1:リセマラされた王様
何でこんな事になったんだ。
目の前に広がる光景に、理解不能の文字だけが浮かぶ。
目の前には上半身がグチャグチャに喰い荒らされた巨人の死体。
その奥には、崩壊した城と綺麗な湖、眼下に見える地平線。
緑豊かで綺麗だねって、んな悠長に感想を言える状態じゃねぇんだよ。
クソったれ。意味が分からん。
それに両脇に立つ異形共が、何故かウキウキ顔なのもクソだ。
いや、ウキウキなんだろうか。
特に6つの胸を持つババアのニヤけ面に腹が立つ。
ため息を1つ。
大分冷静になった頭で少し前の出来事を思い出す。
ああ、本当に何でこんな事になったんだ。
空と宇宙の境目に、巨大な島が1つ浮かんでいる。
直径数百kmは優にある、超巨大な島だ。
木々が生い茂り、多種多様な生物が生活を営む。
ここだけで生態系が完結している不思議な場所だ。
その島の最北端。
澄み渡った三日月状の湖畔のすぐ真横に大きな城が建っていて、眼下には人々が住まう国が微かに見える。
その内部、非常に広い玉座の間に10匹の異形が並んでいる。
彼等の視線の先には巨大な卵がある。
「もうすぐかの?」
「ええ」
「楽しみじゃの〜ッ」
「とても」
ピンクドレスを着た巨大なタコが、低い声で訪ねる。
ウネウネとタコ足を忙しなく動かしていて、落ち着きの無さを感じさせた。所々にリボンを着けているのはオシャレだろうか。
真横に立つ、キャプリン帽子を目深に被った身長30cm程の女は口数少なく頷く。背中にハエの羽が生えている。
僅かに除く朱色の口紅は顔面の端から端まで伸びていて、口の中には無数の生物がうごめいていた。
2人の会話を睨む者が1匹。
身長3mを超える全身白のスーツ男。
だが顔も手も足も、見える範囲は白のスーツを除けば全て真っ黒で顔面には目や鼻と言った凹凸が何一つとしてない。
「少し黙れ。王の御前だぞ」
「あはは・・・ま、まあ良いではないか。カラスよ。めでたい日じゃし。そう思わんか? バゥルよ」
「そうなれば良い」
「・・・クトルー。2度は言わんぞ。バゥルもだ」
「う、うむ」
「分かった」
クトルーと呼ばれたタコは冷や汗を流し、バゥルと呼ばれたハエ女は無表情のまま頷いた。
クスクスと周りの異形達が笑い声を上げるが、カラス
と呼ばれた白スーツが今度は全員を睨みつける。
すると、同じ様な反応が返ってきて静かになる。
そのまま少し時間が流れた。
太陽の神が眠気にアクビをして、月の神が目覚めの伸びをし始めた頃。
やがて薄暗い世界が城を包み込み、月光がステンドガラスを透過する。
鮮やかな輝きが目を奪う。
その時だった。
ピシリ、と。
静寂にヒビを入れる。
列を成す異形達が目を見開く。
そして。
まず、腕が伸びてきた。
卵の中の液体に濡れた腕だ。
白く、細く、長い。
次に顔だ。
白色の濡れた髪を頬に張り付ける、美女だ。
青い瞳が右に左に動き、高い鼻がほりの深さを強調する。
頭部に大きな巻き角が生えている。
そして、大きな胸、くびれた腰、長い足が卵から産まれた。
一瞬の沈黙の後、ハッとした様子でカラスが手を叩く。
カラスの足元の影から出現したメイド達が美女の体を整えていく。メイドも見える範囲が真っ黒のカオナシだ。
濡れた髪を乾かし、体を拭き上げる。
胸元が大きく開いた黒のドレスを着せ、金色のネックレスを首にかける。
メイクをして、髪を整え、最後に高いヒールを履かせて完成だ。
「王よ、お待ちしておりました」
カラスが声を震わせながら頭を下げる。
他の異形達は値踏みする様に目を向け、声を揃えて全員が口にする。
「そして世界に救済を」
まず、ゲームの世界にでも入り込んだのかと思った。
次に夢かと思い、そして異世界転生したのだと何となく理解した。
自分の名前は何だったかな?
目の前には10匹の異形達。
それぞれが人のカタチに似ている箇所はあるが、治まらない鳥肌が違う生物であると警告した。
試しに挨拶代わりに手を上げる。
すると、全員が膝をついて頭を垂れる。
おや、何故そんな事を。
そう、思う間もなく、白スーツの足元から出現したメイドに着替えさせられる。
美容室に行った時に思うのだれけど、やっぱり人の手で髪を乾かしてもらうのって気持ちが良いね。最高、楽だし。
「王よ、お待ちしておりました」
白スーツがそう言った。
おう、オウ、OH?
王か?
ん、王? 誰が、俺が?
後ろに振り返るが自分以外に誰もいない。
めっちゃ広い部屋だね、豪華だし。
そして異形達が口にした言葉。
「そして、世界に救済を」
え、俺が?
だけどその前に聞きたいことがある。
「お前達は誰だ」
「私達は王を時に守護し、時に戦う者です」
カラスが頭を下げたまま答える。
すんなりと頭に入ってきて納得する。
それはすでに知っている気がする。
「・・・そうか、頭を上げろ」
真っ黒のカラスが微笑んだ・・・と思う、俺主観だけど。雰囲気が柔らかくなったもの。
「ところで、そのドレスをどう思われますか? 実は私が飼っているメイドが作った物なのですが。お気に召されましたでしょうか」
「ん、ドレス?」
メイドが小走りで鏡を持ってくる。
男の俺がドレス?
そう思いながら鏡を見る。
おや、知らない人が写ってるね。
身長180cm強(ヒール含む)の美女だ。
左の側頭部に1本だけ生えた、巻き角が素晴らしい。最近の若者に流行りのアクセサリーなのかな?
ほうほう、それにしても美しい顔だ。
それと胸がデカいな。とてもデカい。
細いくびれを見るに、デブ巨乳ではなさそうだ。
パケ写詐欺で何度涙を飲んだことか。
ははは、と腹を抱えて笑う。
鏡に写る女も笑う。
真似すんじゃねぇよ。
「これ、俺か?」
顔に手を当てる。
伝わる感触は自分の顔だとハッキリと告げている。
おそるおそる目線を下げる。
下半身に。
そう、アレ。
男のシンボル。
今気づいたが、ぶら下がっているアレの重さが感じられない。
試しに腰をブラブラと振ってみる。
「ない」
「は? 何がでしょうか」
「ないッ」
腰を振っても、股を触っても、ツルツルの感触だけが肌に伝わる。
くそっ! 俺の相棒がッ!
頭を抱え、悶えてみても意味はない。
「バゥルよ、今回の王はちと頭がオカシイようだが、大丈夫かのう?」
「知らない」
王が暴れている中、クトルーとバゥルがコソコソと耳打ちをする。
「もしダメなら、また殺せば良いだけの話だ」
そう口にしたのは、身長10mはある巨人だった。
クトルーのタコ足を絡ませて遊び始めた。
「やめんか、トロル」
「悪い悪い。だが、そうだろう? カラス」
体の表面に脂肪、内面に筋肉を宿したトロルが下品に笑いながら聞く。腰布しか纏っておらず、所々苔が生えていて不潔だ。
「・・・そうだな。・・・トロル、ついでだ。今回の試しはお前に任せるとしよう」
「本当か? はははやったぜ」
そう言って、トロルが王の前に歩を進める。
まだシンボルを探している。
「王様よぉ、ちょっといいかい?」
「待てッ! 今それどころじゃないんだッ! ないッ! そうだお前も探ッ?!」
王の言葉は途中で遮られた。
大気を震わせる威力のパンチによって。
しかし、後方に大きく跳躍、回避。
数十mを一足で飛んだ事実より、トロルが自分を殺そうとしていた事実に汗を流した。
「な、なにすんだッ。クソ豚がッ!」
「ははは、これぐらいはかわしてくれないとな。まだ行くぞ」
トロルが足に力を込める。
床を爆砕しながら真上に跳躍。
立ち昇った粉塵と石材を手に纏わせる。
キラリ、と。
砕けた石材が光り、カタチを帯びてある物に形成されていく。
「『石造りの武器庫』ッ!!」
叫びながら、石で出来たハンマーが振り下ろした。
非常に巨大なハンマーに直撃すればタダではすまない。
破砕音と共に、また立ち昇る石材。
王も身体能力に身を任せ、回避に専念するが相手の敏捷性も半端ではない。あの巨体を体操選手さながら自然に操っている。
今の所無傷だが、恐怖による体力の消耗が尋常ではない。
大量に汗をかく。
「ど、どうすりゃいいんだッ!」
攻撃しようにも、自分の細腕では決定打にはならない。リーチも違いすぎる。
「おいおいッ! 逃げてばっかりかッ? ・・・弱い王様は殺処分だッ!」
背中に冷たい感触。
壁際に追い詰められたらしい。
恐怖で上手く息が出来ない。
緊張で視界が狭くなる。
「終わりだ」
トロルがハンマーを上段から振り下ろす。
死を予感した。
「終わってッ! たまるかッ!」
だが、あえて前に飛び出し、トロルの股下を潜る。
酷い股の臭いを浴びながら、突破に成功した。
そして、未だ高く立ち昇る煙と石材で身を隠す事にする。すぐに逃げなければいけない。
「お前、やっぱ頭悪いだろ」
「は? ・・・ッァ゙あッ?!!」
直後。
地面から生えた石の槍が両足を貫いた。
痛みに絶叫を上げる。
どうにか引き抜こうとしたが、槍がカタチを変えて鞭に変化、そのまま下半身を緊縛する。これでは動けない。
「・・・じゃあな、次の王様に期待だな」
そして、ハンマーの薙ぎが体を襲う。
音を置き去りにした一撃で骨がいくつも砕け、吹き飛んだ。
地面をバウンドしたお陰で、なんとか意識は保たれた。
「ぅあ・・・はは、この・・・体・・・丈夫だな」
意識を繋ぎ止める為に口を開く。
ポロリと歯が抜け、血溜まりに落ちる。
遠くではトロルが「普通に潰せばよかった、面倒クセェ」と口にしている。
「くそ。ほんと、意味・・・わかんねぇ」
それを見て思う。
「ふざ・・・ッけんじゃねぇ」
激しい憎悪に瞳が燃える。
何が面倒臭いだ。
王様だって持ち上げて、次には世界を救え? 意味が分からんッ!
そんで?! 今度は殺そうとして来やがるッ。
何なんだこいつ等は。
最後に一発でも食らわせてやろうと、体に喝を入れる。
ブルブルと体が悲鳴を上げる。
そして気付く。
この悲鳴は骨が折れているからではない、高速で再生しているからだ。
「な、ん・・・だ。コレ。ンぎぃあァ゙ッ?!」
脳と体が沸騰する感覚を覚えると同時に、虚脱感も覚える。
だが何故かそれが心地良い。
今なら何でも出来そうだ。
「最っ高」
「これは」
少し離れた場所のカラスが驚きの声を上げる。
久しく感じなかった感覚に周囲の異形達も似た反応を上げる。
「カラスよ」
「ああ、懐かしい。命が消える感覚だ」
椅子に腰掛ける胸が6つある老婆に相槌をうつ。
懐かしい物を思い出して、無いはずの目を細める。
「あの娘はお前さんが・・・我々が望む王になるじゃろうか?」
「・・・なるさ、私の直感がそう告げている」
「ふひひ、お前さんの直感は当たるからの〜。期待させてもらうじょ〜」
期待に胸を膨らませ、声を弾ませるカラスを見て、面白い物を見たと老婆は笑った。
「なんだ、こりゃ」
トロルもカラスたち同様に虚脱感に混乱する。
手に力が入らず、思わずハンマーを落としてしまった。
「テメェッ!! 何を・・・した・・・・・・」
しかし言葉は続かなかった。
なぜなら。
トロルの目にはある化け物が写っていたからだ。
激しい憎悪に身を任せると、全身の痛みと虚脱感に襲われた。
そして万能感に酔いしれ、口からヨダレを垂らす。
「身を委ねろ・・・」
頭の中に、女の声が反響する。
聞いたことの無い声だ。
だけど、何故かしっくり来る声音だった。
「『命の使い方』」
自然と口に出た言葉。
意味は分からない。
手を上げ、ナニカを掴む様に手を力強く握りしめる。
パリン、と軽い音が黒い光を伴い砕けた。
自分の命が・・・漏れ出し、飛び散った血液がカタチを帯び、両腕両足に纏わりつく。
そして、周りの異形達の命を吸い取って禍々しさを増大させる。
王の姿が変わっていく。
細腕と長い足は血液で出来た赤黒い骨が幾層にも重なり肥大化して、黒く長い尖った爪がギラギラと月光を反射している。まばらに生えた毛が気色悪い。
腰まで合った銀髪は、足首まで伸びていて狼のタテガミの様に逆だっていた。
何より印象的なのは、青かった瞳が金色に変色していところだ。
顔と胴体の美しさはそのまま、手足とのアンバランス加減に恐怖を覚える。
トロルは得体の知れない恐怖に体を震わせる。
「ははッ・・・俺が・・・ビビってるだと。こっちがふざけろッ!!」
咆哮、そして突進。
大きな口を限界まで開き、乱杭歯を剥き出しにして叫ぶ。
石材を足で砕きながら走る。
飛び散った石材を瞬時に2mはある棍棒に変化させ、投擲。
音を置き去りにしながら、投げられた棍棒が命を狙う。
だが。
四足獣の様に腰を落とした王の姿がかき消える。
遅れて着弾、衝撃波を起こす。
顔をキョロキョロと動かすが気配すらない。
逃げたのか、トロルがそう思った時だった。
「ッ!? ぅッ、おらァッツ!!?」
首元に死神の鎌を幻視した。
腕を後方に振り切った。
バキバキバキ、と骨が砕ける音。
王のガードした腕の骨が砕ける。
チャンスと判断。
拳に石のグローブをハメて乱打を繰り出す。
嵐と見間違うほどの威力の破壊が続く。
「はッ、は・・・は」
だが、どれだけ骨を砕いても瞬時に再生、更に硬質化がトロルの息を荒くさせた。
「なんッ、何だお前はッ?!!」
叫びと共に両手を組み、振り下ろす。
渾身の一撃が王もろとも玉座の間を破壊する。
その余波で城が崩壊を始めた。
地面が割れ、投げ出される。
空中に漂う僅かな時間。
確かにトロルは見た。
狂笑を浮かべ、自分を喰い殺す悪魔を。
「大当たりだ」
「そうじゃの〜、今回は良い王が産まれてくれた」
城が崩壊していく様を、遠く離れた山頂から見下ろすカラス達。
その中心から放たれるドス黒い悪意に、自分達の望む王が産まれたのだと確信する。
「これで世界を救える」
脳裏にはある女が笑っていた。