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狩の使  作者: 在原白珪
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三十七段 夢うつつ

   Ⅰ


 不本意ながら冠の家に預けられたタマキは、ムラサキとハルから室内での遊びを教わっていたが、毬も骨牌(かるた)も遊びつくして、飽きてしまった。正確には、クラトと芥河から引き離された不安で集中できなかった。持ってきたアライグマのぬいぐるみを抱えながら適当な骨牌を一枚取って、ムラサキとハルに尋ねる。

「これ、なんて読むの」

 その骨牌には、絵の隅に平仮名が一文字書かれている。ムラサキから教わると、また別の札を取って同じように尋ねる。

「そういえば、ノドカさんからのお手紙のお返事はどうなさったのですか」

 ムラサキから問われると、タマキは堂々と答える。

「主と一緒に書いた。でも書いたもの、私には読めなかった」

 ムラサキとハルは顔を見合わせると、その部屋の棚から絵本を持ってきた。

「お手紙みたいに、文字だけだと難しいかもしれませんね」

「でも、骨牌みたいに絵があれば楽しいかもしれませんよ」

 芥河の家に絵巻というものはなかった。

 初めてそういうものを知って、タマキは笑顔になる。

「読んで」

「喜んで」


 昔、宮廷に仕えるものの、それほど身分の高くない男がいた。その男は狩りの使いとして、都から離れた神殿に行くことになった。

 その神殿には、帝の娘が巫女として暮らしている。巫女は神に仕える者として、現世の男と接してはいけない定めである。

 それでも、ただ遠くに姿を見ただけで、使いの男と巫女は恋に落ちてしまった。

 せめて男がこの地にいられる間にもう一度会いたいと願うが、男は夜遅くまで宴に付き合わされ、抜け出すことができない。その席で酒に酔い、眠ってしまった。

 ふと目が覚めると、枕元に巫女がいる。男はうつらうつらとしながら、歌を詠んだ。すると巫女の姿は消えてしまった。

 再び眠りに落ちて、目が覚めると朝であった。巫女が来るはずもないところに寝かされている。

 しかし枕元に、夢の中で詠んだ歌にそっくり合うような歌がある。

 使いの男と巫女は夢の中で歌を交わしたのである。それ以来、二人が会うことはなかったという。


 やはりタマキはムラサキの声を聞いていても、文字は追わず、繊細な挿絵ばかりに見入っている。

 読み終えられて、絵巻を渡されると、ぬいぐるみを膝に乗せたまま、読み聞かせでもするように、自分の手で頁を巻き伸ばししてみる。そして巫女の絵を指さす。

「お姫さま?」

「そう。お姫さまで、お巫女さん」

「おみこさんって何?」

「神さまにお仕えする女の人ですよ」

「私たちと同じ?」

「似ていますね」

 タマキはようやく、文字に目を移した。

「〝みこ〟ってどこに書いてあるの」

「これが〝み〟、これが〝こ〟」

 ムラサキが示した文字に張り付くように、タマキも指差す。

「〝み〟〝こ〟」

「他の頁にも同じ文字がありますよ」

 タマキは目を輝かせて頁をめくり、巫女の絵を見つけると、食いつくように文字を探す。

 その間、ムラサキとハルは見物しながら花茶を飲むことができた。

「タマキさん、絵巻がお気に召したみたいですね」

「お貸ししますよ。芥河さまやクラトさんにも読んでいただけるように」

 タマキはぬいぐるみの目を見る。

「いらない」

「ご遠慮なさらなくても」

 タマキは花茶の入った急須に目を向ける。ガラスの中で、薄い色の茶の池に白い花が咲いている。

 甘い香りに、懐かしさが見出された。


――「こういうものを一緒に楽しめる相手ができてよかった」

――「本当?」

――「本当ですよ」


「シラツユがいい」

 タマキは花茶を見て、それを初めて淹れてくれたシラツユの優しい微笑みを思い出していた。

「この絵がきれいなの、分かってくれるのはシラツユだと思う。シラツユが教えてほしい」

 タマキの目が赤くなっていく。

「あらあら」

「まあまあ」

 ハルがちり紙を用意していることに気づいて、タマキはぐっと涙をのみこむ。

 それでも、こらえきれずに声が漏れてしまう。ぬいぐるみを抱きしめる。

「さみしいのですね」

「おかわいそうに」

 ムラサキはタマキの背中をさする。ハルはこぼれた涙をぬぐう。

 そのうちに、タマキは本当に泣き出してしまった。



   Ⅱ


 クラトと芥河が冠の邸を訪ねると、冠は「静かに」と合図して、忍び足で客間に案内した。

 そこにタマキの姿はない。

「あいつらの部屋で寝たから、起こすなって言われてる」

 冠はそう説明して、面倒そうに、湯吞みにコーヒーの粉を入れ、魔法瓶の湯を注ぐ。

 匙で混ぜもしないまま二人に出す。

「起きたら出てくるってさ」

 クラトは険しい顔のまま、砂糖もミルクも入っていないコーヒーに口を付ける。

 コーヒーは、芥河の家では出ないものである。シラツユが生まれる前は、わざわざ現世の新しい嗜好品を試そうとせず、シラツユが生まれてからは彼の好むような甘いものを選んでいた。タマキが加わってからは尚更である。

 感覚の鈍いクラトと無関心な芥河は今、初めて飲むコーヒーを極度に渋い茶だと思っている。

「すまないね。急に預けて、昼寝まで見てもらって」

「いや、いい。なんか、あいつらが喜んでるから」

「そうか。タマキの寝顔はかわいいから」

 調子に乗った芥河をクラトが睨む。

「大違いだ」

「悪かったな」

 クラトは〝異様に苦い黒豆茶〟の湯呑みを置いた。

「今日はいつにも増して不機嫌だな。何かあったか」

「あったよ」

 クラトは思わず口走る。

「……会ったんです。奴に。俺たちのこと、散々からかって、……あいつのこと、」

 そして黙ってしまった。

 芥河はクラトの肩を軽く叩く。

「現世に降りてきたということは、シラツユを一人で置いてきてもいい状況になったんだろう」

「物忌みが終わる」

「そうだ」

 芥河は〝どうせ冠が粉を入れすぎたほうじ茶〟の湯呑みを置く。

「あちら側にしたら、うまく行ったんだろう」

「大丈夫か?」

「落ち着いてるように見えるでしょ」

(つら)だけはな。休んだ方がいい」

「ひどい怪我はしなかった」

「乱れてる」

 冠が言うと、芥河は自分の胸に触れる。

 クラトは、以前スマが語っていた、霊力の波の話を想起した。

  冠は皿でも取るように腕を伸ばして、芥河の胸に触れる。

「治った。今だけな」

「ありがとう」

 礼を言っても、芥河の表情は晴れない。



   Ⅲ


 貼り付いたような笑顔のクラト、芥河と夕食を取り、事件現場の様相をおもしろおかしく聞いた後、タマキはまたぐっすりと眠った。

 そして翌朝、寝間着のまま起き出した。

 やはり寝間着のままのクラトが、夕飯の残り物を温めていて、芥河は頬杖をついている。

 タマキと目が合うと、その頬杖をしまった。

「タマキ。食べ終わったら、好きな着物に着替えておいで。もう暗い色じゃなくていいよ」

 タマキは、しばらく灰色や紺色の袿ばかり着せられていた意味を聞かされていない。

「なんで?」

「もういいんだ。飽きただろう」

「飽きてない。もともと好きじゃない」

「そうだね。だからもう、好きな色の服を着ていいよ」

 タマキは芥河の言葉ではなく、ユウガオの言葉を思い出した。


――「今日は違う色なのね。それに、二人でお揃い」

――「好きな色のお着物に着替えたくて、ここまで来たんでしょ」


 何かを達成すれば、暗い色から解放されると思っていた。それはきっと、シラツユがいなくなったことと関連している。なのに、タマキは何もしないまま、シラツユは戻ってこないまま明るい色に着替える。

 ふと、昨日の昼、シラツユに会いたいと泣いたことが頭に浮かんだ。

 泣いて疲れたまま、ムラサキとハルに寝かしつけられて、その午睡の後はすべてが夢のようにぼんやりとしていた。

 夜に寝て、起きて、ようやく目が覚めた。

「うん。あのね、」

 タマキは芥河の目を見て、すぐに逸らす。

「着物、買いに行ったときね、『タマキは淡い色が似合う』って言ってた。……シラツユが」

 芥河は、タマキの肩に触れる。

「うん」

「だからね、……薄い桃色の袿、着てたら、……シラツユ、会いに来てくれる?」

 芥河はタマキの肩に触れたまま、答えられない。

 震える肩に戸惑ったまま、黙ったまま、その肩を抱いて、鎮めようとした。

 それをクラトは許さなかった。

 言葉がおかしいと思っていた。普段のタマキは曖昧な助詞で字数を稼いで、相手の出方を窺うようなことなどしない。

 クラトは芥河と対になるように、タマキの横に立つ。

「いや、こっちから会いに行こう」

「クラト」

 芥河は軽率な発言を冷ややかに窘める。クラトは睨み返す。

「あんたは何もしないくせに!」

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