よかった。タマキ、あんたに客だ」

 タマキは恐る恐る顔を出す。


 客間には先客がいた。ノドカである。

 冠に預けられていたアライグマのぬいぐるみの隣で、ノドカは泣きながら小さな落雁を食べていた。タマキの顔を見ると、放ってタマキに飛びついた。

「お手紙のお返事がなくて、どこにもいらっしゃらなくて!」

 あまりにタマキと連絡が取れないので、芥河の家を一人で勝手に訪ねたものの無人で、ムラサキとハルを頼ったのだという。

 タマキは不思議に思う。

「お手紙、書いた」

「そうなんですか?」

 ノドカは泣き止む。

「では、今日帰ったら届いているでしょうか」

「ずっと前に送った。……主が」

 タマキはノドカと引っ付いたまま、開いた戸の先に進めない芥河に訴える。

 クラトが不審の目を向ける。

「ごめん、預かったまま送っていないんだ」

 芥河が笑うと、クラトは力一杯に背中を押して部屋の中に倒した。

 そのまま芥河は膝をつく。

「ごめんね。僕と、……水無瀬の友だちがけんかをしていて。だから君たちの手紙でも嫌だったんだ」

 タマキとノドカを見上げる。

 二人はそっと芥河の前に座った。

「そんなこと」

「君たちはちゃんと仲良くできて良いね。僕たちより立派だよ。……タマキ、あのとき書いたことをここでもう一度」

 芥河から促されても、タマキは自分が、芥河の手に何を書かされたのか覚えていない。

 だから、今思うことを伝えることにした。

「一緒に遊ぼう」

 冠の邸の庭にも雪が降っていて、まだそれほど積もっているというほどでもないが、ノドカとタマキの小さい手で遊ぶには充分だった。手のひらに乗るくらいの雪だるまや雪うさぎが作られる。

 縁側からその様子を冠、芥河、クラトは眺めながら、湯吞みでコーヒーをすすっていた。またしても、芥河とクラトにとっては渋すぎる茶である。

「ねえ、これ……」

 芥河が不満を口に出そうとすると、冠が止めた。

 奥からムラサキが紅茶の茶瓶を、ハルが水さしのようなものと瓶を持ってきた。瓶の中にはタマキの好きな、色のついた角砂糖が入っている。

 タマキとノドカは気づいて縁側に戻ってくる。

「お砂糖!」

「今日はミルクもありますよ」

「お疲れでしょうから」

 ハルが持ってきたのは温められたミルクであった。

 ティーカップに、ムラサキが紅茶を半分注ぎ、もう半分はハルがミルクを注ぐ。

 その様子を、芥河もクラトも物珍しく見ている。

 タマキは喜んで、角砂糖を二つ溶かした。

「へえ、お茶に砂糖とミルクを……」

 シラツユが好きそうな飲み方だ、と思った。その関心をムラサキとハルは勘違いする。

「コーヒーにもいかがですか」

「甘くするのはお嫌いではありませんか」

 クラトは言われるままに、少しだけ飲んだ〝苦すぎる茶〟を二人に差し出す。

 飲んだ分だけミルクを足され、一つだけ角砂糖を入れられ、匙で混ぜられる。

 なめてみると、先ほどまでより飲みやすい。ミルクのまろやかさで渋みが和らぎ、香りが分かりやすくなった。

 おいしく飲みながら、はっとした。

「もしかしてコーヒーってお茶と別物?ですか」

 その場にいた全員が双方の立場で衝撃を受けた。

 芥河も倣って、ミルクと砂糖を足したコーヒーを飲む。

「ありがとう、クラト」

 クラトは、角砂糖をそのまま食べるタマキに行儀が悪いと注意しているところであった。振り向いて、聞き返す。芥河は笑ってごまかした。



   Ⅲ


 水無瀬の邸の廊下を、ベニバナに連れられて歩く神がある。杜若である。

 ベニバナは、御簾の向こうの水無瀬に声をかけると、同席しないで戻って行く。

 杜若は御簾を越えて部屋の中に入る。

「やあ」

「珍しいね」

「君に聞くのが早いと思ってね」

 杜若は勝手に座椅子を動かして水無瀬の隣に座る。

 水無瀬はそれを許している。

「一つ、二条君が金を返してくれないんだが」

「いつものことじゃないか」

「そういうわけでいつも通り、催促してほしい」

「僕だってまだ回収できていないんだけれど」

「一緒でいいじゃないか。君の分も、僕の分も」

「分かった。それから?」

「交野君は、戻っているんだろう」

 杜若は煙草に火をつける。

 御簾の中で紫煙がくゆる。

「何となく気配がしただけなのだが、言ってくれてもよかったじゃないか。祝いの席を」

「それはどうかな」

 水無瀬は手持ち無沙汰そうに、杜若の衣の装飾を見ている。

「正直、また零落しそうだから様子を見ていたんだ」

「それなら戻さなければよかっただろう」

 カタノは水無瀬の遣いだった。信仰が集まっても水無瀬が許さなければ、遣いのままでいることもできた。

「もう説得するのにも疲れた」

「こんな生活をしていて疲れるものか」

「疲れるよ。交野君以外は放っておけないし、交野君もまた面倒を起こすし、そのせいで」

「何だい」

 水無瀬は深呼吸し、この一月のことを語る。

「大体分かったのだよ」

「いや、もう少し聞いてほしい」

「分かる。だから今日は茶が出てこないんだろう」

「そうだけれど」

「茶くらい自分で淹れたまえ」

「それはどうにも」

「つまらない矜持だね」

 杜若は煙を吐く。

 水無瀬は煙草を使わないが、杜若と話していると、煙草の匂いに飢えることがない。

「こびりついているんだ」

 それきり、二人は交野と芥河の話をしなかった。



   Ⅳ


 梅の花がまばらになり、桃が咲き、桜がつぼんでいる。

 二度目の春を迎えたタマキは自分の撫子の袿の色と比べて、どちらが濃い、薄い、青っぽい、黄色っぽい、と楽しんでいる。

 クラトは傍をゆっくりと歩きながら、暇に体を委ねていた。

 その鼻筋に、桃の花びらが一枚落ちる。

 つまんで天にかざしてみる。

 鮮やかな薄紅色は美しくても、すぐに飽きて、地面に落とした。

 視界には現世の公園から、少し軽やかになった街並みが望む。

 そこに来訪者があった。

「クラト、タマキ」

 聞き慣れた、しかし久しい声である。

 タマキはいちはやく駆けて、抱きついた。

「シラツユ!」

「シラツユ、どうして」

 タマキもクラトも、新しい名前でなど呼ばない。ユキフミは恥ずかしそうに、少し笑顔を作った。

「一日だけ、どうしてもと、頼んで来ました。二人に、……芥河さまにも会いたくて」

 タマキには、目の前の彼が元通りのシラツユではないこと、――芥河の精霊ではなく、交野の遣いであることが感じられた。

 その交野は、離れたところから数歩だけ近づき、小さな声で言った。

「また迎えに来る」

 そして姿を消す。その煙が消えるまでを、ユキフミは見送った。

「何も言わずに行ってしまって、ごめんなさい」

「お前のせいじゃない」

 クラトは反射的にそう言って、庇ったつもりが、また否定していることに気がついた。シラツユは自らの行動を主人のためと言いながら、主人のせいにしたがらなかった。今のユキフミもそうなのだ。

「いや、……」

 ユキフミは苦笑いする。

「変わりませんね」

 そう言われると、クラトも笑ってしまう。

「お前も変わってなくてよかった」

 タマキは二人の手を取る。

「お家に帰る。お菓子買って」

 クラトは頷いて、二人に金平糖を買う。


 常世に戻り、水墨画のようにしんとした竹林の中を進む。白い兎や小鳥が跳ねている横を、同じような足取りになって、着いた小さな家の戸を開ける。

「ただいま」

 タマキは一目散に沓を脱ぎ捨てて、芥河を呼びに行く。

今回を持ちまして本編は完結です。応援ありがとうございました。次回より異段が始まりますので、引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。

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