【Case:17 同窓会】5
「おい俐玖! いちゃつくのは後にして、こっちの確認頼む!」
しばらく待っていてくれたのだろう拓夢から催促が入った。いちゃついてない、と言うべきか承諾の返事をすべきか迷い、俐玖は「わかった」と後者の言葉を返した。
拓夢の側に駆け寄ると、拓夢は何とも言えない表情で俐玖を見下ろした。
「何?」
「いや……仲良くやってんだなと思って」
「芹香と拓夢には負けると思うけど……」
そもそも、俐玖と脩は付き合い始めてまだ一か月くらいだ。これで仲良くなければおかしい気がする。
「ほっとけ。お前が脩と付き合い始めたって聞いて、和真が落ち込んで慰めるの大変だったんだぜ」
「なんで?」
拓夢の弟の和真は、俐玖と同じ射撃スクールに通っていた弟分ではあるが、落ち込む理由がわからなくて首を傾げた。拓夢は「わかんねぇならいい」とあきらめた調子で言った。解せぬ。
ブルーシートで簡易的に目隠しされた空間に、刑事たちと犯人の男はいた。犯人の男は、せいぜい三十代半ばと思われる、比較的若い男性だった。気絶しており、後ろ手に縛られている。足首もだ。
「あんまり暴れるんで気絶させた」
さらりと言われて一瞬理解できなかったが、うなずいた。なるほど。話を聞きたかったんだが。
「お前、何か憑いてるって言ってただろ」
「言ったけど……」
よく覚えていたな、と言う感じだ。俐玖は地面に敷いたブルーシートに転がされた男を見る。やはり、何かがダブって見える。
「拓夢、脩を呼んでくれない?」
「わかった。いちゃつくなよ」
「しません」
拓夢は沢木に脩を呼びに行かせた。ほどなくして、怪訝な表情の脩がやってきた。
「呼ばれたんだが……」
「脩、こいつを見てほしいんだけど」
俐玖は転がっている男を指さす。脩は「立てこもりの犯人か?」と首をかしげながら男を見る。
「三十代半ばくらいの男に見えるが」
「うーん、やっぱり見えないか」
「何か憑いてるのか?」
脩は本人が怪異の影響を受けにくいが、幽霊などを見る力が強いわけではない。俐玖もそう強いわけではないが、脩よりは認識できる。方向性を示せば、脩も認識できるだろうと、俐玖は脩の肩に手を置いて男を指さす。
「うーん、肩のあたりに影のようなものは見えるが」
「それだね。脩が触ったりしたら、取れたりしない?」
俐玖がそう提案するので脩は犯人の男に触ってみたが、変化なしだ。
「駄目か」
「いや、わかってたことだよな?」
脩は怪異の影響を受けにくいがそれは本人だけのことで、他の人間に作用することはない。それはわかっていたことだ。
「起きていれば、私の暗示で何とかなったかもしれないけど、やっぱり佐伯さんを呼ぶしかないかな」
「そう言うと思って、佐伯さんと課長にはメッセージを送ってある」
さすが脩だ。仕事が早い。話が終わったのがわかったのだろう。拓夢が「結論は出たか?」と尋ねた。
「佐伯さんを呼ぶことにした」
「俺たちでは何とも」
と、俐玖も脩も首を左右に振るのを見て、拓夢も肩をすくめて、「ま、お前たちがそう言うなら、そうだろうな」と理解を示した。沢木は不服そうだが。
「佐伯さん、すぐ来るか?」
「メッセージは既読になってますけど。あ、ちょっと待ってください」
脩は拓夢の高校時代の後輩なので、敬語だ。スマホが電話の着信と思われる音を響かせたので、脩が断って電話に出る。どうやら佐伯からのようだ。
「今から来てくれるそうです。ただし、県外にいるので一時間半かかる、と言われました」
「……」
俐玖と拓夢は目を見合わせた。来てくれるのはありがたいが。
「……警察署に戻るか。悪いが俐玖、同行してくれ。脩もついてきていいぞ」
「ええ……せめて着替えに帰りたいんだけど」
足元はスニーカーだが、服はワンピースに戻っている。せめてもっと楽な格好に着替えたい。髪と化粧はあきらめるが。
「着替えるのか? 似合っていて可愛いと思うが」
脩に真顔で言われて俐玖は言葉に詰まった。可愛いと言われたが、一度狙撃のために着替えているので、割とくしゃくしゃな状態だと思う。
「はいはい、いちゃつくのは後にしろと言っただろ」
拓夢が割って入ってくる。別にいちゃついたつもりはないのだが。ちょっとびっくりしたけど。
「芹香に頼んで、俐玖の着替えを持ってきてもらえばいいだろ」
「それは拓夢さんが音無さんに会いたいだけでは?」
脩がすかさずツッコみを入れると、拓夢は脩をはたいた。しっかり者の脩だが、さらにその上を行くしっかり者の拓夢に対してはこういうように振る舞うところがある。俐玖はくすくす笑った。
結局、拓夢の意見が採用された。俐玖と脩は、犯人の男を乗せたパトカーとは別の車に乗せられ、俐玖と脩は警察署に向かった。犯人は拘留されたが、俐玖と脩は応接室に入れられた。待ち時間の間、俐玖は報告書を書かされている。
「終わった~」
報告書を書き終え、保存した俐玖はテーブルの上で伸びをした。脩が苦笑して「お疲れ様」と言う。彼は警察署の広報を読んでいた。
「慣れてるな。こういうこと、よくあるのか?」
「こういうこと?」
「警察に協力すること」
「ああ……」
警察のスナイパーに代わり、狙撃することか。
「滅多にないかな。初めてではないけど」
「……俐玖、警察か軍に入った方がよかったんじゃないか? そう言えば、MI6にスカウトされたんだったか」
「そんな根性はありません」
「根性はあると思うが」
二人の意見が一致しなくて、二人して首を傾げた。
「まあ、警察に自力で狙撃手を育ててほしいけどね」
「確かにな」
警察が外部の人間に撃たせる方がおかしいのだ。広義の意味では、同じ公務員ではあるが、職分が違う。
自販機で飲み物を買ってきて待っているうちに、先に来たのは俐玖の部屋から荷物を持ってきた芹香だった。
「ついでに服、借りちゃったわ」
確かに、芹香もカジュアルドレスから着替えているが、着ている緩めのワンピースは俐玖のものだ。丈があっていない。
俐玖はこっち、と渡された紙袋には確かに俐玖の普段着が入っていたが、マーメイドラインのスカートだった。特にオーダーをつけなかったので仕方がないと、応接室に鍵をかけて着替える。なお、その間脩は締め出された。
芹香が到着してから三十分くらい経ってから、佐伯はやってきた。
「休みの日だってのに、何に巻き込まれてるのよ」
と、佐伯は腰に手を当てて俐玖と脩を交互に睨んだ。
「休みの日だから巻き込まれたと言うか、不可抗力なのですが……」
俐玖は一応反論してみる。俐玖は巻き込まれたが、脩は自分からやってきた。俐玖を心配してくれたのだとわかっているから、何も言えないけど。
「ま、いいわ。さっさとやっちゃいましょ。夫も待ってるのよ」
ちなみに、佐伯の夫の佐伯さんも北夏梅市役所の職員なので、俐玖たちと顔見知りだ。図らずも、五人も北夏梅市役所の職員が集結している。
「鞆江の暗示で何とかならなかったの?」
「一度目を覚ましたので何とかしてみようとしたのですが、できなかったので佐伯さんを待ちました。強力な催眠術はかけられたので、眠ってもらっていますが」
「ふうん」
留置所の格子越しに男を見て、佐伯は「憑いてるわねぇ」と言った。うあっぱり。一応、俐玖も試してみたのだ。だが、うまくいかなかった。俐玖の見込み違いだった。
なのに、佐伯は特に用意することもなくあっさりと憑き物を落とした。俐玖は「理不尽」とつぶやく。あの苦労は何だったのだ。
「まあ、人から憑き物を落とすのにはコツがいるからね。その人の素質による影響もあるし。あんただって悪魔祓いはできるでしょ」
「あれは、手順にのっとって行えば大体の人ができます」
「でしょ? 私のこれだって一緒よ」
到着して十分程度で解決し、佐伯は十五分も経たないうちに旦那さんと一緒に帰って行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




