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【Case:18 雨女】5








 宗志郎の許可が出たので、俐玖たちは来宮家に向かうことにした。来宮家は役所から少し離れた商店街の近くにあるファミリー用のアパートだ。少々入り組んだ道を通らないとたどり着けない。家賃を下げる代わりに利便性を犠牲にしている。


 やってきたのは俐玖と千草、そして宗志郎だ。俐玖は何度か訪れたことのある宗志郎のアパートの玄関に入ると、宗志郎がざっと青ざめた。扉のあたりに近い位置にあったはずの水たまりが、上がり框に近いところに来ている。


「近づいてる……」

「これ、家の中まで入ってくるとどうなるんだろうね」

「怖いことを言うな」


 いろんな意味で引きの強い宗志郎であるので、今までいろんなものに巻き込まれてきた。だが、これまで妻の紅羽と娘の芽衣になにかあったことはない。もしかしたら紅羽は何かあったかもしれないが、もともと肝の据わった女性だ。宗志郎は娘の身に何かあるのが一番怖いのだと思う。俐玖だっていやだ。


 ひとまず俐玖は上がり框の側にしゃがみこみ、すっと普通のひもで線を引いた。ひとまずこれで大丈夫なはず。


「宗志郎、千草さん、中に上がって」

「俺の家なんだが」


 そうツッコみをいれつつ宗志郎は靴を脱いで家に上がった。千草も続き、俐玖も最後に家に上がる。やはり、家の中まではまだ侵入していない。


「鞆江、準備はいい?」

「私がやるんですね」


 千草に淡々と言われ、俐玖は肩をすくめたが「いつでも」と答えた。千草がためらわずにペタッと壁に呪符を貼った。見えない怪異をあぶりだすものだ。


「う~ん、今いるかな……」


 千草はためらいなく呪符を使ったが、そもそも今ここに怪異は存在しているのだろうか。ここに水たまりがあると言うことは、残滓はあるだろうが、同時多発的に発生している怪奇現象だ。これが一つの怪異による現象だとは限らないが、すべてつながっているのなら、本体にあたる存在は今どこにいるのだろう。この呪符に引きずり出されてくれるだろうか。


 結果として、呪符の力は強力だった。水たまりの上に、おぼろげにワンピース姿の女の子の姿が見えた。


「いるか?」


 宗志郎の感知能力は低いが、何かを感じ取ったのだろう。そわそわと尋ねてきた。俐玖は「いるね」とうなずいた。千草も目を細めてよく見ようとしているので、うっすら見えていると思われた。俐玖にもはっきりとは見えない。もしかしたら、同時多発的に発生しているので、いろんな場所に力が分散されているのかもしれない。


 おぼろげな姿の女の子は、俐玖が簡易的に張った境界線を越えてこられないようだ。不思議そうに首をかしげている。


「ここは君の来るところではないよ。戻りなさい」


 俐玖は優しい口調だが、きっぱりと言った。おぼろげで、顔の良く見えない女の子はそれでも手を伸ばそうとしたが、境界線に阻まれてはじかれた。


「この人は君の親ではない。わかってるんでしょう?」


 大人の霊ならきっぱりと言うのだが、子供の霊なので躊躇してしまう。だが、ここで日和れば呪いは失敗だ。ただでさえ俐玖はそれほど力が強くないのだから、意思をはっきりと持つ必要がある。俐玖は手に持っていた霧吹きを女の子の霊に向けた。


「戻らないのなら、実力行使に出ます」


 玄関のドアを開け、霧吹きで水をかける。道を作って無理やり追い出すのだ。さらに追い出した玄関ドアには外向きに魔除けの鏡を取り付ける。どれも単純なことだが、効果的だ。


 ドアを閉めて入れないようにし、向こう側の気配が消えるのを待つ。俐玖が無言で外の様子をうかがうので、千草も宗志郎も沈黙していた。千草はもともとそれほどおしゃべりではないし、宗志郎は自分の家のことなので緊張気味に見守っていた。


 ふっと向こう側の気配が消えたのがわかった。十秒数えてドアを開けると、再び霧吹きで水をまいた。


「……鞆江、その水、なんなの?」

「聖水です」


 千草に聞かれて俐玖はサクッと答えた。近所の教会の神父に聖別してもらったものだ。有名な清水でもあるので、それなりに効果はあるだろう。


「そこ、自分でやったわけじゃないのね」


 少しおかしそうに千草が言った。俐玖だって自分でできればしているが、できないので仕方がない。所詮、俐玖はちょっとESPに詳しい人だ。


「宗志郎、これ、置いて行くから定期的にまけばいいと思う。たぶん、効果があるから」

「多分なのか……」

「うん、たぶん」


 しかも、聖別されているとはいえただの水なので、腐る。腐る前に捨ててくれ。


「その神父さんは鞆江がラテン語で会話した人?」

「そうですね」


 そんなこともあった。敬虔なキリスト教徒なのだが、お互いになまりのある英語がいまいちかみ合わなかった。


「意外と交友関係が広いのよね。さて、戻って報告書あげましょ」


 来宮はどうする? と千草に尋ねられ、宗志郎も一旦市役所に戻ることにしたようだ。三人で市役所に戻る。


「お、来宮君、落ちたね」

「むしろ何が憑いてたんですか……」


 地域生活課に戻った瞬間、汐見課長にそんなことを言われ、宗志郎が青ざめる。いつも気の座った男だが、家族を巻き込むかもしれない、と言うときは急に弱気になる。


「女の子かな」

「女の子」


 宗志郎と千草の目が俐玖に向いた。うん、たぶん、俐玖が無理やり追い出した幽霊の女の子のことだろう。


「じゃあ一応解決なのかしら」


 千草が小さく首を傾げ、下野が「だったらめっちゃうれしい」と真顔で言った。


 その後、しばらく経過観察していたのだが、新たな怪異は報告されず、水たまりが近づいてきていた家もいつの間にか水か消えていたらしい。俐玖は会わなかったが、夜中に水音が近づいてくるという恐怖体験をした人もいたらしく、それもなくなったということで一応の解決を見た。


 そしてやはり、宗志郎の娘の芽衣は女の子が見えていたと思われた。宗志郎が家に帰った後、「小さいお姉ちゃんは?」と舌足らずに尋ねられ、宗志郎どころか紅羽も青ざめたと、後から聞いた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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