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狩の使  作者: 在原白珪
11/39

十一段 筒井筒

   Ⅰ


 祭りまで残り一週間という日の、鶏も鳴いたばかりであるような早朝であった。常世の芥河の家に、スマが精霊一人を連れて訪ねてきた。

「おはよう。これは差し入れだ」

 缶入りの緑茶と水饅頭を安っぽい袋提げに入れ、寝間着と寝癖のまま出迎えたクラトに手渡す。

「こいつはウツ」

「よろしく」

 癖のある茶髪の精霊が愛想よくクラトに会釈した。杜若の精霊にしては言葉も格好も田舎じみた男であるが、そのくらいがクラトにも親しみやすい。

「よろしく。……? あ、ありがとうございます」

 クラトは訳が分からないまま礼を言う。

「うん。今日から俺たち二人で手伝ってやる。邪魔だったら帰るが」

 クラトは自分で判断しきれず、芥河を叩き起こしに行った。


 芥河は居間に二人を案内させて、慌てて着替えたクラトを障子の向こうに控えさせた。

「杜若から言われて来たんじゃないの?」

「ああ。仕事は済ませて私用で来た」

 スマは芥河に友人のように話す。芥河もそれを許している。立場は違うが、歳が近いからだ。

「はは、ありがとう。じゃあお礼は君宛てにするよ」

「いいよ礼なんて。楽しそうだと思って来たんだ」

「そう。だから、こんなに朝早いの?」

「ん?」

 スマは適当に笑っているが、その後ろでウツがあくびをした。質素な家とはいえ神の御前であるのに飄々としているものだ。しかし眠いというのには芥河も同感であって、良い時間までどのようにごまかそうかと考えている。

 スマの目が、障子越しの影が動くのを追った。芥河は驚いて耳を立てる。

「大丈夫だ。お前は寝てろって」

「どなたですか。あなた一人では」

「主の言うこと聞いてりゃどうにかなる。それよりお前がふらつく方が困るから」

「本当に大丈夫なんですか」

 シラツユが客人の気配に気づいて起きてきたのを、クラトが止めている。声を小さくしていても、狭い家の中ではどうしようもない。

 芥河は軽くスマに断って、障子を開けた。

「シラツユ、本当に大丈夫だよ。僕の友だちだから、ほら」

 開いた障子の隙間から、スマとウツのシラツユの姿が見えた。

 シラツユは髪をといたままで、浴衣に一枚だけ羽織って、裸足に包帯を巻いている。格上のスマのために正座しようとする瞬間に、羽織が揺れて、帯を結んだ腹の細さが見えた。

「こら! けがしてるのに無理な姿勢を」

 クラトが咄嗟に大声を出したが、シラツユは難なく座る。

「もう塞がったと言っているでしょう」

「なんだなんだ」

 スマが立って、シラツユに近づいた。

「君、そんなにやつれていたのか。この間は熱心に働いていたじゃないか」

「ちょっとね。無理をさせてしまったみたいで」

 芥河が答えた。

「そうか、なら尚更、君の分も俺たちが働こう」

 スマは八重歯を見せて笑う。

「えっと……?」

 シラツユは目を丸くする。そこにすかさず芥河が割って入った。

「立てるかい」

 芥河は背と片手を助けながらシラツユを立たせる。

「すぐ戻って来るから」

 芥河はシラツユに付き添っていった。クラトはスマに頭を下げて、客間にいざり出る。

「すみません」

「いいよ。あれは大変だろう」

「本人はただの靴擦れって言ってるんですけど、主がなかなか許さなくて」

「どのくらい経つ」

「そろそろ二週間になります」

「かわいそうだな」

 クラトとウツが、互いの疑問そうな顔を見合った。

「神さんが過保護なんが、かわいそうなんですか」

 ウツが尋ねる。

「いや、過保護じゃない。むしろ、あんなになるまで気づかなかったのが……」

 スマはクラトを手招きする。

「若い精霊の身ではよく分からないだろうが、俺たちの霊力には波がある。歳や身分によって霊力が強い、弱いを言っているんじゃない」

 クラトはスマの話に耳を傾ける。

「体を動かしていない、術を使っていないような平常から、心臓が鼓動するのと同じように波がある。健康であれば規則的に。今の君たちは健康だ」

 ウツは心臓のあたりに手を当てて、よく分からないな、という顔をする。

「心身が健康でないと、霊力の波は不規則になったり、小さくなりすぎたりする。それで、悪心や眩暈がしたり、動きが鈍くなったりする。シラツユ君は今そういう状態だと思う」

「だから、主がずっと世話してるんでしょうか」

 クラトが問う。

「うん。強い霊術である程度抑えることができるから。その間に原因の不調が解決すれば治る」

「けがならもうじき」

「多分、けがじゃない」

 スマは言った。

「芥河は確かに神だ。でも精霊を三人も使えるほどの力はない。未熟だから、人手が多い方が良いと思ったんだろうが、……痛い目を見たな」



   Ⅱ


 ようやくタマキが起床したのは、隣の部屋の障子が慌ただしく開け閉めされる音が繰り返された頃であった。

 起き抜けの乱れた髪を手櫛で直しながら、そちらに向かった。シラツユの部屋である。

 タマキはそっと、障子に指を入れて隙間から覗く。

 布団を膝にかけて起きているシラツユと目が合った。

「どうぞ」

 タマキはそっと、部屋に忍び入った。シラツユは微笑みを浮かべていたが、タマキはその表情を真に受けるふりをする。

「知らない人、いた?」

「スマさんのお連れでした」

「早起き」

「困りますね。こちらは朝食もまだなのに」

 タマキは腹が減っていることに気づいた。しかしそれをシラツユには訴えられない。

「タマキ」

 シラツユはタマキを手招いた。

「あなたが以前言っていた、なぜ私たちは戦うのかという問いの意味が分かりました」

 タマキはシラツユの枕元で首を傾げた。

「シラツユ、答えてくれた」

「いいえ、あんなものは。……あなたが質問したときの悩みが、やっと私にも巡ってきたんです」

 タマキは目をぱちくりさせると、シラツユは少し笑った。

「目やにが」

 シラツユはタマキの顔に触れて、目やにを払ってやった。

「こんなに苦しかったんですね」

「苦しい?」

 シラツユの足元に、芥河が置いている、包帯の替えやタオル、茶器がある。数秒それらを見つめて、視線を戻した。

「主が目の前にいると、和らぐ気がするんです。でも一人になると、考えてしまって」

「さみしい?」

「そうなんでしょうか」

「私、いっしょにいる」

「……ありがとうございます。でもタマキは、タマキのしたいことをするべきです」

 そう言われても、タマキはシラツユの傍を離れない。

 シラツユは手を伸ばして、小さな巾着を取った。

「どうぞ」

 タマキは受け取って、紐を緩める。金平糖が入っている。

「主からいただいたのですが。それを持って、いってらっしゃい」

 タマキは巾着を締めて、袂に隠し入れた。



   Ⅲ


「おはよう。遅かったな」

 着替えたタマキが居間に顔を出すと、見慣れない朝食と、芥河、クラト、スマ、そして知らない青年がいた。ウツである。

「タマキちゃん、おはようさん」

 シラツユから聞いていたものの、タマキはウツを警戒してクラトの背に隠れた。スマがどっと笑う。

「俺の精霊のウツだ。いい奴だぞ」

 タマキはそう聞いて、空いている席にぎこちなく座る。そして、見慣れない料理を警戒して、まさに同じものを食べているクラトの袖を軽く引っ張った。

「こぼれる! 怖くないから引っ張るな。スマさんが作ってくれたんだぞ」

「うまいか」

「とっても!」

 他人相手にクラトが素直に喜んでいることに、タマキは衝撃を受けた。

 そしてクラトを倣って、葉の形をした卵焼きを匙で掬って口に運ぶ。

「おいしい」

「よっしゃ」

 スマは得意げである。

「さすがスマさん。料理の腕で女の子にも大人気ですね」

「ふふん。俺は何でもするからな」

「あ」

 芥河がプチトマトをナイフで切ろうとして破裂させた。

「うちの主は不器用だなー。同年代でこれだけの差が」

「まあまあ、まあまあ」

 クラトとウツに自分の顔と机を拭かれながら、芥河は姿勢を正す。

「この通り、僕は一人じゃ生きていけない。君たちには感謝しているよ」

「かっこつけてるつもりかよ」

 クラトは顔を拭ったナプキンを芥河の頭に乗せた。

「うわぁ。クラト君、ボクから見ても強気すぎ」

 ウツは芥河の頭からナプキンを拾い、食卓の端に畳む。

「自分から見てもって何だ。お前、杜若さまの前で適当にできるの」

「いやいや、ちゃんとしてる。スマさんにだけ迷惑かけんように」

「よく舌が回るな」

 笑い声を聞きながら、タマキはいつの間にか洋風の朝食を食べ進めていた。

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