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狩の使  作者: 在原白珪
秋下
31/48

三十一段 わが袖は

   Ⅰ


 枯れ木ばかりの山中に、白い花に見違うものが現れだした。アカシの言う、雪の降るところに入ったのである。タマキはかじかむ手を袖に隠す。

 感覚の鈍いクラトは、この先に誰かいるのかさえ分からない。ただずっと、タマキの傍をついて行くしかない。

 とうとう沓さえも、雪に埋まるようになった。

「タマキ、大丈夫か」

 クラトは妹分の健康を案じる。

「もうすぐ」

 タマキは時間を答えた。

 クラトは、自分がシラツユを助けるための方法を一つ増やしたいという欲求のためにタマキを付き合わせていると思っていた。

 しかし実際には、タマキもシラツユに会いたがっている。そして、ユウガオにも会いたがっている。

 ユウガオに会いたいことに、クラトの考えは関係ない。タマキは自らの出自を知りたいのである。

 そういう感情を言葉にできないまま、タマキは歩みを進める。

「あそこ」

 タマキは木々と雪の間にひっそりと建つ一つの庵を指差した。

 人が住むところというより、あばらな蔵という方が近いような、質素な草庵である。

 タマキとクラトが訪ねるより先に住人が姿を現した。花に見違うような人であった。


 花のような人は、来訪者の正体を一目で見抜き、狭い庵の中に招いた。

 普段は飲まないという茶と、花を模った落雁を、枯れた色の低く円い机に並べる。三人は正三角形をなして座った。

 ユウガオは親しい友人にそうするように、客人を待たず、自分から茶に口を付けた。

「一日に一個と決めているの。お菓子。好きだから」

 ユウガオは細い声で語る。

「その中でもお砂糖のお菓子は特別。あなたは好き?」

 タマキはなんとなく頷く。

「よかった。好きなものが同じだとうれしいね」

 ユウガオは目を細める。

 クラトは、ユウガオがタマキに小さなことを話しかけているのを、ぼうっと眺めていた。菓子には手を付けず、苦くない茶ばかり、少しずつなめる。芥河が好む茶とも、冠の邸で出る茶とも違う。それが、ユウガオの今の正体であろう。

 クラトはそう感じて安堵すると同時に、そういう思考を妨げないくらいに、室内に匂いがないことに気づいた。香を焚かないのであろう。

「わたし、お着物もお砂糖みたいな色がいいの。真っ白とか、真っ白なお砂糖に淡いお花の色を移したみたいな」

 ユウガオは確かに、白い小袖に淡い黄色と桃色の袿を重ねている。砂糖菓子のような色合いは、この山中においては寒々しい。

 対称的に、タマキとクラトは、火を焚く炭のような暗い色の衣を着ている。

「ねえ、あなたもそうでしょ。何色が好き?」

 タマキは小さく口を開けた。

「なでしこ」

 クラトは撫子の花――常夏の花を頭に浮かべた。タマキのように小さな、濃い桃色の花である。

 タマキがその花を初めて見に行くために、冠の邸へ連れて行ったことを思い出す。

「赤っぽい色が好きなの?」

「主のお気に入り」

 タマキは素直に答えた。

 それがタマキの本心かは分からない。だが、タマキの口から自然と発せられた答えである。

 タマキはまだ芥河を信じている。

 タマキだけが未だ、芥河を信じている。

 タマキだけ、そのことに気づいていなかった。

「そう」

 ユウガオは茶を口に含む。

「今日は違う色なのね。それに、二人でお揃い」

 ユウガオはようやくクラトに言及した。

「好きな色のお着物に着替えたくて、ここまで来たんでしょ」

 ユウガオがクラトに向けたのは、からかうような目だった。



   Ⅱ


 ユウガオからの問いは、婉曲的に答えるとすれば「是」である。

「いいわ。かくまってあげるくらい、いくらでもしてあげる。むしろちょっとうれしい。人と暮らすのは久しぶりだから。……しかも、わたしにそっくりなかわいい女の子」

「違う」

 クラトが口を開いた。

「違います。そうじゃないんです」

「どこが違うの?」

「似てないし、かくまってほしいんじゃない。俺たちの仲間を助けてほしいんです。他の神にさらわれてしまって、取り戻したいんです」

「なぜ?」

 ユウガオはタマキがいつもそうするように、ぼんやりとした眼差しで尋ねる。

「当たり前です。俺もタマキも、シラツユと一緒にいたいんです」

「この子、タマキっていうの?」

 タマキは背を正す。

「あなたは? お名前、何ていうの?」

「クラトです」

「それでもう一人、シラツユという子がいたの?」

「そうです」

「わたし、知らなかった。……あなたたちは知っていたの? わたしのこと」

「お名前だけ」

 クラトは答える。

「ユウガオさん、初対面の俺たちに義理はないかもしれない。けど、他に頼る相手がいないんです。先輩として、シラツユを助けてくれませんか」

 ユウガオはまた、タマキのようにぼうっとクラトの言葉を聞いて、何か考えるような間を取って、答えた。

「わたしが直接してあげられることはないわ。神さまなんて怖いもの。でもね、代わりにいい方法を教えてあげる」

 ユウガオはえくぼを作った。

「二人が、その子のところに行けばいいのよ」

「それで、返してもらえますか」

「いいえ。一緒になればいいの。ちょいどいいじゃない。芥河さまから逃げられて、仲良しの子と同じ神さまにお仕えできるわ」

「それじゃだめです。あいつは主を慕ってるんです。家で、主と俺と、タマキと一緒にいるのがいいって言ってたんです。だから全員で帰りたい」

 それは、タマキの知らない、シラツユとの記憶であった。クラトがシラツユと二人きりで最後に話したことである。クラトはこの二日間、ずっとその言葉を守ってきた。

 ユウガオはつまらなそうにして、耳垢でも飛ばすように、クラトから視線を逸らした。

「あなたたちもいなくなっちゃう方が、芥河さまも気が楽になると思うの」

 タマキはまじまじと、その白んだ眼差しを追う。

 草庵には、きらびやかな家具など何もない。枯れた色の箪笥や、心許ない障子、ほつれた畳などが、寂しげに置かれているばかりである。



   Ⅲ


「わたしのことを知っているなら、芥河さまがどんなひどいことをしたかも知っているの」

 タマキはいつものように首を傾げる。クラトは、いつでもタマキの耳をふさげるように準備しながら、自分の耳は塞がない決意でいた。

「知らないで来たなら教えてあげる。わたしね、芥河さまにさらわれて常世に来たのよ」


 大きな集落の近くにはもっと浅い川が流れていた。しかし、色好みだった女の家族は、誰のとも分からない子どもを産んで、芥河という急な川の近くに住まざるをえなかった。

 その家の娘は水を汲んだり、水仕事をしたりするために、芥河に足を運んでいた。

 しかし雨が強まり、川の水は急にあふれる。足をすくわれたと思うと、真っ黒い影のようなものが、娘を岸に出してやっていた。

 娘はその影の中に、自分を見下ろす目を見つけた。

「ありがとう」

 礼を言うと、たちまちその影は若い男の姿になった。そして娘に跪く。

「今日助けてやった恩を忘れるな。お前が死ぬときには、その魂を私が食らう」


 その言葉に、タマキは現世の老人から聞いた昔話を思い出した。芥河には鬼が出るという昔話である。

 そしてその「黒い影」を、タマキは知っていた。


 流行り病から目が覚めると、娘は竹藪の中にいた。目の前にはあのときの若い男がまた、跪いている。

「君はユウガオ。僕は芥河、君の神さまだよ」

 芥河は遣いとして生まれ変わったばかりのユウガオを抱いて、家の中に運んだ。そのため、久しく自分の足で立ったのは、芥河の家の中であった。

「欲しいものは何でもあげる。言ってごらん」


「芥河さまは優しいでしょ」

 ユウガオは言う。

「いつもは優しかったの。でもね、一緒に現世に降りたある日、わたしたち、大きな怪異に負けそうになったの。わたしはもう何もできなくて、芥河さまが体を盾にして」

 タマキは、秋の会で、紅葉の怪異が発生したときのことを思い出した。

 立ちすくんだタマキを守ろうと、クラトが身を挺した。

 その瞬間が恐ろしかった。自分がけがをするとは思っていない。自分のせいでクラトが傷つくのが怖かった。

「芥河さまの胸から血が流れたの。びっくりしたわ。でもね、同時に怪異は消えちゃった。何でだと思う? 元々鬼だった芥河さまに飲み込まれたからよ」

「おに?」

 タマキは繰り返す。

「そう、鬼。芥河さまは元々鬼だった。浄化されて神さまになったけど、強いケガレに触れると戻ってしまう。それで、そのとき、芥河さまは守っていたはずのわたしに斬りかかった」

 ユウガオはクラトに目を向けた。

「あのときの剣、あなたが持っているでしょ」

 通常、遣いや精霊の武器は弓である。梓弓の高い音がケガレを浄化するものである。同時に、弓を引くような距離を保たないと、ケガレを受けてしまう。

 神は近づいたくらいでケガレを受けないので、遣いや精霊では太刀打ちできない相手を直接切り裂く。そのために剣や太刀を持つ。

 クラトは生まれてからしばらくして、弓に加えて剣を与えられた。その理由は聞かされていなかった。

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