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狩の使  作者: 在原白珪
秋下
27/48

二十七段 夜半にや君が

   Ⅰ


 冠が芥河を呼びつけたのは夜が明けて、日が昇ってからであった。生温い昼間に、芥河は溶けかけの氷に水をかけたような目をして、タマキを伴って冠の邸を訪ねた。タマキは何も聞かされないまま、紺色と灰色を混ぜたような色の袿を着せられている。

 華やかな色をまとったムラサキとハルに迎えられて、急に自分が惨めに思えてきた。それまではずっと、芥河ばかりを惨めに思っていた。

 いつもは機嫌のいい冠が低い声を出していることでも、タマキは異常性を感じた。

「タマキ、元気か」

 冠は芥河より先にタマキに話しかける。

 体に調子の悪いところはない。ただ、晴れない気分を以てして、タマキはうんと言わなかった。言葉で訴える代わりに、冠の脂ぎった鼻を見つめた。冠はそれを笑わない。

 冠が導いた部屋には、クラトが座らされて待っていた。

 タマキはそちらに駆けて行って、押し倒す勢いで飛びついた。クラトは頭を打ったがなんともないようで、次第に笑いだす。

「そんなに心配しなくても」

「さみしかった」

 床に転がってから起き上がり、互いの服装に目が行く。

「クラト、着物もらった?」

「あはは、いつもよりいい着物だろ。……タマキは」

「主が選んだ」

 暗い色の(かさ)ねである、クラトはそう思った。常世で見ることはめったにない。

 以前に見たのは、現世での祭りの日、灯篭流しに参加していた若い女性であった。

 クラトは求められるままタマキを抱擁しながら、立ち尽くしている芥河を睨む。

「もっといい色があったんじゃないか」

 芥河は答える。

「それしかなかったんだ。クラト、分かるかい」

「芥河」

 冠がようやく芥河に声をかけた。

 芥河は隈のある目を微笑ませた。

「やはり、と思っただろう」

「……ああ。……いや」

 冠はすぐさま、芥河から目を逸らした。

「ムラサキ、ハル。席を外してくれないか」

 ムラサキとハルは互いの不思議そうな表情を確認して、礼をして退室した。

 タマキはそちらについていこうとする。

「タマキは、多分聞いていた方がいい」

 芥河がそう呼び止めると、タマキはクラトの胴体に掴まりなおした。クラトの体は固くなっている。

 芥河と冠が腰を下ろす。クラトも座布団に座りなおす。

 部屋の空気が乾いていく。

 冠が吸っていた煙草が灰皿に捨てられて、煙が少し上がっている。

「シラツユの感覚が、僕の中から消えた」

 終わった煙草の煙が消えた。芥河の声も空気にとけていく。

 タマキはなんとなく握っていたクラトの手を、離れないように握りなおした。クラトの指に力が入っていなかった。

 冠はその二人の手を見ていた。

「魂そのものがなくなったわけじゃないんだろ」

 芥河は頷く。

「誰か他の神に奪われた」

「じゃあ、助けに行けば」

 クラトがそう言った。

「探せば誰かの家にいるんだろ。助けに行かないと」

「無理だよ」

 芥河が言う。

「僕の加護を塗り替えられたんだ」

「だとしても」

「クラト」

 制止したのは冠であった。

「責めてやるな。俺が手を貸すこともできるが、それは最悪のときだけだ」

 冠の声が段々小さくなっていく。

「タマキ、ちょっとそこの戸から廊下を覗いてくれ」

 タマキは三人の会話が分からず、冠に言われるまま、クラトから手を放し、ムラサキとハルが出て行った戸を少し開けた。二人の姿はない。

「探しに行く?」

 タマキはそう尋ねた。

「いや。自分たちの部屋に戻ったんだろ。それでいい」

「シラツユも自分の部屋が好き」

「そうだろうな」

 タマキは戸を閉める。

「待ってたら帰ってくる?」

「いいや。帰ってこない。……シラツユは帰ってこない。分かるか?」

 タマキは首を横にふる。

 タマキは泣き出す。そう予感して、クラトは自分からタマキを抱きしめに行った。

「別の神の加護を受けると、元の魂には戻らない。もともと存在していた霊魂が遣いになるときも、お前たちみたいな〝モノ〟が精霊になるときもそうだ。どれだけケガレを受けても、生まれる前みたいな無意識、無機物の状態になることはないだろう?」

 冠は語る。

「ムラサキとハルも、どうやったって精霊だった頃には戻れない。変わっちまったんだ。俺が手を加えて遣いにしたから」



   Ⅱ


「俺はもともと欲が多くて、考えるより先に手を出す性格だ。若いときはもっとそうだった。だから力を得てすぐ、自分の思い通りになる女が欲しいと思って、精霊を生みだした。それがムラサキとハルだ。

 みんなそんなもんだろ? ……いや、気に入った人間や動物を遣いにするだけの奴もいるか。そうだな。でも、珍しくはないはずだ。

 そうやって精霊を生んで、思い通りに生まれることも、そうじゃないこともある。それはそいつの力量だ。霊力の都合もあるだろうが、それを抜きにすると、欲の強い奴の方がうまく行きやすい。

 俺はどっちも強かったから、結構うまくいった。本当に、俺の言うことを何でも聞いてくれる、かわいい双子が育った。仲が良くて、機嫌が良くて、嫉妬も意地悪も病気もない。

 傷つけたくなかったから、現世に行かせたり、現世に行かせたり、買い物に行かせたりもしなかった。だから全部俺が、怪異を浄化して、なんでも買ってきた。外出してる間、二人は協力して邸を掃除して、着物を仕立てて、料理を作って、化粧も崩れないうちに直して待っていた。

 それで、現世でこんなものを見た、それでこんな苦労をした、そんな話をすると、『それは大変』とか『さすがは主』とか、慰めて、褒めてくれる。酒をついで、足を揉んでくれる。最高だろ?

 でも、俺の話を聞くばかりで、自分たちのことは話さなかったし、俺に質問もなかった。帰りが遅くても何をしていたのか、誰と会っていたのか、一つも聞きやしない。

 それで、若かった俺は考えたんだ。もし、一晩他の女の家に泊まって朝に帰ってきたら、二人はどうするだろうって。俺は、怒ったり、すねたりすると思ってた。さすがにそうだろってさ。

 だから、現世の女の家に泊まったんだ。前から声をかけててさ、ちょっとずつ仲良くなったんだ。菓子をやったら『これは好きじゃない』って捨てられたのがおもしろくって。それから、好きなものを聞き出して、本気なふりをしてた。騙されてかわいそうなやつって思ってたんだが、もしかしたら、途中から俺の方が本気になってたかもしれない。

 とにかく、そういう女と一晩過ごして、女がまだ寝てる明け方に抜け出してきた。

 常世に戻って、そっと気づかれないようにしてる、そんな感じを出しながら、気づかれるようにして邸に入った。すごくいい気分だった。どんな顔してるか、とか、俺を探して外で迷っていたらどうしよう、とか。

 なのに、全然そんなことはなかった。いつも通り、小ぎれいに化粧をして、二人揃って座って待ってたんだ。今でも覚えてる。ムラサキが『大変お疲れ様でございました』、ハルが『お帰りをお待ちしておりました』って言った。

 驚いたさ。だから、『どこに行って、何をしていたと思う』って聞いた。泣いたり怒ったりするのを待ち構えてた。

 それで、何て言ったと思う? 『存じ上げません』『何をされていても、主のお心のままです』だ。

 俺は二人が怖くなって、むしろ、現世に置いてきた女が恋しくなった。でも、現世の女には家族も、他の男もいた。だが、ムラサキとハルには俺しかない。……いや、器量や育ち、生活なんかを考えたら、比べるまでもなく、現世の女は捨てても仕方なかった。

 でも、このままのムラサキとハルと、ずっと付き合うのも無理だった。だから俺は、二人に新しい加護を与えた。

 遣いにすれば、俺が作った人格に合わさって、それぞれの心が表に出てくる。

 二人はいつも通り、俺の指示に何も言わず従った。そして遣いになった。

 でも、ムラサキもハルも、現世の女みたいにはならなかった。ただ、客がいないと笑わなくなったくらいだ。ちゃんと笑顔はできる。でも、なんか楽しそうじゃない。……他の精霊の女の子と喋ってるときが一番楽しそうだな。俺がそこに入れないからだろうが。

 新しい心が育って、俺の言うことを聞いてるだけじゃなくなった。俺のことが嫌いだって気づいたんだろう。

 俺もやっと気づいたよ。戯れであしらってほしかっただけで、心から嫌われたくなんてなかった。ってさ」

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