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狩の使  作者: 在原白珪
3/48

三段 撫子

   Ⅰ


「じゃ、行ってきます」

 クラトがタマキを連れ出したのを、芥河とシラツユが見送る。

「賑やかな二人が行ってしまった」

「主が行かせたんでしょう」

 玄関を閉めて、芥河は自室にシラツユを伴う。ちょうど昼前の影に入り、室内には日があまり差していない。

「お茶でもお淹れしましょうか」

「君の分だけでいいよ。僕のはここに取ってあるから」

 芥河は低い戸棚から色のついた瓶を出し、にこっと笑う。酒である。

「それならお一人でどうぞ」

「待ってくれ」

 芥河はシラツユの袖を引っ張る。シラツユはため息をつく。

「クラトが追い返されてきたらどうするんですか」

「それはないよ。冠はいつも将棋の相手を欲しがってる。僕も似たようなものさ」

「長い対局をお望みですか」

「もちろん」

 芥河はシラツユの腕を上から下になぞる。



   Ⅱ


 芥河の目論見通り、クラトは冠の将棋に付き合わされていた。広大な邸の離れ、木材が香る茶室、将棋盤の前で、冠は煙草を吸う。煙が嫌いなクラトは少々不快に思ったが、芥河やシラツユに助けを求めようもない上、盤面に集中したいと思った。

「なかなかやるなあ、若いの」

「はあ、あんまりしないんですがね」

 クラトはやや楽しそうに駒を動かす。

「ま、そんなものって感じだがな」

 冠は嬉々として駒を動かす。

「うっそ……」

「降参なら早く言ってくれよ。次の勝負がしたい」

 クラトは冷や汗をかく。しかし、言われた通りには動かない。

「三分ください」

「ほう?」

 冠は足を組む。

「いいぜ。三分でも五分でも待ってやる。俺は従順じゃない奴が好きだ」


 女子会に招かれたタマキは、芥河宅の四倍もあろうかという豪邸には目もくれず、色とりどりの菓子に目を眩ませていた。

「これ、全部お菓子?」

「そうですよ」

 ムラサキが笑顔で答える。

「全部食べられるの?」

「ええ。どちらから召し上がります?」

 ハルも笑顔で答える。

「迷う」

「「かわいらしい」」

 白い机の上に、鳥かごに段をつけたような置物がいくつかあり、その三段それぞれに二つずつ小皿が置かれている。小皿には落雁や練切り、寒天が盛られている。

 もちろん菓子だけでなく、急須に入った茶も、色のついた角砂糖やオレンジのマーマレードも揃えられている。

「こちら、何のお茶ですか?」

 ベニバナが尋ねる。

 ベニバナは水無瀬という神の遣いの女性である。ムラサキとハルが二十代くらいに見えるのに対し、ベニバナはそれより上に見える。話し方はおっとりしているが、特段美しいというより、鼻が高いのが目立つ。

「紅茶です」

「なんの紅茶ですか」

「キャンディ、だったかしら」

「いいじゃない」

 ベニバナはムラサキとハルを称える。遣いとしては見た目通り、ベニバナの方が年上である。

「ベニバナさん、お砂糖とマーマレード、どちらを入れますか」

 水無瀬の精霊であるノドカが目を輝かせながら聞く。本心では、自分はどちらも入れてみたいです、と言っているようだ。

「初めは何も入れないでいただきます。あなたは好きになさい」

「はい。タマキさんはどちらに……」

 先輩とはいえ立場の近いノドカに話しかけられ、タマキは少し意気込んだ。

 ノドカはきれいな桜色の髪を短くして、タマキと同じくらいに幼い印象だが、顔つきも動作もしっかりと女性らしく、雪の髪飾りが似合っている。

 一方のタマキは、水色の角砂糖をそのまま指でつまんで、ごりごりと噛み砕いて食べてしまっていた。

「お砂糖、おいしいですか」

 ノドカは驚いた口元を手で隠す。

 タマキは甘くなりすぎた舌を気にしながらも冷静に頷いた。

「味は普通のお砂糖」

「まあ、そうでしょうねえ」

 ベニバナは笑いをこらえている。

「ラムネの味がすると思った」

「そうでしたの。どの色も味は同じですわよ」

 ところがムラサキは、何でもない様子で間違いを訂正する。

「ちなみに、どのお色がどんなお味だと思いましたの」

 ハルも興味深そうに聞く。

「えっと……。黄色はレモン、ピンクは桜でんぶ」

「桜でんぶ」

「桜ではなくて?」

 ベニバナとノドカは聞き返す。

「桜でんぶがお好きですの?」

「昨日のお寿司にものっていましたね」

 ムラサキとハルは理解を示す。

 タマキは頷く。

 そのやり取りが、ベニバナとノドカにはおかしかった。

「無垢なタマキさんと素直すぎるお二人で、どこにでも行ってしまいそうですね」

「そうでしょうか」

「どこに行きましょうか」

 ムラサキとハルはやはり、向けられた言葉を否定しない。

「ああ、そうですわ。お花畑に行くんでした」

「今のお茶を飲んだら行きましょう。お菓子はまた後で」

 しかし、タマキにはベニバナの言葉が気になる。



   Ⅲ


 冠の邸から、庭を通って花畑に行く野道で、ムラサキとハルの後方を歩きながら、そっと声をかけた。

「ベニバナさん、賢い」

「賢い? 年長者に向かって当たり前のことを」

「ムラサキさんとハルさん、お菓子もお花も、たくさん知ってる。だけどベニバナさんはもっと、……お話しが上手。神さまみたい」

 ベニバナは少し考えて、タマキがこれまでに会って話したことがあるのが、反抗的で言葉の少ないクラト、物静かなシラツユ、そして神である芥河と冠、ムラサキとハルだけであることに至った。よく喋るのは確かに神だけである。

「神さまみたいだなんて。ベニバナさん、良かったですね」

 ノドカに囃されて、ベニバナは、男が痰を吐き捨てるような顔をした。

「あたしが賢いんじゃなく、ムラサキさんとハルさんがばかなだけです。……相手の言葉を繰り返すか褒めるかしかしない」

 タマキは言われてみればそうかも?と思考を巡らす。と同時に、ベニバナは意地悪なのかもしれないと思ったが、ノドカが懐いているあたり、そうでもないのだろうな、と信じることにした。

「昔、そういうふうに作られたからですよ。かわいそうに」

 先に花畑に着いたムラサキとハルが、手を振って三人を呼んでいる。花畑に隠れてしまうような、曇りのない美しい笑顔である。

「詳しい話は、本人たちが話したいというときに聞くことですね」

「さあ、撫子のお花を探しましょう」

 タマキはノドカに手を引かれて行った。目の前はお菓子よりも色とりどりで瑞々しい花畑である。

 ムラサキとハルが手招きするところに、撫子の花があった。濃い桃色の花をじっと見て、確かに自分の衣の色と模様だと、タマキは思った。だが、撫子の花だけでなく、周りの白や黄色の花の方が目に馴染むような気がする。

 手に取れる花で花冠を作りながら、タマキは我慢しきれず、婉曲的に質問した。

「ムラサキさん、ハルさん、冠さまのこと、好き?」

「あらまあ」

「まあまあ」

 ムラサキとハルは赤面しながらも、嬉しそうに答える。

「それはもちろん」

「好きなところも嫌いなところもありますわ」

「嫌いなところもあるの?」

「長くお付き合いしているとどうしても。……ねえ?」

 その表情は軽い愚痴のようであった。

「どんなところ?」

 しかしそう聞くと、困った顔をする。

「どうお話ししましょうか」

「そのまま言うしかありませんよ。タマキさんだってずっと知らないままでは困るでしょう」

「そうですね。では言いましょうか」

 タマキはぽやっと、花冠を地面に置く。

「女性好きなところでしょうか」

「現世に行くと大変ですのよ。あちこちで声をかけて」

 タマキはまだぽやっとしている。

「難しかったかしら」

「まだ早かったかしら。でもいつか分かりますわ」

 タマキは首を横に振る。

「嫌って言っても直らないの?」

 今度はムラサキとハルがぽやっとする。

「主にはそんなこと申し上げませんわ」

「怒られるの?」

「怒らないでしょうけれど、申し上げませんの」

 タマキの頭の中で、ベニバナの言葉が繰り返される。

〈相手の言葉を繰り返すか褒めるかしかしない。昔そういうふうに作られたからですよ〉

「タマキさんは」

 ムラサキが言う。

「芥河さまのお嫌いなところ、ありませんか?」

 タマキは考えていたことを振り払うように、首を横に振る。

「ない」

「まあ」

「素敵」

 ムラサキとハルが微笑むところに、ノドカが完成させた花冠を被ってやってくる。

「主の愚痴大会ですか? 私も混ぜてください」

 満面の笑みで入ってきて、タマキの横に腰を下ろした。

「主ったら、滅多にお会いできないんです。とてもお優しいですし風流らしいですけれど、会えなくっちゃ意味がありません」

「会いたいって言わないの?」

 ノドカは手を振る。

「とてもとても」

「会えないのにお仕えしてるの?」

「そうです」

「なんで?」

「そういうものなので」

 ノドカに、ムラサキもハルも頷く。

「大嫌いにならないの?」

「なっては困りますね」

 タマキはハルに否定される。

「そういうものですね」

「タマキさんはお幸せですよ。毎日お会いできて、何でも申し上げられるんですから」

「精一杯お応えするんですよ」

 タマキの心の中では元から、三人の言う通りのはずだった。

 それが他人から言葉にされてみると、あるいは他人と比べられると、それがみじめに思えてきた。

 いっそ芥河には会えないで、望まない命令を受け続けて、それにずっと文句を言っているだけの方が気楽に思えてくる。

 この、蜂蜜色の西日が差す花畑から帰りたくない。

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