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狩の使  作者: 在原白珪
33/48

三十三段 問ひがたみ

   Ⅰ


 ノドカは秋の会でも邂逅できなかったことを気にして、手紙をしたためていた。それをベニバナに託して、二日が経った。そして手紙はそのまま返された。

「なんで」

 ノドカは何か失礼なことでも書いたのかと、ベニバナに尋ねる。

 ベニバナは我関せずというふうに手紙を押し付ける。

「主からのお達しです。芥河さまのお家に連絡は取れないと」

「私、芥河さまとお話ししたいわけじゃありません。タマキさんと遊びたいんです」

「タマキさんでもだめです」

「なんでですか」

 ノドカはベニバナにすがりついたり肩を叩いたりして不満を訴える。

 それでもベニバナは動じない。

「みっともないですよ」

「いじわる!」

 ノドカは手紙を握りしめて、廊下を走って行く。

 その行方をベニバナは知ろうとしなかった。


 ノドカは一度自室に戻ると、空の伏籠を取り出した。両手で触れると、その内側が小さく光る。

 光は雀の子の姿になる。

 伏籠を開けると、その雀の子は羽ばたいた。ノドカはその嘴に手紙を咥えさせた。

 ノドカは芥河の家の場所を知らない。ノドカがタマキに何か届けようと思えば、タマキの弱い霊力を辿るしかない。

 やっとできた友人と疎遠になりたくない。そのためなら、確実な方法でなくても……。

 窓を開けると、雀の子は飛んでいく。


 雀の子が邸の中から飛び立つのを、廊下に座るベニバナと、簾の中の水無瀬が眺めていた。

「雀の子を逃がしつる」

 水無瀬は歌う。

「女の子は仕方ないね。僕は嫌いじゃないけれど」

 ベニバナは何も知らないというように、雀から目を逸らす。

「僕が許したということになるのがいけない。だからこれでいい」

「交野さまと芥河さまのことにございますか」

 ベニバナは簾に隠れる水無瀬の表情を窺う。

 反対に、簾の向こうの水無瀬からベニバナの冷静な表情は透けて見えた。

 従順なようでいて、心を開かない、ベニバナの様子は彼女がこの邸に来たときからずっと変わらない。

 水無瀬もまた、素顔を見せないことでその態度に応えていた。

「そうだね。君が聞いて気分の良い話ではないだろう」

 ベニバナは無言をして非反発を示させる。

「君が望むなら、同じ境遇の友人として会わせてもいい。僕はそう思う。交野は分からないけれど」

「いいえ」

 ベニバナは潰れた声を発した。

「慰め合ってもどうしようもないことです」

「まだ、そう感じているんだね」

 ベニバナは顔を伏せる。

 水無瀬は簾の内で、肘置きに任せた腕で頬杖をつく。

 そして、簾の遥か遠く、雀の子の飛び去った、白い雲に目を戻す。

「君がどう思っていても、零落しきった神の元に返すつもりはない」

 ベニバナはただじっと、顔を伏せている。

「理由を聞かないのかい」

「必要ありません」

 水無瀬が許すと、ベニバナは顔を伏せたまま、来た道を歩いて戻って行く。

 引きずるような長い黒髪が歩みのたびに冬の日差しを受ける。丸まった背にかかって、冬の日差しに輝いている。その後ろ姿に、水無瀬はある種の美徳を見出していた。

 ベニバナでなくてもよかった。 

 むしろ、ベニバナよりも美しい人を何人も知っている。ただたまたま、不幸なベニバナを知って迎え入れたというだけである。飽きれば元の主に戻してもよいと思っていた。

 それがどうして今や、古き良き面影を残した珍しい女になったであろうか。

 尊大な水無瀬に馴染まないあまり、心を動かさないまま年月が経ち、その徳を保ったのであろう。そう思うと、水無瀬はどんなものも手放せなくなっていく。

 水無瀬の邸は心の通わないものばかりで埋め尽くされていく。



   Ⅱ


 手紙を咥えた雀がさまよい歩いている。ムラサキとハルは散歩の途中にその雀を拾った。

 袂に持っていた蒸しパンを少しちぎって差し出すと、雀はそれをついばむ。その間に、ムラサキとハルは手紙の差出人と宛名を確かめることができた。

 ノドカがタマキに送ろうとして、力尽きてしまったことがすぐに分かった。しかし、ムラサキとハルは人に手紙を送る術を知らない。

 二人は顔を見合わせた。

「もう少しお散歩しませんこと」

「それがよろしいわ」

 ムラサキとハルは初めて、芥河の邸を二人だけで尋ねることにした。


 現世から戻ったとき、竹林の中でムラサキとハルに出会うと、タマキは何かお菓子がもらえると思ったが、二人が渡してきたのは手紙であった。

 タマキよりも芥河の方が驚いて、二人を家の中に上げ、クラトになるべく良い茶を淹れさせる。

 クラトは状況も良い茶も分からないながらに、茶筒の一番豪華そうに見えるものを選んで、適当な量を白い陶器の急須の網に入れた。緑茶の匂いが鼻を襲ってきたが、高級な匂いなのかどうかは分からない。

 客人用の茶器の場所も分からず、戸棚をひっくり返すようにして、記憶にある色・形を探す。

 結局、記憶とそっくり同じものは見つからず、金縁のついた小さな湯吞みを盆に載せた。

 ここまでに時間をかけすぎて、沸かした湯が湯気を出しきり、急須の中で渋みが溢れ出ていた。

 タマキは素直に苦い顔をしたが、ムラサキとハルはクラトの苦労に敬意を示して何も言わなかった。芥河は単に味と匂いに鈍い。

 クラトは緊張も混じって、高い茶というのは色も味も濃いのだろうと、違和感の原因が自分にあることに気づかなかった。

 互いの予定になかったことなので、もちろん昨日土産に買ってきた菓子は一人二つずつ食べつくしてしまったので、安い菓子や漬物だけが茶請けに並べられる。

 どれも、シラツユがいなくなった日に現世で買ってきたものである。

 タマキはやはり、きゅうりの漬物を好まず、白いクリームを包んだ筒状のクッキーをかじった。細かい破片が机にこぼれて、習慣的にクラトが拭く。

 ムラサキとハルに、そういう菓子は珍しいもので、真似をして、破片を皿にこぼしながら食べて、直感的な甘さを面白く思った。

「今度、主に買ってきてもらいましょう」

「ええ。たくさん」

「気に入ったのなら、余りを持って帰るといい。お礼だと思って」

 芥河はその菓子を薄い布に包んだ。

 芥河の家と冠の邸を行き来する、お決まりの包みである。

「お茶までいただいたのに」

「構わないよ、このくらい。冠には世話になっているから」

 芥河は上辺でそう言いながら、冠が細かな礼など求めていないことを知っている。

 タマキに手を振って、菓子を持って帰るムラサキとハルを、クラトはぼんやりと捉えていた。

 冠は、二人の人格に手を加えたことを後悔していた。しかし、彼女たち自身はどうであろうか。冠の言う通り、冠から離れて何かしている姿は楽しげである。

 クラトがタマキやシラツユと何かしているときもそれなりに楽しい。時折、怒ったり、悔やんだりもする。不自由を感じたことはない。

 精霊であることから解放されるとは、どんな気分であろうか。

 


   Ⅲ


 ムラサキとハルが帰って、タマキは居間にいながら受け取った手紙を開いた。芥河もクラトも同席している。

「読んで」

 タマキは年長者たちにねだった。タマキはまだ文字を覚えていない。

 芥河がその役を引き受ける。

 仮名ばかりの優しい手紙であった。

 芥河はタマキを自分の膝の上に座らせて、手紙を持たせ、一文字ずつ指で示しながら発音して、ゆっくりと読み上げた。


〈タマキさん


おひさしぶりです。あきのえではおあいできなくてさびしかったです。

こうようはいっしょにみられませんでしたが、これからふゆになります。

ゆきがつもったらのはらであそびませんか?

あそびおわったら、おしるこもたべましょう。


よろしければ、おへんじください。

さむくなるので、かぜをひかないようにきをつけてくださいね。


                    ノドカ〉


 タマキはぼうっとその感触に浸っていた。

「分かったかい」

 芥河が問う。

 タマキにとって、文字を追うことも、書かれた文章を聞かされることも初めてであった。慣れた大人には易しすぎる内容であっても、タマキはきょとんとしている。

「おしるこ」

 これが答えであった。

 傍から聞いていたクラトは笑いを堪えない。芥河も同じで、タマキの体をわずかに揺らした。

「そうだね。まだ難しかったかな」

 クラトはひとしきり笑って気が済んだ。

「でもまあ、そろそろ手紙くらい覚えてもいいだろ。書き置きとかもできるように」

「どうかな。焦ることもないと思う」

 芥河は手紙を放して、タマキの体に触れる。

「読み書きくらい、僕たちが代わればいいよ」

「一人でしたいときもあるんじゃねえの」

 タマキはまだ手紙を両手で持って、不思議そうに眺めている。

「ほら、それの返事とか」

「僕が書くよ」

「タマキに送ったのに、神さまから返事が来たらノドカさん怖がるだろ」

「ただの代筆だ」

「いいや。内容の問題じゃなくて、男が書いた文字ってなんか分かるだろ。受け取った女の子の気持ちがさ」

 クラトと芥河は軽く睨みあう。

 タマキはまるで蚊帳の外で、大人しく芥河の膝の上に留まっていた。

おしるこ

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