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4:聖戦の始まり その2

 長い長い豪華絢爛な通路を小走りで進む男がいる。

 呼吸と服を僅かに乱すが、大きな門の前に立つと彼に付き従う女が男の衣服を整えた。


 ガコン、と音を立たせながらフルプレートアーマーを装備した兵が門を開く。

 開いた門から伸びる太陽光に目をしかめながら、目的の人物の元に向かった。


「・・・王っ!」

「良い、話せ。お前たちも剣を下げよ」


 王が言葉をかける前に言葉を発した男・・・イニティの街の騎士団団長であるレイダンだ・・・を咎める様に周りの兵や貴族が腰に携えた剣を抜いた。


 レイダンの顔には焦燥だけが浮かび上がっている。

 現在の状況を考えれば仕方が無いことだとも理解できる。


「王よ、空から・・・いえ、空に浮かぶ神の遺棄地より数え切れぬ程の異形どもが我らの街に襲撃を始めております」

「わかっている。・・・こんな光景を見ればな」


 王が立ち上がり、バルコニーに向かう。

 それに付いて行くと、先程目をしかめた太陽が・・・いや、太陽光と見紛う光量を纏う炎の巨人が街を破壊している。


 長年イニティの街を眺めてきたせいで、なんとなくだが距離感は分かると王が言う。


「あと1時間もすればここも焼滅するだろうな」


 頬を伝う汗は恐怖か、それとも熱量のせいか。

 もはやどうでも良いとさえ思うが、それでも騎士団団長として責務を果たさないといけない。


「まだ諦めるべき時ではありません。どうか、我らにご指示を」

「指示? あれを見てどうにか出来るのか?」

「・・・いえ、ですが我ら騎士団はこの街の守護者です」

「だからなんだ? 貴様らの死に場所を用意しろと? 何もせず死んでいった惰弱な騎士団と後世に誹りを受けたくないだけだろう」


 以前の王を知っているレイダンからすれば、異形どもの襲撃から少し時間ですっかりと老け込んでしまった王を見て心を痛める。


「王ッ! その様なことを言っている場合では無いのですッッッ!!! 今ッ! この街の民が死んでいるッ! その時に我々は」

「もう良い」

「は?」

「好きにせよ。逃げるなり、戦うなり。家族と過ごすなり好きにせよ。・・・もう、どうでもよい」


 弱気な王を諭そうと声を荒げている途中、王が口を挟む。

 だがそれは自分が待ち望んだ言葉とは真逆の言葉だった。


「~~ッ!!? 貴方がッ! 私にその様な言葉を私に掛けるのかッ?!」


 思わず胸ぐらを掴む。

 そして驚愕する。

 軽かったからだ。

 軽い、とても。

 この男はこんなに軽かったか?

 こんなに小さかっただろうかと疑問が浮かぶ。


 顔を見る。

 そこにあるのは年とともに薄くなった頭髪と、深く刻み込まれた皺を持つ、王らしくある為の衣服を着ただけの老人だった。


 次に自分の手と腕を見た。

 かつてははち切れんばかりの筋肉とクッキリと浮かび上がった血管がトレードマークだった自分の腕はもはや、枯れ枝の様に細くなっていて、剣を振り続けたせいでタコだらけになった手も、いつの間にか無くなっていた。


「・・・かつて貴方が言ってくださった言葉を覚えておりますか?」

「・・・・・・」

「私とお前でこの国を世界で一番大きな国にするぞ、と」

「・・・・・・」

「・・・私が剣でお前が盾。王がこの国を大きくする為に剣を取り、騎士がこの国を守る」

「・・・・・・互いが互いの役目を全うすれば、それすなわち国力となろう、か。なつかしいな」


 レイダンが涙を流す。

 王は、いやレイダンの友はかつての言葉に思いを馳せ、微笑む。


「そうだったな。ああ、そうだった」


 王が改めて城下町を望む。

 目に映るのは異形どもの狂喜乱舞。

 だが、その先に映るのはレイダンと共に駆けた青春だった。

 辛く、苦しい時の方が多い人生だったがそれでもここまでこれたのは共に歩んでくれる友のお陰に他ならない。


 王が決意に拳を握る。

 そこに弱々しさはもはや感じない。


「皆のものッ! すまなかった。そして顔を上げよッ!!」


 王が自分の状態に意気消沈していた配下たちに頭を下げ、次に声を上げる。


「安心しろ。この国には私と騎士団がいる」


 不敵に笑い、剣を掲げる。

 それに同調し、レイダンも掲げた。

 周りの配下たちも従い、全員が闘いの意志を固めた事を確認した王が口を開く。


「異形どもを皆殺しだッ!!」





 王城に迫る炎の巨人を筆頭に、後方から続々と他の異形がガラス化した大地を進む。

 炎の巨人の熱に仲間が炭化しない様に、宙を泳ぐ魚型の異形が水のベールを仲間に付与している。

 膨大な熱量にベールの蒸発と付与が交互に繰り返されているせいで、水蒸気の量が尋常では無い。

 人間の炭化の黒煙と水蒸気の白煙が混ざり、溶け合う。

 生と死の境が煙の色となって分かれる景色のなか、着々と戦闘準備を進める騎士団の姿があった。


「団長ッ!! 5分後に準備が完了しますッ!」


 滝汗を流しながら敬礼をする三十路を超えるであろう女が言う。

 使い込まれた鎧は女だからと舐めた態度を取らせない威圧感があった。


「ご苦労、副官」


 焼け野原となった大地でレイダンが感謝を告げる。

 もはや張る天幕や備品は存在しない。

 腰掛ける余裕も無いなかせめてもと軽口を叩く。


「ところで、先ほどは恥ずかしい所を見せてしまったな」

「? あっ。あはは。いえ・・・仕方ありません」

「・・・そうだな。そうに違いない」


 王城に付いて来てくれた副官には王と喧嘩をする失態を見られてしまっている。

 それに遅れながら、またこんな状況にあるにも関わらず恥ずかしさを感じてしまっている。


「リラックスしているじゃないか」

「王」


 かしづく2人に手を上げながら、ニヤニヤと笑っていた。


「実は私も意外なほどにリラックスしている。とても怖い。だが、何故かわかるか」

「さて、何故でしょうね」

「私が今までで一番怖かったのは父上に怒られた時だ。まだこの国と私たちが小さかった頃、城を2人で抜け出し、誘拐されかけた事があっただろう?」

「ああ、ありましたね。当時の騎士団の団長だった私の父が偶々現場に居合わせて助けてくれましたね」

「そうだ。そしてお前は父親に顔がパンパンに腫れるほど殴られ、私は教育と称して1カ月ネズミが居を構える独房に押し込まれた」

「あれは怖かったなぁ」

「その時の恐怖に比べればこんなのなんともないな」

「ええ」


 膨大な熱量が周囲を焼く世界の中で、レイダンと王が汗を少しかくだけで済むのは水神のおかげだろう。

 男神は女に加護を与え、女神は男に加護を与える。

 一般的に男神の加護が女神より弱いのは、女神が自分以外の女に愛を注ぐことに嫉妬しているせいだとも言われている。

 そのせいで男のレイダンと女の副官では汗をかく量が全く違うし、体力の消耗の差も大きい。

 これは他の神にも言えることで、騎士団に女性兵士が彼女だけなのはそれが理由とも言える。


「戦場は男のものとは良く言ったものだが、それでも副官、貴様には良く働いてもらった。感謝する」

「いえ、我ら騎士団一同、団長と共に死ねて本望であります。あ、違った。王の為に死ねて本望であります!!」

「遅い遅い、ははは」


 副官のボケに王がツッコんで全員が笑う。

 やはりとてもリラックスできている。

 レイダンはそう思う。


 過去の父親のトラウマが原因で、今恐怖が鈍くなっている。

 そう王と笑いあった。


 だが、もう1つ思うこともあった。


 神が排斥した異形どもと戦うことは、すなわち神兵として戦い、死することであると。

 女神が耳元で甘く囁く。


『頑張りなさい』と。


 その甘く香る柔らかな表情が恐怖を霧散させる。

 その瑞々しく妖艶な肢体が己の体を抱きしめる。


 母だ。


 女は母で、男は父だ。


 小さな子供が両親に慰められ、恐怖に立ち向かう。

 そんな光景が浮かんだ。

 横を見ると王も笑っている。

 副官も、他の騎士達も。


 もう一切の恐怖は無かった。









「グゥ゙オォオオオォオオオオオオッッ!!!」


 異形・・・炎の巨人が雄叫びを上げる。

 それだけで人間の鼓膜が破れ、脳が挽肉に変化する。

 しかし。


「神ノ力カッ!!!」


 事切れたかの様に倒れる人間を炎の息吹で燃やし尽くしたと思えば、ギュルギュルと肉体が再生していく。

 燃やしても燃やしても意味を成さない。


 ならばと仲間の異形をけしかけても破邪の光を放つ剣に切断される。


「邪魔ヲスルナ!!!」


 体の死角から首めがけて接近してきた神兵を豪腕で弾き飛ばし、ある場所を睨む。

 神兵が円を描くように守りの陣を展開する中心に居る老人。

 あれがこの神兵達の王だと判断する。


蒼炎ノ群体(メテオ・ラ)!!!」


 炎の巨人が叫び、両手で握り締める戦斧の柄を地面にカァァンと叩きつける。


 心地良い響きとは真逆に、小さな振動が大きなものに変化を始める。

 地震かと思う間もなく、その魔法が真の正体を姿を見せた。


 ユラユラと体に纏う蒼い炎を燃やす、炎の群体。

 生物の姿を成さない、ただの蒼い炎の塊。


「行ケ」


 その言葉に群体が触手の様な炎を高速で射出。

 超反応で対応した神兵数人が盾で防御を試みるも、空気に触れるが如く勢いで融解、そして焼滅。

 スピードが落ちる気配を見せないまま、神兵の王の元に触手が死を穿つかと思われた。


「これは危ない」

「ガアァァアッッ!!!」


 しかし王の周辺に金色の燐光を放つサークルが触手の攻撃を受け止めいていた。

 緩やかに回転するサークルは連続で攻撃を行う触手を受け止め続ける。

 その度にパリンと音が鳴り、燐光が砕け散る。


 人間には不可能な芸当に炎の巨人が声にならない叫びを上げ、他の巨人と異形と共に進撃を開始する。


「神ダッ!! 神ガソコ二居ルッ!!! ソノ男ノ体ノナカニッッ!!」 

「殺セッ!!」

「誰デモイイッ!! 今スグ殺シ、我ラガ王ノモト死体ヲ捧ゲロッ!!!!」


 怨嗟の声が戦場を支配する。

 熱量のボルテージが更に上がる。

 神兵たちの神の加護による肉体再生すら凌駕し、肉体を炭化させていく。


 炎の巨人と蒼炎の群体が戦場を焼き尽くさんと猛攻を始める。


 その時だった。

 一際眩い破邪の光を放つ剣を握る男、レイダンが一体の巨人の首を切断した。

 何が起こったのか異形達は理解ができなかった。

 しかし、己等の仲間が殺された事は理解が出来た。


 異形全員の殺意がレイダンに向かう。


 それに対しレイダンは空を駆ける鳥型の異形が鋭く尖った嘴での突進を正面から一刀両断で反撃。

 異形の死体で死角になった左右から魚型の異形の音速水鉄砲には、剣を使い反射させ、魚を爆散させた。

 足元から忍び寄ったミミズ型の異形がレイダンの足を絡め取り、生前土葬をお見舞いし、僅かな沈黙が場を満たす。

 それもほんの一瞬で、突如異形の血が間欠泉よろしく地中から噴き出した。

 やがて血の噴出が収まった頃、レイダンが地中から姿を現した。


「ァアァァッ!!! マタダッ!! マタ神ノ力ノセイデ敗レルワケニハイカヌッ!!!」


 四方から怒りに目を染める炎の巨人が戦斧での攻撃でレイダンを街ごと割断しようと振りかぶる。

 戦斧が直撃する直前。

 炎の巨人達の動きがピタリと止まった。


 そしてブルブルと体を震わせたかと思うと、その巨体が輪切りに崩れ落ちた。


「助太刀感謝致します」

「なに、君が盾で私が剣・・・―」



 ―相応の役目だよ。



 そう言ってイニティの街を治める男、オルレアン王が不適に笑った。









 ギリギリと拳を握り締め、額に血管を浮かび上がらせる異形が10匹と、冷や汗を流す女が1人。


「んぎぃやぁァッ!!」

「また神かッ!! どこまでもしつこい奴らだッ!」

「・・・・・・」


 などなど。

 怒りに頭を掻きむしる者もいれば、怒りに声を震わせる者も、心の奥底で静かに今後の対応を考える者もいた。


 そんな中、この状況に耐えられないのか目を泳がせる女が1人いた。

 この異形達を統べる王だ。


「ど、どーしよう」


 その言葉は誰の耳にも届かなかった。

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