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狩の使  作者: 在原白珪
18/39

十八段 衣配り

   Ⅰ


 シラツユとタマキは家にたどり着き、牛の鳴き声に驚いたクラトが玄関の戸を勢いよく開ける。

「なんだ?」

「クラト!」

 二人は同時にクラトめがけて倒れ込んだ。

 牛飼童は形ばかり頭を下げてすぐに帰っていく。

「買い物に行ってたんじゃないのか? 荷物は?」

「ノドカさんに預けて、仕立ててもらうことになって……」

「ノドカの神さま怖い!」

 タマキが大声で叫ぶので、芥河も駆け付けた。

 すると二人はクラトから離れて、芥河に飛びつく。

「うちの主は庶民的で目に優しい……」

「気をつけしてなくていい」

「なんか失礼じゃない?」

 芥河が疑問を晴らすためと、二人を落ち着かせるために、話を細かく聞いた。いつの間にか二人は全部のことを時系列に話してしまった。そして最後に、

「全部内緒だよって言われた」

 と付け足した。その頃には芥河は突っ伏したまま頭を抱えていた。クラトはその机にグラスを置く。

「なんというか、……酒飲む?」

「うん。二人にも何か淹れてあげて」

「へい」

 この家の適当さに慣れてしまうと、他の普通の神の元ではやっていけない。そう思いながら、シラツユとタマキは現世の自動販売機で売っていた缶入りのミルクセーキを飲んで機嫌を直す。

「主が庶民的なら精霊も庶民的ってことだ」

 クラトが笑う。

 芥河は少しだけ姿勢を正した。

「庶民的な生活に満足していても、上級のものを知るのは良いことだよ。それだけはよい経験をしたね」

「なんで? 私、ずっとこのお家にいるよ」

 芥河は瞬く間に感涙する。

 シラツユがそっとハンカチを差し出す。

「お酒のせいかな」

「しっかりしろよ、神さまだろ」

 芥河はハンカチで涙を拭き、ちり紙で鼻をかむ。

「うん。……お出かけするときがあるからね」

「お出かけできた」

「冠の邸に遊びに行ったり、ノドカちゃんと買い物に行ったりするんじゃなくて。他の神や遣い、精霊たちが集まることがあるんだ。今年も近づいてきたね」

 シラツユは、ノドカを見知った日を再び思い出す。

「タマキは初めてだから、お目見えも兼ねてついてきてほしい」

「どんなことするの」

「ああ」

 クラトが答えようとする。

「特にすることないぞ。神さまたちが酒飲んで喧嘩してるだけだ」

「そうなの?」

「噓を教えないでくれるかな」

「本当だろ」

 クラトは芥河ではなくシラツユに意見を求める。

「まあ……」

 シラツユも否定しない。

「主とタマキだけで行かせるのは不安ですね」

「そうだ。……全員で行こう」

 クラトとシラツユが合意する。

「僕の意見は?」

 秋の()に下部全員を連れて行く神はめったにいない。信頼のおける者を一人、二人連れて行き、他の者には常世の家や現世の社を見張らせるのが平凡である。

 クラトはその番のために、たった一度お目見えして以来、参加していない。特別社交的でもないクラトはそれに不満がない。だから他の遣いや精霊に知り合いが少ないのである。

「みんなでお出かけ!」

 タマキは両手をあげて喜んでいる。

 家や社が手薄になるのは心許ないが、秋の会の最中に怪異から狙われることはありえない、と決まっている。結界を張ってから出れば、貧乏な芥河の領地をうっかり狙ってしまった不運な泥棒も、気付かぬうちに追い出されるだろう。

「……いいか」



   Ⅱ


 タマキは偶然望んで新しい衣を手に入れるが、秋の会に参加するには、芥河、クラト、シラツユにも新しい衣が必要である。さてどうしようかと悩んでいた頃、手紙が届けられた。

「冠さまから」

 芥河はタマキから受け取った手紙を開く。

 そして眉をしかめた。

「なんて書いてあるの?」

 タマキは冠を「お小遣いやお菓子をたくさんくれる神さま」と思っているので、手紙の内容を早く知りたいのである。傍で跳ねられて、芥河は口を開いた。

「お呼ばれだよ。今度は、僕とクラトがお出かけだ」

 タマキは頬を膨らませる。

「私もいいお菓子食べたい」

「お菓子を食べに行くんじゃないんだ。たまにあるんだけどね。そろそろだったのか……」

「何しに行くの?」

「うーん、冠の遊びに付き合う、かな」

「遊ぶの?」

「楽しいのは冠だけだよ」

 芥河はタマキの頭を軽く叩いて会話を終わらせた。



   Ⅲ


 芥河はめんどうそうな顔で、クラトは手土産の現世の菓子折りを持って、冠の邸を訪れた。

「芥河さま」

「クラトさんも、ようこそおいでになりました」

 ムラサキとハルが、下駄を履いて玄関まで出迎えに来た。この家には遣いの彼女ら二人と、手伝いの獣たちしかいない。冠は力のわりに所帯を小さくしている。

「あらまあ、主に付き合っていただくだけなのにお土産まで」

「ありがたくいただきますわ」

 大雑把なクラトには、どちらがムラサキでどちらがハルなのか見分けがつかないが、なんとなく礼を言う。

「……どうも」

 素っ気ない態度がムラサキとハルには珍しかった。

「かわいらしい!」

 中に通されて、クラトは目を眩ませた。

 大部屋に、一目で見きれないほどの数の布が飾られていて、どれも高価そうである。

「よう、待ってたぜ」

 冠が出てくるが、冠自身は新しい衣を着ていない。

 クラトはタマキがいつもそうしているように、状況を整理することを放棄した。

 すぐに芥河を頼る。

「俺たち、何しに来たんだ?」

 芥河はクラトと目を合わせないまま答える。

「言わなかったっけ。人形遊びだよ」

「冗談の確認はしてないんだが」

「言葉を付け足すなら、僕たちが人形の役だ」

 冠は細い目を静かに輝かせる。

「さあ、どれが似合うか? さっさと上着を脱いでくれ」

 芥河とクラトの背後にそれぞれにこにこしたムラサキとハルが構えている。

 クラトは心の中でシラツユやタマキに助けを求めたが、彼らを巻き込んでも余計に頼りなく、代わりにスマとウツに呼びかけたものの、心の中の域を出ないのでどうしようもなかった。


 十数回の着替えを経て、クラトは疲れて「一旦休憩」を申し出た。汗袗一枚で膝を抱えて座り込む。まるで、シラツユやタマキが不機嫌か不健康なときのようである。

「あらあら」

「まあまあ」

 ムラサキとハルは心配そうにしている。

「そっとしておいてあげて。結構シャイなんだ」

 クラトは顔を上げないことで芥河の言葉を肯定した。

 その芥河は試着した青い袍を冠に脱がされているところである。

「お前に比べたら誰だってそうだろう」

 冠が手を動かしながら言う。

「冠にだけだよ」

 芥河はされるがままで、小袖がはだけても直さない。冠がやや乱暴に直す。 

「本当か?」

「嘘かも。うちの子たちになら何をされても平気」

「そうかよ」

 冠は芥河の肩を揉む。

 そして次の衣を取った。深緑の袍で、細い線で竹の葉が描かれている。

 冠はその袍と芥河を見比べてにらめっこする。

「似合うが、秋らしくはねえな」

「秋じゃなくたって着るよ」

「今度着てほしいんだ」

 冠の言う「今度」とは秋の会のことである。八百万の神々が会して、領地や法について話し合う。交流の場であり、互いの品定めの場でもある。

 冠はそういう場に、自分が与えた着物を芥河に着てほしいと言っているのだ。

 クラトは顔を上げないまま目を開いて耳をそばだてる。いくら嫌っても、我が主である。

 芥河は言った。

「僕でいいの?」

 眉尻だけを下げて、口元を小さく笑わせる。

 冠はその顎を引き寄せる。

「分かってるだろ」

 芥河はまつ毛を上向ける。

 クラトは、ここが他人の邸でさえなければ、痰を吐き捨てるところであった。クラトが嫌う紫煙が漂っているような気がして、自分の肺に入るのを拒絶したい。

 できない代わりに、そっと着物を羽織って帯を結びながら退室した。それにハルが続く。

「ご気分が優れませんか」

 ハルは相変わらず人形のような微笑みを称えている。いつも百面相をしているようなタマキに慣れてしまったクラトには、これも不気味である。

「ちょっとだけ。……風に当たってきます」

「お庭はこちらです」

 ハルは遣いだというのに下女のように振る舞う。

 邸の外側、外に面する廊下に出て、クラトは靴を履かないまま、足を庭に投げ出して座った。

 それをハルが笑う。

「主も裸足で庭石を伝ってお歩きになりますの」

「いいですよ、気を遣わなくて。俺はそういうの慣れてないので」

 クラトが釣られて愛想笑いすると、ハルは傍に座した。

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