6:聖戦の始まり その4
視界が真っ赤に染まる。
手を握りしめ、歯を食いしばる。
頑強な皮膚を突き破り、鋭利な爪が肉を深く抉る。
大型の肉食獣の様な歯がギシギシと悲鳴を上げる。
ボタボタと落ちていく血を見て、守護者達が駆け寄り力を緩めるように声をかける。
しかしその声は耳に入らない。
いや、入ってはいる。
入ってはいるのだが・・・、本来の自分が異形の王としての自分に押し潰されて消えていく。
憤怒に震える体がふいに落ち着きを取り戻すかのように動きが止まり脱力。
守護者達が違和感を憶えたのも束の間。
王の姿が掻き消える。
「ッヅァ?!!!?!!」
突然の驚愕の声。
眼下に目を凝らすと、大気を爆発させながら聖域へと墜落していくオルレアン王の姿が見える。
「ッッガァアアアッアアアッ!!!!」
異形の王が吼える。
先程までオルレアン王が位置していた場所に代わるように浮かび、怒りを露わにする。
それに遅れて反応したレイダンが剣に光を纏わせ斬りかかるが、その直前に王が音速で手を斜めに振り被る。
脳内に大音量で鳴る死のアラートがレイダンに防御以外の選択肢は間に合わないと叫ぶ。
何十何百にも重ねられた防御のサークルをまるで子供が障子紙に指で穴を開ける様に、容易く破壊してその先にある神剣すらも粉々に切り砕いた。
砕け散った神剣を見て愕然とする間もなく、神の恩寵を受けて強化に強化を重ねて天使の肉体にまでなった体が斜め方向に5等分に切断される。
しかし、グチュグチュと擬音を鳴らしながらすぐに接合され、再生が終了する。
崩れた態勢を立て直す為にもう一度サークルを多重展開。
コンマでも時間を稼げれば異形の王のデスゾーンから脱出が出来る・・・はずだった。
初手を超える速度の爪撃が再度レイダンの体を5等分に切断。
レイダンも更にサークルを高速多重展開。
そして爪撃。
そして再生。
爪撃、再生、爪撃、再生。
繰り返されるたびに速く、致命的な威力に変化していく攻撃に、やがてレイダンの防御と脱出の選択肢を加速度的に削っていく。
この攻防が約1分ほど続いた頃。
切断された体が再生の触手をウネウネと伸ばすが、突如ピタリと動きを止めて崩壊を見せる。
それはレイダンの脳が、全身の細胞の一つ一つが、魂が異形の王に恐怖して自身の復活を拒否した事を意味した。
つまるところ、神の為に戦う天使が悪意に負け、それから与えられた死を受け容れることに他ならない。
『・・・・・・』
薄れ行く意識の中、神の声が聴こえる。
何を言っているかは聞き取れないが幻聴ではない。
『・・・・・・』
「か、神よ。申し訳・・・ございません・・・。わ、私は」
大粒の涙を流し、謝罪する。
だが、神はそんな者ですら優しく胸に抱いてくれるはずだ。
オルレアン王に心で謝罪し、その胸に吸い込まれる様に目を閉じる。
だが、
『・・・・・・ハァ・・・』
大きな呆れと、僅かな怒りのため息に目を開いた。
「か、神。な、なぜッ。ッギァャツぁ!!?」
自身の体から神聖が急速に失われるのを感じる。
まるで風呂場の栓を抜き、水が抜け、排水管に流れ落ちるかの様に、何処かへ勢い良く流れていく。
「イ、イヤだッ! かっ、か、神ッよッ! な、ッぜこんな、こ、んな仕打ちをッォ゙!!」
言葉を紡ぐ事に満ちていた神聖が抜け、そして最後の一滴が・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
「我が王よ、我が祖国の王よ、我がオルレアン王よ。騙されてはいけませぬ。・・・いえ、私と同様にすでに手遅れで御座いましょう。ならばこそどうか、どうか異形の王を倒し、偽りの慈愛の中でお眠り下さい」
かかっていたモヤが薄れ、意識が覚醒する。
最後に残ったのは王への心配と愛。
それと頭上から見下ろすクソったれな神への殺意。
動かせない体の代わりに顔を歪めて睨みつける。
神の手がレイダンの全身を包む。
やがて、グシャリと何かが潰れる音が聴こえた。
ハッと、オルレアン王が目を覚ます。
一瞬か、はたまた数刻か。
大量の土砂から抜け出す。
その回答は火を見るより明らかだった。
「ぁアッ、ぅ、あああぁアアッッッ!!!」
天を突くかと思われた城は完全に崩れ落ち、周囲を囲んでいた城壁や、城下町は平らにならされている。
美しく流れていた河川は血や泥に染まっている。
どこまでも地平線が続く。
おそらく、わざと生かされた無辜の民達が悲鳴をあげ、小型の異形から逃げている姿を見る。
1人年増の女が捕まり、足から咀嚼されている。
それを見た娘と思われる女が無謀にも石を持って突撃する。
不快な虫を払うように、体が弾け飛ぶ。
ひき肉になった娘を見て発狂して笑う年増の女。そしてそれを見て嗤う異形。
ゲラゲラ。
ゲラゲラ。
何が可笑しいクソッカスどもが。
「神よ・・・。もっと力を寄越せ」
祈りではなく、命令。
オルレアン王の耳に神が僅かに息を呑む声が聞こえた。
神聖が濁流が如く流れ込み、力が増していくのを感じる。
人間の肉体が耐え切れぬほどの神聖がオルレアン王の姿を権天使へと変える。
大きかった羽が縮小し、薄ピンクに染め上げられる。
天使の輪が大中小の3つに増え、時々カチンとぶつかる音がする。
大剣に変化した神剣を顔の前に持ち上げる。
偉大な王の衣服は戦闘でボロボロにも関わらず、光を感じる。
ふいに王が喀血。
袖で口を拭うも、垂れる血は止まらない。
おおよそ人間の体に降ろせる神聖の値が許容量を超えているのだろう。
キラリと炎に反射して光るアーマーを見る。
胸に光る守護盾の紋章。
盾の中心部に光るサファイアの光りは騎士団団長のみが付けることが出来るものだ。
肉体は見当たらない。
おそらく、死んでいる。
研ぎ澄まされた感覚が仲間の死を感知する。
そして下唇を噛み、咆哮した。
「ッガ、ァアッあああ、ガあッぁアアアッ!?」
瞬間、自身を中心とする感知の範囲外・・・半径約100km先から、紫色の光線が急接近する。
「ガァッ!!」
大剣で難なく切り伏せる。
二股に切り分かれた光線が遥か後方で着弾。
爆発音を上げる。
その後も繰り返される攻撃を斬り伏せ、時折サークルを展開して弾く。
やがて一際巨大な悪意が感知に引っ掛かる。
それは問うまでもない。
異形の王とオルレアン王の最後の戦いが始まる。




