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狩の使  作者: 在原白珪
秋上
24/48

二十四段 紅葉賀

   Ⅰ


 クラトは、無理に入れていた力が抜けていくのを感じた。カタノがこの場を浄化したのだろう。

 タマキがクラトの脇からちょこんと、怪訝そうな顔を出す。

「シラツユ」

 タマキは体を動かさないままシラツユを呼んだ。シラツユも動かないまま、応えようという姿勢だけを見せる。

「カタノ……さん」

 タマキは次にカタノを呼ぶ。

「何だ」

「シラツユ、まだ具合悪い。治して」

 カタノはタマキに言う。

「悪くない。もともと悪くなってない」

 タマキはぱっと駆けて、そっとシラツユの腕に掴まる。

「おやつ食べる? お昼寝する?」

「大丈夫です。あなたも無事でよかった」

 タマキにくっつかれるうちにシラツユの表情が緩んでいく。

 その遠方で、神であった男が血まみれの体を起こす。

 カタノは警報器が作動したかのようにすぐさまそちらに銃を撃つ。しかし血は流れず、むしろ止まった。

「お前……!」

 大柄な男はしっかりとカタノを睨んでいる。カタノはそちらに手を振って応える。

「黙っててくれ! ……次は本当に撃つぞ」

 大柄な男は離れていても聞こえるくらいの舌打ちをして、従者たちの方へ這っていく。

 カタノは振っていた手でまた、シラツユの頭に触れる。

「ほっとけ、虫けらだ」

 タマキはシラツユにひっついたまま、近寄ってきたカタノの様子を探る。

 芥河に似ていると思った。

 所作も言葉遣いも違う。だけど、どこか似ているところがあって、シラツユを嫌がらせないのではないか。タマキの目には、シラツユは芥河と同じようにカタノを受け入れているように見える。

「……すごい」

 クラトが言う。

「強いだけじゃなくて、ケガレを治すなんて、神にしかできないと思ってた」

 カタノは気を良くする。

「そうだろ? いつでも頼ってくれていい」

「ありがとうございます。教えてください」

 クラトも、シラツユとタマキ、そしてカタノの方に寄る。

「俺も治せるようになりたいんです。主に頼まなくてもいいように」

 カタノは顎髭を整えるように、何もないところをなでる。

「教えてやりたいが、どうやって覚えたのか分からないからなあ」

 クラトは肩を落とす。

 零落した神からは精霊としての力を羨望されたのに、ちはやふる神の遣いからは違いをなだめられる。この世はどこまでいっても不平等だ。

 結局、冠が芥河をかわいがるのも、冠より立場が弱いから。クラトはそんな芥河の配下だから優しくされる、それだけではないか。そしてきっと、カタノがシラツユの求めに応じてクラトとタマキを助けたのも、全員がカタノより弱いからである。

 しかし、たまたま芥河が冠に、シラツユがカタノに気に入られたから今があるのであって、そうでなければいつか、あの零落した神たちのように恥をかかされたであろう。

 そして、この助けられた今があっても、この先で力を得ること、差異を埋めることはできない。

 中途半端な絶望にクラトの首が絞めつけられる。

 シラツユは既に繋がれて、穏やかな目でカタノを見上げる。

「カタノさん」

 カタノは野花に触れるように応える。

「ありがとうございます。あなたみたいな人は、他にいません」

「本当か?」

「本当です。カタノさんだけです」

 まさか、タマキのすぐ横で、シラツユがこんな演技をするとは思わなかった。

 ――演技なのだろうか。

 クラトは疑うことにした。きっと冠と話すときの芥河を真似ているだけだ。それが目上とのやり取りだと勘違いしているに違いない。違うだろうか、違わないでほしい。

 確かにクラトも「他の奴らは逃げて行ったのに、あんただけが俺たちを助けてくれた」と思っている。ただ、伝えるとしてももっと素っ気ないように、特別扱いしないように、気をつけるだろう。それが芥河の精霊であること、タマキの兄貴分であることの誇りである。


――「借りが増えるのは癪ですが、そうするほかないようですね」

――「……私たちの主が一人では何もできないと思われるのは嫌だな……」

――「舐められて、本来同等の神どうしで圧力かけられたり、無理を強いられたり……」


 シラツユが言っていたのに。

 カタノは目を細める。

「ありがとうな。……礼だと思って、もうちょっと付き合ってくれ」

「はい」

 シラツユはタマキを促して、クラトの元に帰らせる。

「お前らもついて来い。近くで紅葉を見よう」

 カタノについていくシラツユの横顔を、クラトは信じた。やはり、様子がおかしい。すすきと稲の穂先が入れ替わっているような、月が煌々と夜空を光らせているような、竹がすべての葉を枯らしているような、そんな違和感がある。

 きっと裏で安全な道を知っているのだ。だから、今だけ耐えれば、きっといつも通りに戻るはずだ。



   Ⅱ


 小一時間ほど外苑を散策して、大社の中で別れを告げられると、同時に神々が大広間から出てきた。宴が終わったのである。

 クラト、シラツユ、タマキは控え室の方へ早歩きになり、辺りを見渡しながらうろつく芥河と合流を果たした。

 そしてクラトとタマキは腹を鳴らした。

 芥河は耳を疑う。

「君たち、控え室でおいしいお菓子を食べていたんじゃなかったの」

 タマキはクラトに倣ってごまかすために笑う。

「何してたの?」

 芥河は問いながらも、追及するつもりはなさそうである。

「こっちは大変だったんだ。冠が喧嘩を始めて……。ねえ?」

 シラツユは頷く。

「巻き込まれてしまいましたね」

「控え室は楽しかった?」

「はい。コウシさんが片端から料理を平らげてしまって」

 シラツユも正直にあったことを伝えようとしなかった。芥河とシラツユが互いに笑顔であることが、タマキには不思議でならない。

 帰りの車の中でも、芥河、クラト、シラツユは和気あいあいと話を弾ませている。タマキだけが誰の言葉も気持ちも信じられなくて、揺られて、お腹が空いて、眠ってしまった。



   Ⅲ


 夕食からしばらくして、クラトの部屋にシラツユが訪ねてきた。

「眠れなくて」

 シラツユは視線を逸らしたままそう言う。

「だろうなあ」

 クラトは座布団を出してやる。

「なぜ」

「今日は疲れただろ。ずっと気を張っててさ」

「そうですが、別に」

「去年までは、あんな人と会わなかったんだろ?」

 隣り合ってあぐらをかきながら、クラトはシラツユの表情を窺う。賭けであった。不安な気持ちで眠れない弟分に、カタノとの関係を直接問わずに答えさせたいのだ。意地悪ではない。もしかしたら、素直に答えることでシラツユが傷ついてしまうかもしれないからだ。

 シラツユは耳を赤くしながら、数秒考えた。

「そうです」

「ごめんな。俺たちを助けるために、あんなこと言わせて」

「それは」

 シラツユは自分から出向いてきたのに、言葉を濁してばかりである。クラトが申し訳なく思っているのは事実であろう。しかし、それを謝らせるために尋ねたのではない。ただ、一人で寝るには心許ないだけであった。

 車の中でタマキと一緒に眠ってしまえたらよかった。そのくらい目が冴えて、体は疲れきっていて、熱さえあるようで、惨めで、芥河には顔を見せたくない。

「いいよ。無理に何か言わなくても」

「でも」

 シラツユは何か言わなければならない気がして、それなのにその言葉は、夜の室内の薄暗さに消えて、捕まえられない。黄色い明かりに何か書いてあるようにも思われるが、月ほど大きくも明るくもないので、一言、二言しか教えてくれない。

「信じてほしいです」

「何を?」

「私は、この家が好きです」

「うん」

「主とクラトと、タマキがいつでも目の届くところにいてほしいんです。それが一番、安心するから」

「うん」

「……私は弱いでしょうか」

「俺だって弱いよ」

「クラトは主に反抗的ですが、その分自立しています」

「いや。シラツユと一緒に座ってるのがいいんだ。主の命令を聞かなくてよくても、シラツユとタマキがいなかったら何もすることがない」

 締め切った窓の向こうで風の音がする。その音に、シラツユは夢から醒めた気分になった。

「今日はたくさん嘘をつきました」

「分かってる。大丈夫だ」

 きっとクラトは気分よく眠りにつくだろう、シラツユはそう感じた。

 当のクラトは、やはり何か言えない事情があっても自分が嫌われたのではないと確信して、わずかに喜び、しかし、その言えない事情を計り知れないことにもどかしさを感じる。

「今日は、寝ても寝なくてもいいよ」

 シラツユはクラトの言葉を聞き返す。

「気がついたら寝てて、あれって思って起きるのが一番いいんだ。無理に寝て明日の朝に起きなくても、好きにすればいい。タマキがお腹空かせてたら俺が朝飯くらい作る」

 シラツユは足を崩す。

「……私が臥せっている間はクラトが代わっていてくれましたね」

「だから大丈夫だ」

「大丈夫、ですね」

 ようやくシラツユはクラトの目を見た。

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