【Case:19 感染】3
「それでもプロポーズできなかったんだね」
「そうみたいだな。昨日の夜中にやけ酒に付き合わされた」
翌日の月曜日、事務所の給湯室で俐玖は脩から拓夢と芹香の顛末の報告を受けていた。夕方には分かれたのだが、拓夢は芹香に何も言えなかったらしい。
拓夢のこれまでの挙動不審は、芹香にプロポーズしようとタイミングを計っていたせいだと思われた。先輩に付き合わされている脩の話も総合すると、そうとしか思えなかった。芹香と拓夢の両側から情報を得ている俐玖と脩にはわかり切ったことだったのだが、なぜか二人は珍しくこじれている。二人とも、察しのいい人間なのに。
「……経験上、首を突っ込むと面倒くさくなる」
「同感。もう巻き込まれてるけどね」
というか、俐玖に間を取り持てるような能力はない。愚痴くらいは聞くが成り行きに任せることにした。なんだかんだ、しっかり者のカップルだ。どうにかなる。多分。
「俐玖には押した方がいいな」
「何が?」
「いや、こちらの話だ。ちなみにサプライズは?」
「怒る」
「そんな気がした」
プレゼントくらいなら怒らないが、プロポーズをサプライズでされたら怒る。こちらにも人生設計と言うものがあるのだ。大した計画ではないけど。
水を汲んだポットを持とうとすると、横から脩がそれを持った。彼はマグカップを洗いに来ていた。
「あっ、俐玖さん!」
事務所に戻った瞬間、麻美が声をかけてきた。スマホを手に持っているのを見てなんとなく予感がする。
「今、スマホが鳴ったんですけど、設定した覚えのない音で、しかも今、サイレントモードなんですよ! なのに鳴って、でも履歴がなくて!」
興奮してまくし立てるように麻美が話す。思わず、俐玖は脩と顔を見合わせた。どこかで聞いた話だ。
「……とりあえず、ポットを置いてくる」
「そうだね……」
脩はポットを持ったままだった。そちらは任せて、俐玖は麻美の話を聞くことにする。
「突然、突然ですよ! なんだと思いますか? 乗っ取り?」
芹香と同じ結論に達している。俐玖は「どうかな」と言いつつ尋ねた。
「鳴ったのは麻美のスマホだけ?」
「はい」
「ふうん……」
麻美のスマホを借りてデータを確認する。確かに変なアプリなどは入っていない。
「どんな音だった?」
「えっ、音?」
「その設定した覚えのない音。どういう感じの音? 音楽?」
「音楽ではないです……えっと、鳥とか虫の鳴き声に近い……? 気がします」
さすがに覚えていないか。芹香たちのスマホにかかってきた音と同じか確認したかったのだが、実際に聞いたわけではないので判断がつかない。
ここで脩が戻ってきた。スマホのチェックを彼に任せる。機材があるので、それにつなげてチェックするようだ。まあ、何も出ない。
「じゃ、じゃあ……?」
「怪異が感染してるのかな。麻美、似たような事例を調べてみて」
「は、はい」
俐玖が落ち着いた口調で言うと、麻美がうなずいた。落ち着き払っている俐玖につられたらしく、テンションが急激に下がっている。
「他に着信履歴がないのに着信した人、います?」
はい、と手を挙げたのは、意外にも鹿野だった。寡黙な彼は自己主張が少なすぎる。
「拓夢さんや音無さんと同じやつか?」
「おそらく……私や脩のところにはかかってこなかったけど、たぶん私たちも拓夢や芹香と同じ条件を満たしていると思うんだよね」
「……なるほど?」
その条件とはなんだ、と言わんばかりに脩が首を傾げた。言ったのは俐玖だが、それは俐玖にもわからない。
「俐玖さん、出ました」
少し落ち着いた麻美が自分のパソコンを示す。脩と、それから自分も被害にあった鹿野がのぞき込んだ。
「いくつかあるね」
全体的に三十代以下の比較的若い人が多い。単純に、SNSに投稿するような人が若い世代だからかもしれないが。
「突然スマホ鳴った。知らない音で怖い」
「今スマホ鳴ったけど、履歴ないんだけど」
「スマホ鳴った気がしたんだけどなぁ。通知もないや」
などなど、突然スマホが鳴り、しかも設定した覚えのないサウンドで、しかも何の履歴も残っていない……画面を確認できた人は電話番号も出ていない謎の電話がかかってきた、という。芹香や拓夢、それに麻美と一緒だ。
「麻美、昨日おとといは何してた?」
「な、何って!?」
「えっ」
ものすごく動揺されて俐玖がたじろいだ。芹香と拓夢との共通点を探したかっただけなのだが。ちなみに、この二人は少なくとも昨日一日は俐玖や脩と一緒に行動している。
「ああ、デート?」
脩がまっすぐに尋ねた。からかっている様子などなく、邪気なさげだ。こういうところがすごいと思う。
そう言えば、麻美に彼氏に浮気されて別れた、と泣きつかれたのももう一年以上前の話だ。彼氏の一人や二人、できていてもおかしくない。
「そ、そうですよっ! これ以上話せと言われたら、俐玖さんと向坂さんの惚気話も暴露してもらいます!」
「別にそんなことは聞いていない。彼氏といちゃついてたのはわかったけど、どこかに出かけた?」
「俐玖、さすがにマイペース過ぎるぞ。情緒をどこに置いてきた」
「脩が拾ってくればいいんじゃないかな」
淡々と俐玖が脩に返していると、「目の前で惚気ないでくださいよ」と麻美がむくれた。さっきは話せと言ったのに、どっちだ。
「鹿野さんは何してました?」
麻美が簡単に口を割らないと思ったので、鹿野に尋ねた。鹿野も俐玖と同じくらい淡々と「妹と映画を見に行っていた」と言った。
「ちなみに、どの映画館で何を見ました?」
突っ込んで尋ねると、俐玖たちとは違う映画館だったが、見た映画は同じだった。すると、麻美も「その映画、あたしも見ました」と言う。
「恋人と?」
「そうですよ!」
珍しく俐玖がからかうように尋ねると、麻美はやけっぱちで肯定した。ちなみに、麻美も見た映画は同じだが、映画館は別だ。
「これは……映画のせいか?」
ここまで共通点がそろうと、そう思ってしまう。脩が俐玖の方を見て尋ねた。俐玖は「うーん」とうなる。
「幸島さん、どう思います?」
「俺に聞かれてもねぇ」
単純に席が隣で、在席していたから尋ねたのだが。口ではそう言いつつ、幸島は答えてくれた。
「映画のせい、とは言い切れないんじゃないか? 公開して間もないやつだし、見てるやつはもっといるだろ。それにしてはSNSへの投稿が少ない」
怪異が怪異なので、気づいていないだけ、と言う可能性も高い。麻美はたまたま気づいたが、仕事中だったりトイレや風呂に入っていてスマホを見ていなかったりしたら気づかないかもしれない。
だが、幸島の言うことも一理ある。ネットで観客動員数を確認する限り、もっと被害報告があってもおかしくない。なら、映画を見ただけでは引き金にならない。
「……合わせて、何かきっかけがいると言うことですか」
「かもしれない、と言う話」
「あ、じゃあ、カップルで見に行ったとか」
麻美が手を挙げて言った。鹿野が「俺は妹と見に行った」と冷静に返す。麻美がはっとし、「じゃあ、男女二人組とか」と言う。
「俺たちは四人で行ったな。まあ、カップルが二組だが」
なので人数は関係ないのだろう。鹿野が妹と見に行っていることを考えると、男女が同数であることが条件なのだろうか。
「ていうか、俐玖さんと向坂さんはスマホ、鳴らなかったんですか」
「俺はそういうのの影響を受けないからな」
麻美の問いに、脩が苦笑して答える。
「……私も鳴らなかったけど、これは脩の影響を受けていると言うより、男女の組み合わせで、一方が受け付けなかったからもう一方も受け付けなかった、と言う可能性があるのか」
「妹に聞いてみるか?」
「お願いします。麻美も彼氏さんに聞いてみて」
察しの良い鹿野が妹に連絡してくれる。麻美も少し渋ったが、連絡してくれることになった。仕事中と思われるので、返事待ちだ。
「じゃあ、あたしは怪異に遭ったと思われる人に同行者がいたか調べます……」
「お願い」
俐玖も類似事例を探す。ついでに見た映画についても洗ってみる。普通のアクション込みの恋愛映画だった。いや、俐玖も見たから知っているが。確かに未知のウイルスが~、という話ではあったが……。
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