7:聖戦の始まり その5
ソレは悪意を体現した恐ろしい姿だった。
美しく柔らかな腕と適切な程良い肉厚さを持った長くしなやかだった足にドロドロと粘性を持った血液で出来た下品な赤黒い骨が幾層にも重なり肥大化している。
漆黒に染まり、長く尖った爪がギラギラと炎の光を反射してい る。
骨の隙間からまばらに生えた毛が見るものに生理的な嫌悪感を覚えさせる。
腰までの高さにあった銀髪は、足首まで伸びて、今は狼のタテガミの様に逆だっている。
青かった瞳は金色に変色して、目の前の相手に全集中する様に瞳孔が限界まで開いている。
端正な美貌と男を惹きつけるしなやかな曲線の美しさ。
対照的に接ぎ木された暴力的な手足のアンバランス加減に強い恐怖を覚える。
足首まで伸びた銀髪が、彼女が放つ禍々しい魔力に 煽られて暴れ狂う。
先ほどまで「美」の象徴だったその髪が、今は獲物を絡め 取る死の鎖にしか見えない。
ドロドロとした血液が凝固して膨れ上がった足が、 一歩、地面を踏みしめる。
その瞬間、硬質な骨と岩が擦れるような不快な音が 響き、やがて足元の大地が腐食するように黒く融解する。
目の前の異形の王は言葉を発しない。ただ、限界まで見開かれた 金色の瞳が、自分の仲間を殺した敵の鼓動、呼吸、全てを残さずに、逃さずに網膜に焼き付ける。
肥大した腕がゆっくりと持ち上が る。
炎を反射してぎらつく漆黒の爪がブルブルと震え、次に大気を・・・いや、空間を切り裂いた。
不可視、そして不可避の攻撃が権天使と化したオルレアン王に直撃する。
相対するオルレアン王の体が細胞単位にまで消滅。
これで決着と思われたが、金剛不壊の大中小の天使の輪のうちの小リングが砕け散る。
そして時が戻る。
砕け散ったリングの粒子がオルレアン王の体を瞬時に再構築していく。
ギュイイイインと喧しい耳鳴りが耳を突く。
視界には自分の死の直前、3分前の景色が高速で流れていく。
「今の攻撃の攻略は私では不可能だな。だがアクションの隙が大きい。その前に動きを潰す。今の様子見はやり直しだ」
戻った時が動き出す。
先程と同じ軌道の攻撃。
漆黒の爪が振り下ろされる寸前。
王の真横からの斬撃が、その肥大した腕を無慈悲に両断し、宙へと斬り飛ばした。
反応すら出来なかった攻撃に違和感を覚えつる異形の王のタテガミによるカウンター。
しかし、跳躍による回避が成功。
剣山と見紛う鋭さを宿した髪が全身を貫くために追尾を開始する。
縦横斜め上下すら関係無い前方180度からの超超超広範囲攻撃。
特に地面を掘り進めながら地中から緩急を付けながらの急襲はオルレアン王の防御のタイミングをずらし、徐々に劣勢へと追い込んでいく。
「神鳴」
上空に神界が顕現。
飛び出した幾重もの手から放たれる雷が広範囲にでは無く、異形の王ただ1人に集中砲火させる。
約10分もの雷鳴、破壊が大地を焦がす。
タテガミも動きを止め、炎が導火線の様に異形の王に向かって伸びる。
爆煙が晴れた頃、轟々と燃え盛る炎を背負い、血反吐を吐きながら、それでも悪意の瞳を持って異形の王は歩を進める。
雷と炎。
全てを無に帰す、浄化とも言える攻撃を何とか凌ぎきる。
鋭く伸びた歯をガキンガキンと鳴らし、更なる変化を開始する
「・・・神を喰らい、理すら喰らおうと言うのか」
目の前の景色を見てオルレアンが低く呟く。
神鳴の雷撃を受けた傷口から新たな腕や目が芽吹き、それが異形の王の体を包み込む。
「化け物め」
「・・・」
2回りは大きくなった異形の腕がゆっくりと天に掲げられる。
その瞬間、魔界の門が顕現。
神の遺棄地、そして異形達の故郷に住まう彼ら彼女らの逝き先からの憎悪がドス黒い重圧が降り注ぐ。
神への憎悪を持つその門の先から響くのは、権天使を殺せる歓喜の叫びか、あるいは永劫の呪詛か。
門の向こう側から伸びる無数の手が人間が逃れられない、「死」と言う運命として世界を侵食していった。




