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狩の使  作者: 在原白珪
15/39

十五段 蛍火

   Ⅰ


「起きられるか? 灯篭始めるぞ」

 立体感のある声に目を開けると、腰を落としたクラトがいた。シラツユは目を開ける。

「はは。昼寝してたのか」

 ぼうっとしながら、横になっている体を起こそうと、伸ばした腕に力を入れる。そして想起した。たった今まで、この手をカタノと繋いでいたではないか、と。その感触が幻ではなかったかと、指を曲げて確かめようとする。

「血が上ったか」

「いえ……、大丈夫です」

 シラツユは諦めて、腕を曲げて体を起こした。

「始めるとは、どこからですか? 今は何時ですか」

「三時半。四時から希望者に灯篭を配る」

「よかった。どこまで寝過ごしたのかと」

「珍しいな。でも、昼寝はそれが気持ちいいんだ」

 シラツユはカタノのことを打ち明けないまま、クラトについて行った。



   Ⅱ


 日没が近づき、空には星よりも早く、提灯や街灯がつく。子どもが持つ玩具も、遠くから見れば蛍火のように、不規則に踊りながら光っている。

 大人の腕には、木と紙でできた灯篭がまだ冷たいまま抱えられている。人々は神社を離れて、川辺でそのときを待っていた。

「高子ちゃん」

 約束をしないで、たまたま出会った友人どうしが喜んでいる。

「こんなところに」

「おじいちゃんがどうしても行きたいって言ってたから」

「うちはテレビがつまらなかったから飛び出してきた」

 普段着の女性と、紺色の服の女性が笑い合う。

「ねえ、何を書いたか見せてよ」

 灯篭の紙の部分には、好きな言葉や絵を描けることになっている。貸し出されたのは安物のペンで、人々はそうとしか思っていないが、実はクラトが教則本を片手に祈祷をかけたものであった。スマが言うには、全く利益がないということはない、らしい。

 高子は恥ずかしそうに桜の花の絵を見せた。

「かわいい」

 友人は猫なで声を上げる。

「そっちも見せて」

 言われると、友人は堂々と、「出会い」の文字を見せる。

「今年こそ絶対、ね」

「男がいなくてもあたしがいるよ」

「高子もそう思っていいよ」

 二人は大声で笑う。

 その様子をクラトは遠くから凝視していた。

「人間の女の子もかわいいもんだな」

 シラツユの肩を叩いて、「あっち」と指をさす。シラツユは対象に気づいたものの、返事に困る。

「ごめんって」

 クラトはウツのようにへらへらと笑う。

「おもしろいですか」

「別に」

「シラツユ」

 神妙な面持ちの芥河がやってきた。

「うわ、地獄耳」

 けむたがるクラトをよそに、芥河はシラツユの背に腕を回す。

「主?」

 数秒して、芥河はシラツユを放す。そして、指でつまんだものを吹き飛ばす仕草をした。

「虫がついていたから」

「……それは、失礼しました」

「うん。気をつけてね」

「噓だろ」

 芥河はクラトに笑いかける。

「君も、よく見ていてあげて」

「は?」

 芥河はクラトの疑問に答えないまま、タマキの元に戻る。

 タマキは神社のテントに残って、残った灯篭を売っていたが、既に人はまばらになっていた。

「重い銀色の硬貨を五枚、もしくは金色の硬貨を一枚、あるいは青鈍(あおにび)の紙幣と金色の硬貨を交換」と絵付きで教えられ、客向けの看板には「金銭はこれら三種類しか受け付けません」と書いた甲斐があり、順調に受け渡しされている。

 その方法を考えて教えこんだ芥河は誇らしい。

「その調子なら、数字はいつか覚えられそうだね」

「数字?」

「だってもう計算ができてる」

「そうなの?」

「そうだよ」

 タマキはよく分からない、という顔をした。

「もう買う人はあまりいないようだから、君も川辺へ行っておいで。僕が代わるから」

「うん」

「それと、みんなにも」

 芥河は灯篭を三つ、タマキに抱えさせた。

 タマキは装飾的な浴衣の帯をはためかせて、軽々と土手を下っていく。指環をつけているタマキの姿は人々にも見えていて、浴衣でよくも活動的になれるものだ、と関心の目を向けられる。普段は袿を羽織っている身からすると、帯がやや苦しいものの、それ以外は身軽で、動き回りたくなる。祭りの雰囲気が合わされば尚更だ。

「クラト! シラツユ! 何してるの」

 タマキは走ってきた勢いで声を張った。

 クラトは悩んだ挙句、芥河の言葉を文字通りに受け取って、シラツユの浴衣全体をはたいてやっているところだった。

「何してるの?」

 タマキは繰り返す。

「……身だしなみ?」

 クラトは疑問形で答えた。

「あ」

 タマキはシラツユの手を取る。

「指環なくても見えてる」

 タマキの指摘に、クラトもシラツユ本人も驚いて、感嘆の声を重ねる。

「すごいぞシラツユ!」

「主がお世話くださったおかげです」

「よかった。クラト、何もないところをはたいてる人じゃなかった」

「それは怖いな」

 クラトは胸をなでおろす。

 そしてシラツユが尋ねる。

「それで、タマキが持っているそれは?」

「私たちの分!」


 クラトが指揮を執って、参加者たちの灯篭に明かりがつき、芥河に流される。

 川の流れは穏やかで、自分が放した灯篭をしばらく目で追い続けることができた。

 灯篭の火は金魚のように、金柑のように、蛍のように、流れていく。

 そしてタマキとシラツユの霊力で明かりを消され、姿も消した。

 どうして明かりがつき、消えたのか、人々には分からない。ある人が「ご先祖さまがお線香を落として、くしゃみで消したのよ」と言った。

 暗くなった川辺で、友人が高子の背をさすった。



   Ⅲ


 常世に戻ると、クラトとタマキは一目散に、屋台で買ったもの、もらった余りものを居間の机に並べだした。

「いか焼き!」

「鈴カステラ!」

「からあげ!」

「おいも!」

「チョコバナナ!」

「チーズドッグ!」

「人形焼き!」

「普通のきゅうり!」

 タマキは全部に喜んで飛び跳ねる。

「これが本物の人形焼き……」

 シラツユは小さい人形の形をした饅頭に見入る。

「それはいいけど、他のものは切り分けようか」

 芥河が指を立てると、いかやバナナが一口大に裂けた。

「便利だな」

 クラトが驚く。

「普段からやってくれ」

「だって、神経使うし」

「そんなふうには見えなかった」

 芥河とクラトが言い合う横で、タマキが櫛型のフライドポテトを一本、つまんで食べた。二人は「あっ」と、悔しさを漏らすも、そこでぐっとこらえた。

「……おいしい?」

 タマキは新たなフライドポテトを一本取ることで答えた。

「こら、座って食べてください」

 シラツユに言われると、指に持ったまま従って、座ってから口に入れた。

 そのシラツユは既に着座していて、鈴カステラを食べ進めている。

「うん、そうだね。でももっというとみんな揃ってからがいいんじゃないかな」

 クラトは面倒そうに、人数分の箸、グラスと麦茶、そして瓶を一本運んできた。

 その瓶をやや乱暴に芥河の前に置き、自分の席に着いてそっぽを向く。

「……主が飲むなら俺も」

 芥河の開いた口が閉まらない。

 たまたまタマキの方を向いているクラトの顔が紅潮していく。

「じゃ、飲もうかな」

 芥河は言葉をそれだけにして、シラツユに合図して、クラトのグラスを取らせる。自分の前に置かれた酒を注いでやった。

 シラツユはそのグラスをクラトに返す。

「どうぞ」

「うん」

 クラトも芥河も、互いに礼を言わない。

 シラツユは細切れにされたチョコバナナの一欠を食べる。カタノがこれを見たらやはり、味の好みを笑うだろうか。笑ってほしいような気がして、人形焼きに手が伸びる。このおかしさをここにいる誰にも説明できないので、今日の昼のこともずっと黙っていようと思う。

 タマキは指についた塩と油を拭う。箸を持つためだったが、その前に麦茶を飲むことにした。ただの麦茶でも、すぐ近くで酒の匂いがして、意地を張り合う年長者たちがいると、趣が違う。自分も少し大人びてみようか。

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