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狩の使  作者: 在原白珪
秋上
21/48

二十一段 栄花のさかり

   Ⅰ


 誰かと対立する自分の主に加勢するのは、仕える者として当たり前のことである。

 恩ある人の発言を擁護するのも当たり前のことである。

 シラツユはその疑いようもない道徳に圧迫されて、言葉を失っている。

 ただ〝タマキの代わりになってよかった〟と、自分を鼓舞している。足りない心は芥河の傍にいることで保たれている。芥河の最も近いところに侍していることがシラツユの誇りなのである。

 冠はその、シラツユが最も信頼する芥河の肩を抱く。

「で、俺が何だって」

 芥河は変わらず黙っている。

 杜若はその瞳を覗きこもうとするが、目が合ったのは冠とであった。

「君はやりすぎだよ。僕たちは対等であるべきだ。庇護ばかりするのはいけない」

「対等? 霊力も、領地も違うのにか」

 冠の発言に、倒れていた二条が大儀そうに起き上がり、股を開いてしゃがむ。コウシはその後ろに立つ。

「持つ者が持たない者を助けるのはおかしいことか」

「君は何も考えていない。神を神と認めないのなら、この場から出て行ってくれ」

 杜若が睨むと、冠は鼻で笑う。

「思考停止なのはそっちだろ?」

「二人とも」

 見物している神々やその下部たちの中から、一人が声を出した。

 冠は舌打ちする。

 彼は水無瀬だ。

「どちらの言いたいことも分かるよ。僕たちは色々な時代を見てきたから、その分、言いたいこと、やりたいことがあるんだろう。でも、それを他人に押しつけてはならない。……ともに長く生きてきたとはいえ、僕たちは他人どうしだ。そうだろう」

「偉そうに言いやがって。……俺たちは自由だ。説教なんか聞かねえぞ」

 水無瀬は微笑む。

 シラツユは彼の邸で感じた恐怖に再会した。

「そういうことだ。それぞれに生き方がある。僕は誰をも否定しない。その代わり、否定する者を嫌う」

 杜若は腰が砕けたようで、アカシに煙管に火をつけさせる。

 咥えてから煙を吐き出すまでの姿に誰もが見入っていた。煙の香りが大広間にかそけく漂う。

「……それが、君の正義なのだね」

「正義じゃない。強いて言うなら美徳だ」

「君が誰かを否定する者を嫌うなら、私は正義を持たない者を嫌う。公正を乱す者を嫌う」

「そうだね。しかし、嫌い合っても僕たちは共存していかなければならない。今日は、そのための盃を交わす日だよ。さあ」

 いつの間にか、神々とその下部たちは水無瀬に従っていた。 

 杜若は煙管をしまい、冠は芥河を放し、皆が盃を手に取る。

 芥河も同じように盃に口を付けた。



  Ⅱ


 杜若と冠は背を向け合い、他の神々に交じって世間話に応じる。芥河は二条や他の名も知らない神々の輪に入る。

 争いは収まった。なのに、シラツユはまだ不安で、いつもタマキがそうしているように、芥河の服の裾を掴んでぴったりとくっついてみる。

「おや」

 芥河はやはり、いつもタマキにそうするように和やかな声をかけた。

「ごめんね、怖かったかな」

 神どうしの口喧嘩など、毎年行われることである。毎年傍観してきたことを、なぜ今日ばかりこれほどつらく思うのか、説明できないと思うと、何も言えない。

 芥河はシラツユの背をなでてやる。

 一人の神がそれを笑った。

「そりゃ、あんたがあんなところにいて、自分を守り切れないかもしれねえと思えば、怖がるのも当然だろ」

 芥河は面食らう。

「そんなことないよ。守り切れる。安心して」

「本当か? あんたの実力は傍にいる奴が一番分かる。そいつが怖がってるんだから、それが答えだ」

 シラツユの目が開く。

「主は弱くありません」

 その神、――雁は面白そうに耳を傾ける。

「山から街まで、広い領地を治めています。私たちのことも……」

 雁はまた笑った。

「去年まではだいたいそうだったかもな。今年はどうだ? 芥河には盲目でも、自分のことなら分かるだろ? 弱くなってるはずだ。芥河のせいだぜ」

「だって!」

「シラツユ」

 芥河が制止する。しかし、それ以前に、シラツユは言葉を見つけられないでいた。

 芥河は猛禽が高い枝に停まっているときのように小刻みに笑う。

「確かに去年よりは弱くなったよ。色々と迷惑をかけている。でも、そうであっても君は忘れないはずだ」

 若い下部たちや二条はきょとんとしているが、雁は決まりが悪そうに小料理をつまんだ。

 咀嚼して、飲み込む。

「……なんか、いまいちだな」

「そうか?」

 貧乏性な二条は雁が残した皿にためらわず箸を伸ばす。菜の煮物のようである。

「本当だ。オレの方がうまく作れる」

 二条は残した皿を更にコウシに渡す。コウシもためらわず箸をつける。

「うん。主の方が美味い。……あと、大広間より控え室の料理の方が美味しい」

「そうなのか?」

「無理にいろんなところの食材を使おうとしてないから」

「噓だろ」

 二条と雁は目を丸くする。

「だから、行ってきていい?」

 二条は自分を指さす。

「オレも行きたい」

 コウシは首を横に振る。

「だめ。控え室は遣いと精霊だけ」

「オレ、弱いからごまかせないか? 〝どうも、杜若の遣いです〟って」

「無理だろ」

 雁は笑わない。

「無理だね」

 芥河も笑わない。

「笑えよ! あいつらに比べたらオレたちかわいいもんだろ」

 二条は遠くでアカシとスマと談笑している杜若を指さした。

 杜若がこちらに顔を向ける。

「聞こえているよ。大人しくしたまえ」

 アカシとスマは小さく手を振り、コウシとシラツユはなんとなく手を振り返した。

「だってさ。一通り挨拶も済んだし、おれはそっちに行く」

「おう。分かった」

 二条から許可を得ると、コウシはシラツユの目を見る。

「あんたはどうする」

「私は……」

「酒のつまみばかりじゃなくて、甘いものもある」

 去年まではずっと芥河について大広間にいたシラツユは、心臓を大きく鼓動させる。

「おれのおすすめは果肉つきのオレンジジュースだ」

 シラツユの心の中で、甘味と芥河が天秤にかけられ、数秒後に咳払いした。

「……クラトがちゃんとタマキの面倒を見られているか心配なので」

 雁はもう一度〝噓だろ〟と心の中で繰り返した。

「いいよ。羽を伸ばしておいで」

 芥河、二条、雁はコウシとシラツユを見送った。

 芥河は別の皿を取って、一口、口に入れる。玉子焼きのようである。

「……ねえ。やっぱり僕は弱くていいよ。生きていくためならかわいいふりでも何でもする」

 雁は顔をそむけて酒を煽る。

「だから〝冠の精霊です〟って言って控え室に行こうかなって」

「無理だろ」

 大広間ではまた他の神々が言い争って、騒がしい声が絶えない。



   Ⅲ


 控え室に入ると、コウシは早速シラツユにオレンジジュースのグラスを取ってやった。自分も同じものを飲んでみせ、

「うまい」

 と言う。シラツユも恐る恐るストローに口をつけて、感動した。

「落ち着いた?」

 コウシは表情や声色を変えないままそう尋ねる。そのぶっきらぼうさが、シラツユには珍しく、暖かい。

「ありがとうございます」

「気にするな。俺がこっちで食べたかっただけだから。……さっき、連れがいるみたいに言っていたが、最近生まれた子?」

「そうです。探さなくては」

 シラツユはオレンジジュースを持ったまま控え室を見渡したり耳を澄ましたりするが、クラトとタマキの気配はない。

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