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【Case:17 同窓会】6








「とりあえず……飲みに行く?」

「……行こうか」


 芹香の提案に、これから夕食を作る気力のなった俐玖はうなずいた。芹香は「そう来なくっちゃ!」と嬉しそうだ。


「向坂君も一緒にどう?」

「では、お言葉に甘えて」


 ここで女性二人の中に入ることをためらわない脩は勇者であると思う。


「拓夢君にも声をかけましょ。すねちゃうもの」


 幸い、拓夢の業務ももう三十分くらいでひとまず終了するらしい。もしかしたら、脩はこれを見込んでいたのか。


 四人は駅前のチェーン店の居酒屋に入った。


「それじゃあ、お疲れ様ぁ」


 こういう時は芹香が音頭をとることが多い。今回もそうだった。社会人の性で乾杯をしてから、拓夢が口を開いた。


「とりあえず俐玖、席代わらねぇ? 狭いんだけど」


 俐玖は斜め向かいに座っている拓夢を見た。拓夢の隣、俐玖の向かい側には脩が座っている。体格の良い成人男性が二人並んで座っているので、確かに窮屈そうだ。


「私は代わってもいいけど」

「駄目よ。私、まだ怒ってるんだからね!」


 と、俐玖を連れて行った拓夢に、なぜか本人より怒っている芹香がいう。ついでに俐玖の腕に自分の腕を絡ませた。彼女は、俐玖の隣に座っている。


「いや、悪かったって。けど、この辺じゃ俐玖が一番腕がいいんだよ」

「わかってるけど、そう言うことじゃないわ」

「ていうか、なんで俐玖じゃなくて芹香が怒るんだよ」

「俐玖が怒らないからよ!」


 飛び火した。いや、俐玖が原因であるのだから、最初から渦中なのか。脩が俐玖の向かい側で笑った。


「俐玖、モテるな」

「うれしくない……」


 いや、うれしくないわけではないのだが、痴話喧嘩に俐玖を巻き込まないでほしい。


「それくらいにして、何食べます?」


 よほど俐玖がうつろな目をしていたのか、脩がカップルに割って入った。こういう時、コミュ力の強い脩がうらやましい。


「お肉が食べたいわ」


 おなかすいてたの、とけろっとして芹香は言う。切り替えも早い。拓夢もため息をついてあれこれと注文し始めた。あまり引きずらないのがこの二人のいいところだ。根には持っているようだけど。


「そう言えば、犯人の人、どうなったの?」


 ポテトサラダをとりわけながら芹香が尋ねた。そう言えば、彼女は最後まで見ていないのだ。塩キャベツを箸でつまんだところの俐玖が口を開く。


「私も、佐伯さんが憑きもの落としをしたところまでしか見てないからなぁ」


 それは脩も同じなので、視線が自然と拓夢に向く。拓夢は手羽先の骨を取りながら口を開いた。


「あんまり詳しいことは言えんが、本人は一応、犯行を起こすつもりは最初からあったようだ」


 つまり、何かが取り憑いていたから犯行を起こしたわけではなく、最初から起こすつもりだったわけだ。その過程で、何かを拾ってきてしまったのだろうか。


「情状酌量の余地はないってことね」

「その辺は検察の役目だからな」


 すぱんと言ってのけた芹香は、結構厳しい。ふわふわしているように見えて、なかなかはっきりした性格なのだ。


「犯行を起こそうとしていたから、そういう何かを拾ってきてしまったということですかね」


 届いたビールを拓夢に回しながら脩が言った。拓夢は「どうなんだ専門家」と俐玖に話を振る。卵焼きを食べようとしていた俐玖は顔を上げる。


「専門家ではないけど、そういうことはあり得るだろうね」


 同じようなものに引かれる、というのは統計上あり得ると出ている。その可能性はあるだろう。


「怪異関係って証明できないからね」

「部署があるのに」

「部署があるのにね」


 ツッコみを入れた脩が苦笑した。そう。県庁にだって部署があるのに、証明できないのだ。視えるものと視えない者がいるし、証明しづらい。


「ま、後はこっちに任せてくれ。負傷者は出なかったとはいえ、たっぷり反省してもらわないとな」

「俐玖も音無さんも、とんだ同窓会だったな」

「ほんとよ」


 ねぎらう脩に、芹香がうんざり気味に言った。休みの日で、同窓会だったのに、俐玖に至っては狙撃までさせられている。


「いや、お前の腕は惜しいぜ」


 愚痴ったら拓夢にそう言われたけど。警察にも冗談半分に何度か誘われているが、何度も言うが俐玖にそんな根性はない。


「俐玖はそう言うけど、根性、あるわよね?」

「気のせいじゃない?」


 芹香と俐玖で意見が合わないところである。


 酔っぱらわない程度にお酒を飲み、ちょっとふわふわしている状態で解散となった。俐玖は顔に出ないタイプなのでけろっとしているように見えるが、全く酔わないわけではないのだ。芹香も顔に出ないタイプだが、言動が明らかに怪しくなるのでわかりやすい。


「うふふ。明日も休みだから、ちょっと寝坊できるのがいいわよね!」

「そうだな」


 いつの間にか仲直りした芹香と拓夢が、仲良さげに腕を組んでいる。いや、正確には拓夢の腕に芹香がしがみついている。男性陣はどちらもそれなりにアルコールに耐性があった。


「拓夢君、ちょっと寄り道して帰りましょ!」

「俺は明日も仕事なんだが」


 今日の事件があったので、拓夢は明日も出勤のようだ。だが、芹香の言葉に嫌とは言わない。拓夢はそう言う男だ。


「じゃあね、俐玖。向坂君は俐玖をよろしくね~」


 ひらひらと手を振られたことで、俐玖は芹香が、俐玖と脩を二人きりにしようとしたのだと気づいた。二人を見送りなんとなく隣の脩を見上げると、脩もこちらを見ていた。その顔にふっと笑みが浮かぶ。


「俐玖はどうする? 帰りは送っていくが」

「あ、えっと」


 尋ねられて俐玖はうろたえる。脩と付き合うようになって、デートにも何度か行ったが、すべて脩にリードしてもらった気がする。俐玖がどちらかと言うと内向的な性格で、こういうことに慣れていないせいでもあるが、一応俐玖の方が年上なのに。社会経験だって上なのに。


 そろそろ俐玖の操作方法をわかってきている脩は気長に俐玖の返事を待つことにしたようだ。


「……もう少し一緒にいたい、かな」

「そうか。俺も」


 嬉しそうに同意し、少しあたりを歩くことにした。そっと手をつないでみると、ぎゅっと握り返されて俐玖ははにかむ。これが性差なのだろうか、手の大きさも厚みも違う。面白くてにぎにぎしていると、脩が苦笑した。


「なんだ? 誘ってる?」


 驚いて見上げると、言葉に反して脩は穏やかに笑っていた。俐玖は目をしばたたかせると、首を傾げた。


「えっと……」

「ごめん。困らせたな」


 苦笑して脩は俐玖の手を引っ張ると、つないでいた手を一度ほどいて指を絡めるつなぎ方に変えた。恋人つなぎと言うやつだ。してみたかったことは否定しないが。


「ちょっと恥ずかしい」

「誰も見てないだろ」


 恥ずかしいついでに空いている方の手で脩の肩を殴っておく。力が入っていなかったので痛くはないだろう。脩も笑っていた。河原を歩きながら、今度は俐玖が脩の手を引っ張る。


「ねえ、脩」

「うん」


 言うのをためらう。呼びかけてから少し間が空いたが、それでも脩はせかさず待っていてくれた。


「その、キス、してみたいなって」


 脩の足が止まった。


「……」

「な、何か言ってよ……」


 自分がとんでもなく恥ずかしいことを言ったような気がして、俐玖は上気した顔を隠すように脩の肩に頭突きする。そのまま額を押し付ける。化粧が移ったかもしれないが、知るか。


「……すまん。俐玖が可愛すぎて言葉が出なくなった」

「そういうことを言えと言ったわけじゃない……」

「ごめん」


 殊勝に謝られ、俐玖は顔を上げた。自分でも目が潤んでいるのがわかる。顔も暑い。いくら夏とはいえ、おかしいくらい熱い。


 肩を抱かれ、木の陰になるあたりに連れて行かれた。無言なのがちょっと怖い。うつむいていると、「俐玖」と低く優しい声で名を呼ばれ、上目遣いに脩を伺った。


「……そういう可愛いことをしないでくれないか」


 そっと顎を持ち上げられる。どうすればいいかわからなくて視線をさまよわせる俐玖に、脩は「目、閉じてくれないか」と言った。なるほど。緊張のあまりぎゅっとつむられた目に、脩が笑う気配がした。


 そっと押し当てるように、唇に柔らかいものが触れた。すぐに離れて行って、俐玖はうっすらと目を開いた。


「どうだ? 嫌じゃないか?」


 伺うようにのぞき込まれ、俐玖は顔が赤いのを自覚したまま口を開く。


「お、思ったより、柔らかかった……」


 自分でもそうじゃないだろ、という感想が口から洩れた。いや、実際に思ったことではあるのだが、今言う感想ではない。脩も苦笑気味だ。


「そうか。嫌じゃないんだな?」


 再度確認され、俐玖はこくりとうなずく。すると急に強く抱きしめられた。


「へあっ」


 身構えていなかったので、口から空気が漏れる間抜けな声がした。背中に回った腕が俐玖を締め上げていて、ちょっと息苦しい。後頭部に手を回されて、今度は強引にキスされた。念押しのように確認されたのはこのためか。


 触れるだけだった先ほどとは違い、深いやつだ。口の中を容赦なく蹂躙されて、背筋がぞわぞわした。初めての感覚に戸惑って脩を押し返そうとするが、抱き込まれていてそれもできない。


「んぅ、はあ……」


 解放されてうまく息ができていなかったことに気が付いた。酸欠状態なのか息が弾む。


「大丈夫か?」


 俐玖をこうした犯人が気遣うように背をなでてきて、俐玖はむっと眉を寄せた。


「私、初心者なのに」


 一応、俐玖の方が年上であるが、俐玖はこうした男女間のことの経験がない。多分、脩の方が経験があると思われる。少しは考慮してもらえるとありがたいのだが。


「すまん。可愛くて、ちょっといじめてみたくなった」


 自分の色に染め上げるのもいいよな、と脩はよくわからないことを言う。


「嫌になったか? 俺と付き合うの」


 頬をくすぐりながら言うことではないと思う。俐玖はかぶりを振った。


「ううん。私はこういうこと、よくわからないから、引っ張ってくれてうれしい……と思う」

「そうか」

「もう少し初心者向けでお願いしたいけど……」

「これ以上初心者向けって、中学生でももっと進んでると思うぞ」

「え、そうなの?」


 濃厚なキスをされた羞恥心とか、そう言ったものが吹っ飛ぶくらい驚いた。俐玖の調子が戻ってきたことが分かった脩は笑って、「たぶん!」とのたまった。俐玖は半目になってしまう。


「そろそろ帰るか」

「うん」


 いい時間になってきたので、帰路に就く。これ以上うろうろしていたら不審者になってしまう。


 脩がいつも通りに接してくれたので、俐玖も調子を取り戻していたが、別れ際に頬に口づけられて俐玖は飛び上がった。部屋に帰った後もドキドキする。


 とりあえず、寝よう。寝れば切り替えられるのが、俐玖の長所の一つだ。あつい頬を両手で押さえながら、準備をした。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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