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【Case:17 同窓会】4









 状況を説明してくれたのは沢木だった。俐玖はホテルと裏路地をはさんだオフィスビルの四階にいた。


「犯人は二階のレストランに立てこもっています。あそこの窓から見えるのですが……」


 デザインの入ったガラスで、しかも強化ガラス、且つ二重ガラスである。柱と柱の間とはいえ、窓自体を広くとっているので中を伺うことはできた。確かに、犯人らしき暗い色の服を着た男が見える。


「犯人が窓側にいるなら、中の客を外に誘導できそうだけど……」

「その窓側に出入り口があるんだよ」

「なるほど……」


 どうやらつくりの問題のようだ。反対側のスタッフの出入り口もあるが、そちらから客を誘導しようとしたホテルのレストランスタッフが一人銃撃されている。


「一応、SATにも要請しましたが、凶悪テロとは言い難いですし……私たちで窓ガラスを打ち抜くことも考えましたが、拳銃程度ではガラスが割れません」


 何を想定して入れた窓ガラスなのだろうか! 強化ガラスにもランクがあるが、おそらく最高級に近い品質のもののようだ。


「理論上、狙撃銃なら同じ場所に二発入れれば貫通するはずなんです」


 生真面目に沢木は言ったが、まあ無理だよね、と言う顔をしている。


「俺が知る中でお前が一番腕がいいからな。県体に出禁になったその実力を見せてくれ」

「出禁言うな」


 拓夢が真面目な顔で言うので、俐玖は突っ込んだ。俐玖は今年の県体を最後に殿堂入りした。つまり、体のいい断り文句である。殿堂入りと言う名の出禁だ。拓夢の言う通りである。


「ここ十年優勝し続けてるだろ。そろそろ後進に譲ってやれ」


 と言っても、俐玖だってまだ二十六歳なのだが。そう思いつつ、ライフルをかまえる。


「いつでもいいぞ」

「了解」


 スポッターのごとく観察している拓夢にうなずき、俐玖は一つ懸念を示した。


「一つ、気になることがあるんだけど」

「なんだ?」

「多分、窓ガラスを割るのに二発、犯人の銃を狙うのに一発いるわけだけど」

「そうだな」

「連射出来ないから三発目、当たらないかもしれない」

「……」


 いくらサイレンサーをつけていても、銃声はする。ガラスの割れる音だってする。犯人だって気づくだろう。いくら俐玖が慣れていると言っても、三発打つのに六秒はかかるだろう。


「……まあ、こっちに気は逸れるはずだ。突入部隊も待機してるし」


 拓夢にしては珍しく歯切れの悪い。おそらく、突入する側に狙撃者が取られているので俐玖にお鉢が回ってきたのだろう。


「でも、銃だけを狙撃できない、とは言わないんですね」


 沢木が言った。座位の射撃姿勢を取った俐玖は、スコープを覗きながら「不可能ではないね」と答えた。


「それでどうして、警察や軍に入らなかったんですか」

「度胸も根性もないから?」

「どの口が言うんですか?」

「だよな」


 俐玖の頭上で沢木と拓夢が通じ合っている。スコープの中で立てこもり犯が窓の外を見た。


「なんか取り憑いてるね」

「はあ?」


 スコープ越しだが、俐玖には犯人に何かが取り憑いているのが見えた。あれだ、狐がついている、とかそう言うのだ。だが、今はそこではない。


「俐玖、時間がない。一分以内にやってくれ」

「了解。カウントを取る」


 五、四、三、と口に出してカウントを取る。ゼロ、になった瞬間、俐玖は引き金を引いた。拓夢が無線越しに何か叫んだが、俐玖はすでに二発目をセットし、発砲していた。一発目と全く同じ部分にあたり、そこを起点にホテルの窓ガラスが割れる。俐玖はさらに三発目を放った。角度のせいで、その銃弾は犯人の足元にあたった。


「ごめん、外した」

「いや、上出来だ」


 突入部隊にあたらないように角度を調節したんだろう、と拓夢は気にもしなかった。スコープ越しにも警察が突入したのが見えたので、俐玖はライフルを下した。


「もういい?」

「いや、もうしばらく待機だ」

「了解」


 ライフルを構えなおし、俐玖はその姿勢を維持する。しばらくして、連絡役を担っていた沢木が「犯人確保。人質も全員保護されました」と告げたところで待機も終了となった。


「お疲れ。ありがとな」


 拓夢が気軽に俐玖の肩をたたく。座位姿勢から立ち上がり、俐玖は伸びをする。


「どういたしまして。もうこういうのは止めてよね」

「悪いな。でも、滅多にねえよ」

「そうそうあったら困るよ。私、一応一般人だからね」

「公務員だろ」

「権限の範囲が違うでしょうよ」


 同じ公務員でも、市役所職員と警察では権限が違う。服務規程だって違う。


 借りていた活動服を返し、スニーカーはそのままもらった。履いてきたパンプスは紙袋に入れて手に提げている。


「俐玖! 拓夢君!」


 ホテルの正面に戻ると、芹香が駆け寄ってきた。手に鞄と薄手のコートを持っている。勢いのまま、俐玖に飛びついた。


「っと。そこは拓夢に抱き着くところでしょ」

「私、俐玖を無理やり連れて行った拓夢君には怒っています」


 むっと怒った顔も可愛い。芹香は日本人にしては強面の恋人の顔をにらむと、俐玖から離れて持っていた鞄とコートを渡した。


「はい、これ俐玖の。荷物の返却、始まってたから回収しておいたわ」

「ありがとう」


 ワンピース姿に戻っていた俐玖はさっそくコートを羽織る。周りを見ると、ホテルにいた客も徐々に解散しているようだ。


「私たちも帰ろ」

「そうだね」

「その前に、俐玖は犯人の確認を頼む。あと、報告書な」

「はいはい」


 見た目に寄らずまじめな拓夢に指摘され、俐玖はうなずく。過去にもこうして射撃による協力をしたことがあるので、手順はわかっている。そして、公務員に報告書はつきものだ。


 犯人の確認もしておきたかったので芹香に断って拓夢の方に向かおうとした、その時。


「俐玖!」


 なんだか先ほども同じようなことがあった。しかし、今度は同世代の女性ではなく、同世代の男の声だった。


「脩」

「俐玖!」


 駆け寄ってきたのは脩だった。休みの日らしいラフな格好の彼は、俐玖の目の前まで来てその腕をつかんだ。


「大丈夫か? けがは?」

「ない、けど」


 勢いに押されてちょっと引き気味に俐玖は答えた。


「よかった……」


 心底安堵した声で脩はつぶやき、俐玖の肩に額を押し付けた。身長差があるのでだいぶ背が丸まっている。なんだか。


 可愛い。


 今はそんな場合ではないし、二十代半ばの体格もよい成人男性に対する感想ではない気がするが、そう思った。安堵して少し下がった眉とか、少し甘えるようなしぐさとか。そして何より、俐玖を心配してくれたのだと言うのが如実に伝わってきて、恥ずかしくもうれしくて、くすぐったい気持ちになる。


「……仕事で、もっと危ないこともしてるのに」

「それとこれとは別だ」


 我ながら情緒のないことを言った俐玖に、脩はきっぱりと言って顔を上げた。


「というか、なぜここに」

「音無さんから連絡があったし、ニュースにもなってたぞ」


 日本では珍しい立てこもり事件だ。ニュースにもなるだろう。名指しされた芹香は「知らせました!」と善意百%のいい笑顔だ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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