【Case:19 感染】2
結論から言うと、あった。俐玖も休日は可愛らしい系の服を着ていることもある。普段から芹香は俐玖のオフィスカジュアルな服を借りていったりするが、今回は白に黒の花模様のワンピースを着ている。俐玖が着るとミモレ丈だが、芹香が着るとマキシ丈だ。
芹香が甘めなので、俐玖は水色のマーメイドラインのスカートを選んだ。パンツスタイルでもよかったが、芹香から待ったがかかった。
「芹香との釣り合いを考えると、パンツの方がいいと思うんだよね」
「私もかっこよくて好きだけど、向坂君が泣くよ」
拓夢をからかうだけなら俐玖はパンツスタイルで行けばいいが、芹香の中ではダブルデートなのでなしなのだそうだ。いや、パンツスタイルでデートがダメなわけではない、と言われた。ダメだと言われても、すでに何度か行っているので遅い。
と言うわけで、俐玖はマーメイドラインのスカートにブラウスだ。
「双子コーデでもいいなぁ」
「今日はどっちも私の服だから難しいね」
俐玖は同じ服を何枚も持っているタイプではない。似たような服はあるけど。
待ち合わせたのは市内のショッピングモールだった。体格のいい男二人が映画の看板の前に立っているので、人目を引いている。脩はもちろん、拓夢も精悍な顔立ちの美男子と言えなくはないのだ。
「おはよう」
芹香が拓夢をにらみつつ、俐玖の腕をつかみ後ろに隠れたので、やむなく俐玖が二人にあいさつをした。脩は朝から爽やかに「おはよう」と答えてくれたが、拓夢は地を這うような低い声で「おはよう」と言ってきた。まったく朝にふさわしくない。脩が一緒だったので大丈夫だったようだが、これ、一人でいたら通報されるのではないだろうか。とりあえず。
「私をはさんでにらみ合わないでくれる」
芹香が俐玖の後ろに隠れているので必然的に彼女をはさんでいるのだ。目をすがめた俐玖に向かって、脩から突っ込みが入る。
「俐玖も通報されるから、その顔やめような」
苦笑して優しく言われた。残念ながら、俐玖の顔も迫力があったようだ。普段は比較的日本人寄りの顔をしているはずだが、拓夢と一緒にいると、この二人がカップルだと思われることはよくある。顔立ちの問題らしい。
「私って人相悪い?」
「いや、美人だと思う。整いすぎて真顔だと迫力があるんじゃないか」
むしろこれを言った脩が真顔である。整いすぎていると言うのなら、脩こそ正統派の美男子だ。多分。
「俐玖はかっこよくてかわいいのよ。私、俐玖と付き合おうかしら」
「駄目だ!」
男性二人から異口同音に声が飛んだ。先ほどから衆目を集めているのだが、余計に人目が集まる。足を止めて見ている人もいて、俐玖は脩と拓夢の背中を押した。
「とにかく、移動しよう!」
背中に芹香を引っ付けたまま、俐玖は移動する。三人も衆目を集めていることに気づいたようだ。
「で、どこに行く予定だったの?」
左腕にくっついている芹香に尋ねた。俐玖、脩をはさみ、拓夢が歩いている。
「映画」
「えいが」
俐玖は脩と顔を見合わせた。もう、今日はこの二人に付き合うつもりではあるが。
「何見る?」
「えっとね」
アクション系の洋画だった。シリーズになってるやつ。残念ながら、俐玖は見たことがない。初見さんでも大丈夫だろうか。
ざっくりあらすじを教えてもらい、一緒に見に行くことにした。映画は字幕で、席はさすがに芹香と拓夢を並んで座らせた。だが、芹香の反対側の隣に座った俐玖は、ずっと芹香に手を握られていた。
「ああいう映画を見るといつも思うんだけど」
ショッピングモール内にあるレストランで昼食を取りながら、おもむろに芹香が口を開いた。
「拓夢君と俐玖の方が強いんじゃないかしら」
「それはない」
拓夢も俐玖も同じ意見だった。それはないと思う。たぶん。
「まあ、二人なら三時間もかけずに解決してるな」
「しないしない」
脩もノリよくそんなことを言うので俐玖も拓夢も否定しておく。とりあえず、芹香の機嫌が直ったようで俐玖もほっとした。多分、拓夢が一番ほっとしている。
「俐玖って全編英語でも内容がわかるんだよな」
「そうだね」
母国語は日本語であるが、母語はドイツ語である。当然だが、洋画も字幕がなくても内容がわかる。こういう時いいなと思う。
「いいことばかりではないよ。こっちに来てから英語の授業ってあったけど、逆にわかんないんだよね」
「俺たちが現文わかんないのと似てるよな」
この手の話を何度か聞いている拓夢がそう言った。なんだかんだ、長い付き合いだ。
「……拓夢さんは昔の俐玖を知ってるんですよね……あ、和真君」
脩が拓夢をちょっとうらやましそうな目で見て口を開いたが、すぐにはっとした表情になる。何故ここで和真。
「今かよ。そうだよ。しばらく泣いてたぞ、あいつ」
「そうですか……ちょっと悪いことしたかな」
「いや、お前くらい大人じゃないと成り立たねぇよ」
何の話、と俐玖は聞こうとしたが、その前に芹香に「そっとしときましょ」と向かい側から微笑まれる。気にならないわけではないが、芹香が言うようにあまりつつかない方がいい気もする。
「そう言えば、向坂君は拓夢君の高校生のころを知ってるのね……」
「部活の後輩だったらしいからね」
なので、脩の拓夢への態度はあまり崩れない。刷り込みとは恐ろしい。俐玖はくすくす笑う。
「聞いたら教えてくれると思うよ」
「そうね……代わりに高校時代の俐玖の話をしようかしら」
「やめて……」
芹香と脩なら本当にやりそうで怖い。楽しく会話しそうだ。二人ともコミュ力が高くてうらやましい。
だが、拓夢は芹香の機嫌を取りたいらしく、話せ、と脩に眼力を送っている。怖い。俐玖と脩は顔を見合わせた。拓夢も捨て身過ぎる。
「俐玖、死なばもろともだ」
「ちょっといいこと言ってる風だけど、巻き込まないでよ」
真顔でこいつはなんてことを言うのだ。にらみ合う俐玖に、脩は言った。
「俺も聞きたいな。大丈夫、どんな俐玖でも好きだ」
爽やかに言われた。そういうことではないのだが、まあ仕方がない。息を吐いて恥ずかしさも逃がす。
脩から拓夢の恥ずかしい話を聞いたし、芹香は負けじと俐玖の話をした。二人は楽しそうだ。俐玖の高校時代なんて、面白いことはないと思うのだが。自分で言うのもなんだが、引っ込み思案だったし。
リリリリ、と電話の着信のような音が鳴った。芹香と脩も話を止めたが、みんな、スマホの着信音はこんな音ではない。だが鳴りやまず、おもむろにスマホを見た。
「えっ、あれっ」
芹香が声を上げた。俐玖がのぞき込むと、着信しているが非通知、などの表示も電話番号も出ていない。ざあっと芹香が青くなった。
「俺もだ」
拓夢も顔を引きつらせながら画面を見せてくれた。
「出てみよう」
「お前マジか」
芹香のスマホを受け取る俐玖に、拓夢が目を見開いた。だが、電話に出る前に着信は止まった。ついでに、拓夢のものも止まった。
「なんなの……俐玖と向坂君のところには?」
「俺は何も」
「私も」
俐玖と脩はこの謎の着信がなかった。
「脩はともかく、俐玖もか?」
「なんか……脩と付き合うようになってから、こういうの多いんだよね……」
俐玖、若干遠い目になる。脩の怪異の影響を受けない、という体質は本人にのみ有効なものだと言う結論だったはずだが、俐玖にも影響を与えている。深い仲になったのが原因だろうか。
とはいえ、検証できるようなことではない。疑問は残るし気になるが、ひとまず置いておく。
「ええっと、大丈夫よね? 乗っ取りとかじゃないわよね?」
緊張した面持ちで芹香が尋ねる。脩が許可を得て芹香のスマホを調べる。大学院で学んでいたのは量子力学のはずだから専門分野とは違うはずだが、もうすっかり機械系の担当者だ。
「大丈夫だと思います。ただ、着信履歴もないな……」
「設定した着信音じゃねぇしな。それ以前に、俺はサイレントモードだ」
自分のスマホを確認していた拓夢が言った。彼は常にサイレントモードであるらしい。緊急速報でもない限り、音が鳴るはずがないのだ。
「……明日、出勤してから調べてみる?」
「そうだな……」
調べれば類似事例があるかもしれない。さすがの俐玖も、資料となるものがなければ何もわからない。まあ、ウイルスに感染したわけではないので、普通にスマホは使っても大丈夫だと思う。
「ちなみに、通話に出たらどうなるんだ?」
「王道では精神汚染かな」
「げっ」
「メリーさんみたいなのではなく?」
「それも怖いっ」
脩のメリーさん発言に芹香が震えた。メリーさんは俐玖も怖い。
「怖がってても仕方ないし、楽しいことでもしに行こう」
こうしていても怖いだけだ。どこかに行こう、と俐玖は提案した。三人とも驚いたように俐玖を見た。
「君が言い出すのは珍しいな」
基本的に受け身のことが多い俐玖からの発言に、脩が驚いたように言った。拓夢と芹香もうなずいている。
「妹だってたまには建設的な提案をします」
むっとして言うと、拓夢に「妹キャラの自覚、あったんだな」と言われた。姉か妹かと言われたら、俐玖は妹キャラだ。否定はできない。
会計をしてレストランを出る。そのままウィンドウショッピングになり、芹香に合わせて俐玖はひたすら試着することになった。
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