【Case:17 同窓会】3
どちらが動くかとみんな固唾をのんで見守っていると、足元が揺れた気がした。俐玖がいぶかしんだ直後、次ははっきりとわかるくらい揺れた。震度三くらいだ。
「何々?」
「地震?」
しかし、誰のスマホの緊急地震速報も鳴っていない。地震ではないなら、風か?
と、何人かのスマホが鳴った。ただの通知音だ。芹香のものも鳴っている。同窓会中だが、状況が状況なので芹香は電話に出た。
「もしもし? 拓夢君?」
まさかの拓夢だった。彼氏が彼女に電話してきた、ともとれるが、拓夢は今、芹香が同窓会に行っていると知っているはずだ。嫌な予感がする。
「なあ、市内で爆発事故だって。これ、ここのホテルじゃね?」
誰かがSNSで見かけた情報を口にした。ざわりと空気が揺れる。そちらを見ていた俐玖の腕を、芹香が引っ張った。
「俐玖! 拓夢君が、代わってくれって」
よくわからないが、俐玖は芹香のスマホを受け取った。
「もしもし」
『俺だ』
いつもなら誰だ、と返すところだが、それどころではないのでそのまま聞く。
「どうしたの? 芹香に伝言すればいいのに」
『まあそうなんだが。そのまま黙って聞けよ。今、お前たちのいるホテルの二階で、男が銃を乱射する事件が起きた』
ここ、日本だよね、と聞きたくなったが、黙って聞けと言われたので黙っておく。
『犯人は二階のレストランに籠城中だ。中に客がいるんで、警察も手を出せない。爆発はその犯人が事前に仕掛けていたもので、それは一階ロビーで爆発した』
「……」
なんか聞いてはいけないことを聞いている気がする。現場にいるとはいえ、公務員であるとはいえ、俐玖が聞いていい話ではない気がする。
『籠城中のレストランには窓がある。お前、外から犯人の銃だけ撃ち抜けるか?』
「……」
『いや、今のは回答をくれ』
「できると思うけど」
しかし、それならSITでもよくないか。その前に、その話は俐玖がこの場所を脱出することが前提となっている。
『そこは芹香に指示してあるから、頑張って脱出してきてくれ。お前たちの同級生、他にも警察とかいるだろ』
見ると、芹香が警察官の同級生と話していた。ほかにも、警備会社の職員や霞が関の官僚と打ち合わせをしている。この同窓会の出席者は、無事にホテルを出ることができそうだ。
「まあ、脱出はできそうだけど。でも、私に撃たせないでよ。人を撃ったことないんだから」
『さすがに人を撃てとは言ってねぇよ。まあ、無事に降りてこい』
一方的に言って拓夢は通話を切った。俐玖は眉を顰めつつ、スマホを返しに芹香に近づく。
「芹香」
「あ、俐玖。今話してたんだけど、どうしても外階段を降りることになりそうね」
中に犯人がいるのに、中の階段を使うわけにはいかない。エレベーターなどもってのほかだ。非常時にエレベーターを使わないのは鉄則だ。外の非常階段を使うことになるのは当然だ。もちろん外にあるので、降りるのはちょっと怖いが。
問題は俐玖たちがどれだけ整然としていても、他の客がパニックになっているだろうと言うことだ。途中で絶対に合流するので、つられてパニックになる人が出ないとも限らない。
だがまあ、順番に降りていくしかない。警備会社勤めの同級生(男)が先導して降りていくことになった。一緒に官僚の同級生(男)も最初だ。警察官の同級生(男女)が一番後ろ。ここは最上階なので、本当に最後になるだろう。一緒にホテルのスタッフも降りることになる。
ホテルスタッフも、こういう場合の脱出の訓練は受けているはずだが、実際にやるのは初めてだろう。若いスタッフも中年のスタッフも緊張気味に見える。むしろ、芹香が一番平常心に見える。
「クロークに荷物を預けたままなんだけど!」
「ヒールで降りるの? ここ。十九階よ!」
不満たらたらの女性が多いが、無理もない。荷物はともかく、ハイヒールで階段を降りるのはきつい。しかも、二階三階ではなく、ここは最上階、十九階なのだ。俐玖も今日は華奢なパンプスなのでげんなりしている。
「寒くなくて、雨も降ってないだけましかな」
天気はくもりだ。集団の半分より後ろを芹香と並んで歩きながら、俐玖はつぶやいた。芹香も「そうね」と肩をすくめた。二人の前では、文句を言っている女性をなだめながらホテルスタッフが歩いている。ちなみに、不満たらたらに文句をつけていた女性は、史穂に「なら自分だけ残れば?」と冷たく言われ、文句を言いつつも外階段を降りている。
二階分ほど降りると、泊りの客やラウンジなどに来ていた客が合流した。まだ昼日中なので、思ったよりホテル内の人は少なかったようだ。むしろ、レストランなどがある下階層の方が人は多いだろう。
それほどパニックにならずに全員地上に降りることができた。華奢なパンプスで階段を十九階分降りてきたので、さすがの俐玖も足が痛い。芹香もいたた、とかかとをさすっている。
「芹香、俐玖」
「拓夢君」
非常階段のある場所の関係上、俐玖たちはホテルの裏に出たのだが、表に展開しているであろう拓夢はこちらに回ってきてくれたようだ。
「大丈夫か? 災難だったな」
「うん。今どうなってるの?」
芹香は状況が気になるようだ。恋人に塩対応をされた拓夢だが、彼も職務中だった。
「よくないな。案内させるから、みんな退避してくれ」
と拓夢が言うので、俐玖も芹香と一緒に避難しようとしたが、がしっと肩をつかまれた。
「待て。お前には用があるんだよ」
拓夢のこの言葉に、彼が芹香の恋人だと知っている史穂が「修羅場?」とつぶやいた。いや、セリフだけ聞くとそう聞こえるかもしれないが、そうではない。
「そう言うなら、まず上の方の人たちの許可を取って」
俐玖に狙撃させたいのなら、いろんなところから許可を取らなければならない。公務員とはいえ、軍人でも警察官でもない俐玖は、許可がなければ銃を撃てない。
「許可ならある。ほら」
そう言って拓夢は俐玖にスマホの画面を見せた。続いてスライドしていく。汐見課長と北夏梅市長、警察署長の許可証が映っていた。
「そこ、嘘だろ、って顔しない」
思いっきり顔に出ていたらしく、拓夢につっこみをいれられた。いや、そんな顔にもなるだろう。
「……SITでもSATでも、スナイパーくらいいるでしょ」
「うちの県にSATはいねぇよ」
訂正された。そう言うことじゃないのは拓夢もわかっているだろう。拓夢と言い争っても無駄なことはわかっているので、俐玖は彼についていく。
「ていうか、私、この格好なんだけど……」
俐玖も芹香と同じようにワンピース姿だ。少し格の落ちるフォーマルくらいの格好で、足元もパンプスなので狙撃には向かない。そんなわけで、警察の活動服を貸し出された。足元はスニーカーだ。沢木が調達させられたらしい。
「服務規程違反にならない?」
「大丈夫だ。……たぶん」
制服ではないので大丈夫だろう。たぶん。しかし、渡されたのは警察で正式採用されている狙撃銃だった。
「セミ・オートか」
「使えそうか?」
「一通り銃火器の使い方は仕込まれてるけど……」
「ああ……和真もそんなこと言ってたな」
俐玖と和真は同じ射撃のスクールに通っていた。とはいえ、俐玖が基本を仕込まれたのはドイツの射撃訓練場でだが、そこは突っ込まないことにする。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
そう言えば、奇跡的に季節が一致してる。




