【Case:17 同窓会】2
俐玖は北夏梅市内のホテルにいた。ホテルの上階で高校の同窓会が開かれていた。
俐玖と、ついでに芹香の卒業校である白鷺学院は、割と最近まで女子高だったため、今でも女子学生の方が多い。と言っても、男女比四対六から三対七と言ったところだ。そこまで極端な差はない。進学校に分類される学校だからだろう。
大学生のころにも一度、同窓会は開催されていたようだが、その期間俐玖は留学中だったため参加していない。なので、今回が高校卒業後初めての同窓会だ。
「浮かない顔ね」
つんつんと頬をつついてくるのは芹香だ。オフホワイトと黒のバイカラーのワンピースドレスがよく似合っていて可愛い。
「こういう場が苦手なだけ。芹香が一緒じゃなかったら来なかったよ」
「そーお? ま、せっかく来たんだから、楽しみましょ」
ご飯をいっぱい食べてやりましょ、と言った芹香は、それはそれで色気がない。
「あっ、やっぱり芹香と俐玖! 久しぶり」
「俐玖とか、マジで卒業以来!」
やってきた二人は、高校時代に仲良くしていた友人二人だった。大学が別になってしまったのでそれ以来会っていないし、二十歳の集いも俐玖は北夏梅市民ではなかったので一緒ではなかった。
「綾音に史穂。久しぶりねぇ」
芹香が愛想よく二人にあいさつをする。背の高い赤いパーティードレスなのが番場綾音。ネイビーのドレスの方が松崎史穂だ。ややおっとりして朗らかな綾音と、しっかり者で毒舌なところのある美人の史穂は、まあまあ人目を引いていた。
「久しぶり。あんまり変わってないね」
「そう? より美人になったでしょ」
さらっとそんなことを言うのは史穂の方。俐玖は「そうだね」と微笑んだ。確かに、史穂は美人だ。芹香とは系統の違う、少々気の強そうな美人だが、やはり美人が二人並んでいると迫力がある。
「俐玖は相変わらずクールビューティーね。見かけだけは」
社交的な芹香や史穂に比べれば、俐玖は内向的だ。見た目だけは、という言葉に反駁できずに苦笑した。
「でも久しぶりに会えてうれしいわ。二人は今、公務員なんだっけ?」
綾音がとりなすように話を変える。芹香が「うん」とうなずいた。
「綾音は高校の先生だっけ? 史穂は?」
「私は普通の会社員よ。うちの商品、斡旋してやるから」
少し冗談めかして言う史穂は、聞けば大手化粧品会社に勤めているらしい。なので、普段は東京にいるそうだ。
「大手だけど、出会いがないのよね……」
「わかるわ。業者の人とか、同じような人としか接しないわよね」
綾音が同調したが、そう言う綾音には恋人がいるそうだ。史穂につっこまれていた。ここの二人も仲がいい。
「芹香は大学の時の人とまだ付き合ってるの?」
尋ねられ、芹香は「まあねー」とうなずいた。そうか。俐玖が留学している間に芹香と拓夢は付き合い始めたから、留学している間に開かれた同窓会で会っている綾音と史穂はそれを知っているのだ。
「結婚するの? 私、まだ結婚式って出たことないんだよね」
興味津々なのは史穂だ。親戚の結婚式に出席する、俐玖のようなパターンの人も多いが、縁がない人もいるのは確かだ。史穂はこれまで縁がないタイプの人だったらしい。
「そのうちね。って言っても、私たちも二十六歳だしねぇ」
しみじみと芹香が言う。まだ若いと言えば若いが、付き合っている人がいるなら結婚を考え始める年齢かもしれない。
結婚するときは報告するわ、と芹香が笑った。綾音もそうねぇとうなずく。史穂がむっとしてケーキを食べている俐玖の腕を引っ張った。
「あんた、相変わらずマイペースね。じゃなくて、俐玖、一緒に婚活イベントに行かない?」
今時、婚活イベントはあふれかえっている。そしてなぜ、みんな俐玖を婚活に誘うのだろう。婚活イベントほど、俐玖に向いていないイベントもないと思うのだが。
「あら、ダメよ。この子も彼氏がいるんだから」
俐玖が何か言う前に、芹香が止めに入った。
「そもそも、史穂は普段東京にいるんだよね。一緒に婚活しようがなくない?」
「そうだけど……って、そこじゃないわよ!」
冷静に指摘した俐玖に、史穂が突っ込みを入れる。綾音も「俐玖に彼氏って、初めてじゃない?」と、高校時代の俐玖を知っているので遠慮がない。
「うんうん。びっくりよね。どこに付き合えばいいの? とか言ってた俐玖がね」
芹香も同調して見せると、史穂も綾音も同意見のようだ。
「あの激ニブの俐玖が?」
「相手はどんな猛者なの……」
いろいろと失礼である。確かに、告白されるときに随分気を使われたようだけども。
「イケメン君だよー。美男美女で目の保養よね」
「それ、芹香のところもじゃない」
史穂のツッコみがさえわたっている。芹香のところは、拓夢が純粋に美男と言えないが、端正な顔立ちはしている。芹香が可憐な美女なので、落差が激しいが。
「ふふっ。ありがとう。俐玖は今度、ダブルデートしようね」
「……私はいいけど」
多分、脩も断らない。だが、拓夢は嫌がるのではないだろうかと思う。
「結局、私だけなのね……」
「史穂は高望みしすぎなのよ。美人だから、もてるでしょうに」
綾音が苦笑気味に言うが、史穂は首を左右に振った。
「そうでもないわよ。私、顔立ちがちょっときついじゃない」
史穂以外の三人の声が、「そうね」でそろった。自分で言ったことだが、史穂はちょっとショックを受けたらしく一瞬黙った。
「……だから、とっつきにくく思われるのよね」
「史穂の場合は、その毒舌もあるしねぇ」
「一応、相手は選んでるつもりなんだけど」
芹香の指摘に、史穂は肩をすくめた。
「俐玖は私に近いタイプだと思ったんだけどなぁ」
なんと。俐玖は史穂に同類と思われていたらしい。尤も、俐玖の方は顔立ちがきついと言うより、理知的にみられることが多いし、それ以上に天然の入った性格が問題なのだと、今は自分でも思っている。
「まあ、俐玖も初見でとっつきにくそうに見えるのは似てるかもね」
なんとかフォローっぽい言葉を綾音がひねり出した。
俐玖は高校時代もそれほど交友関係は広くなかったが、芹香は顔が広い。しかも美人で性格がいいとくれば、みんなが声をかけに来る。男性陣はあわよくば恋人に、という声のかけ方をする者もいたが、芹香は華麗にスルーするし、たまに史穂が追い払っていた。なお、みんながそう言う反応をするので、俐玖もそう言うことなのだろうな、と気づいた。
「ちょっと芹香には恋人がいるって言ってるでしょ」
しつこい同級生をスパンと切り捨てたのは史穂の方だ。俐玖も「ラブラブだよね」と追撃しておく。
「音無さんは美人なんだから、もっとハイスペックなイケメンを狙えると思うけどなぁ」
少し嫌味っぽいのが俐玖にもわかった。綾音が俐玖にこそっと「マウント取りに来てるよねぇ」とささやいた。なるほど。
芹香は同級生の女性に笑いかけた。
「私にとっては一番かっこいいからいいのよ」
わお。拓夢に聞かせたら照れるのではないだろうか。芹香はたまに格好いい。
史穂曰く在学中から芹香に対抗意識を持っていた派手目の美女は、自分の彼氏が年上の医者でメディアにも露出しているのだと自慢してきた。史穂は明らかに嫌そうにしているし、その美女の周りにいる友人たちもちょっと困っているように見える。
「しかもハーフで、三か国語も話せるからよく外国人観光客を案内してたりして……」
「俐玖、今何か国語話せる?」
史穂が俐玖にささやいた。俐玖は少し考えて。
「日常会話でよければ、九か国語かな」
その国に暮らしても困らないと言うレベルで。史穂は満足したように、「ふうん。三倍ね」と笑顔でうなずいた。
「俐玖もクォーターだもんね」
「でも、私別に美人じゃないよ」
遺伝子同士の不足を補うので、ミックスは美人が生まれやすいと言う。つまり、ハーフと言うことは美形の可能性が高いのだ。
「俐玖、謙遜は時に人を傷つけるんだよ……」
「少なくとも今日の俐玖は美人よ」
自信持ちなさい、と史穂に背中をたたかれる。審美眼が辛い史穂が言うのだから、結構いい線いっているのだろうと思う。
史穂と綾音が俐玖のスペックを確認して溜飲を下げている間も、恋人自慢が続いている。芹香が気にした様子もなく「すごいわねぇ」とおっとり言うので、その同級生はいらだった様子を見せた。もう人間としての器からして違うから、あきらめた方がいいと思う。
「クォーターで帰国子女だとしても、ただの地方公務員じゃねぇ。どうせ彼氏もいないんでしょ。紹介してあげよっか」
「ん?」
急に矛先が俐玖に向いた。あまりにも芹香の反応が鈍いからだろうか。残念ながら、俐玖が相手でも似たようなものだ。
「やめなさいよ」
自分が言われていた時は何も言わなかった芹香も、俐玖に矛先が向いてたしなめるように咎めた。俐玖をつつけば、芹香が止めに入るとわかっていたのかもしれない。
中学の時、俐玖をいじめていたのもこんなタイプの女の子だった。当時の俐玖は日本語がうまく話せなかったし、もともと内向的な性格だ。クォーターなのも帰国子女なのも、俐玖にはどうしようもないことなのだが。
嫌な空気になってきた。芹香と、それに対抗する女性陣。マウント女やらあざと女子やらいろいろと言われていた蔵前も、今なら大したことなかったのだな、と思える。まあ、最近蔵前との関係が改善されているからかもしれないけど。
ぴりぴりとした張り詰めた空気が流れ、男性陣も遠巻きに女の戦いを見守っている。我関せず、とも言う。いくら学生時代にあこがれだった芹香がそこにいても、女同士の戦いに巻き込まれたくないのだろう。俐玖も離脱したい。
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