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【Case:16 遺跡】4







「ほんとにそれ、大丈夫?」


 会計を済ませて店を出ると、夏木が心配そうに俐玖を見た。俐玖には、いつものように芹香がしがみついている。


「大丈夫です!」

「音無には聞いてないわ」


 スパっとすげなく夏木が言った。俐玖は肩をすくめて「大丈夫ですよ」と返した。酒の入った芹香が俐玖のところに泊まる、と言い出すのはいつものことだ。


「それより、麻美と蔵前さんを任せて大丈夫ですか?」

「いいわよ。方向的には同じだし」


 タクシーを捕まえて比較的若い女性二人を乗せた夏木はさらりと言う。こういうところがかっこいいのだ。確かに方向的には一緒であるが、夏木は一人暮らしであるので、役所に比較的近いところに住んでいる。それが、実家暮らしの二人を送っていくのだから、遠回りだ。


「ありがとうございます……夏木さん、生まれてくる性別、間違ってるって言われたことありませんか」

「あるけど、それはあんたもでしょ」

「否定はできませんが……」


 俐玖もまた、夏木とは違うベクトルでかっこいいと言われるタイプの女だった。


「まあ、あんたは可愛いところもあるから大丈夫よ。じゃ、お休み」


 このサクッとしたところがすごく夏木っぽい。明日もあるので、俐玖も抵抗せずに「おやすみなさい」と返した。


「さて、私たちも行きましょ」


 タクシーを見送った後、芹香は急にしっかりとした口調で言った。ただ、俐玖と手はつないだままだ。俐玖はため息をつく。


「芹香があれくらいでろれつが怪しくなるはずがないから、おかしいと思った」

「ふふん。私の演技力も大したものでしょ」

「はいはい」


 酔っているのは確かのようで、言動が多少ふわふわしているが、足取りはしっかりしていた。


 歩いても俐玖の住むアパートにはすぐについた。芹香は「俐玖とお話ししたかったのよね」とにこにこしている。


「何を?」

「恋バナ?」


 かちゃりと小さな電子音が鳴って、部屋のドアのロックが開いた。部屋の中に入る。


「なに? 芹香、結婚するの?」

「んー、そろそろどうかって話はしてるけど、私じゃなくて俐玖の話」

「ええ……別に何もないけど」


 芹香を部屋にあげてやりながら俐玖は首をかしげる。


「向坂君とデートに行ったんじゃないの?」

「デート……? ああ、今週末に行くよ」


 そう言う話をしてからひと月近くが経っているので、俐玖も一周回って落ち着いてきている。


「まだ行ってなかったの!?」


 芹香が勝手に荷物を置いてソファに座りながら驚いた声を上げる。俐玖は肩をすくめた。


「私がアメリカに行っていたからね」


 一週間近く不在だったので、その前後を避けるとこの時期になったのだ。


「むう。根掘り葉掘り聞いてやろうと思ったのに」

「そうしたら、私も芹香と拓夢のことを根掘り葉掘り聞くからね」


 そう言ってけん制しておく。芹香は構わないかもしれないが、拓夢は嫌がるだろう。


「それもそれで楽しそうだけどなあ」


 芹香がにこにこと言った。彼女はこういうところがある。まあ、俐玖が自分の恋バナをできるようになるには少々時間がかかるだろう。


「芹香、先にシャワー浴びてきていいよ」

「はぁい。ありがと。一緒に入るんでもいいよ」

「狭いでしょ」

「じゃ、今度温泉でも行きましょ」


 芹香はそう言って勝手に自分が置いて行った着替えを出してシャワールームに向かっていった。一人になった俐玖は荷物を片付けながら今さらであるが思った。


 デートって何を着て行けばいいんだろう。










「うーん、特に害はないから、放置でいい気がするけど」


 昨日、宗志郎が言ったのと同じようなことを言ったのは、現場を見に来た佐伯だった。ですよね、と宗志郎もうなずいている。


「害はある気がしますけど」


 と、何も察知できていない佐々木が言った。確かに、発掘調査に携わる者が集まらない、と言う意味では害はある。


「うーん、鞆江のお父さんには悪いけど、ここまで昔の術式になると、私もどうしようもないのよねぇ」


 古いほど呪術は強い。それは常識だ。佐伯は地域生活課でも最も強い浄化能力を持つが、彼女がどうしようもないと言うのなら、本当にどうしようもないのだ。


「できれば何とかしてもらいたいですけど、難しいですかねぇ」

「難しいですねぇ。対処療法ならできなくはないですけど」


 晴樹がのんびりとしているせいか、佐伯ものんびりと返していて緊張感がない。と言っても、幽霊案件は俐玖にはどうしようもないから、佐伯に任せておくしかない。


「対処療法、ですか?」

「ええ。結局霊魂なのですから、鎮魂を行えば、一時的におとなしくなるとは思います」


 という佐伯の意見を採用し、鎮魂を行うことになった。簡易祭壇を用意し、祝詞を上げる。うまく沈めることができれば、調査を行う間くらいはおとなしくなるだろう、と言うことだった。


 巫女装束の佐伯が祝詞を上げると、俐玖には明らかに周囲が静まっていくのが感じられた。いや、ざわついていたとかそう言うわけではないのだが、周囲が落ち着いていくのがわかったのだ。


「うまくいっているか?」


 宗志郎がこそっとささやいてくるので、俐玖は「おそらく」とうなずく。俐玖は佐伯が汐見課長ほど明確に霊を認識しているわけではない。それでもはっきりわかるのだから、ここにはいったいどれだけの霊がいたのだろうか、と言う話である。ちなみに、汐見課長は本日不在であるので、佐伯、宗志郎、俐玖の三人が現場にいた。


 最後に鈴の音が鳴った、気がした。その後、佐伯が顔を上げる。


「終わりました。これでしばらくは霊を見ないと思います。たぶん」


 最後の一言が余計であるが、俐玖が感知できる範囲でも霊は見当たらないため、おそらく、よほど勘のいいものでなければわからないのではないだろうか。


「なるほど。ありがとうございます。では、除霊した、と言って早急に調査を終わらせることにします」

「それがよろしいかと」


 晴樹の意見に佐伯が賛成した後、彼女は様子を見守っていた宗志郎と俐玖を振り返った。


「で、結局どういう原理で霊は閉じ込められていたの?」

「それ、わからずに鎮魂をしてたんですか」

「わからなくてもできるもの」


 どや顔で言われたが、宗志郎のツッコみはもっともである。原因をわからずに一時的とはいえ解決しているとは思うまい。


「……屋敷の敷地が結界になってるんですよ。この屋敷、元は術師か、もしくは術師に結界を依頼できるくらいの地位の持ち主のものだったと思われます」


 宗志郎の説明に、晴樹がうんうんとうなずいている。晴樹の見解と一致しているらしい。元教え子の宗志郎はほっとしたように息を吐いた。


「なるほど。自分の家の敷地に境界を敷いたってことね……でも、そもそもどうして敷地内にこんなに幽霊がいるのよ? 屋敷の中で人が死んだとしても、外に出されるでしょう? それに敷地内で死んだ人の霊をすべて合わせたって、あの数にはならないわ」


 佐伯の言うことは尤もだ。純粋に敷地内で亡くなった人の霊、と考えるには不自然な数だ。


「佐々木君はどう思う?」

「え? えーっと」


 晴樹に尋ねられ、佐々木学生は口ごもる。そもそも、彼は考古学が専門のはずで、少々ずれた問いかけのような気がする。考古学の参考にするための知識として、晴樹や宗志郎は知っているのかもしれないが。


「た、たまたま、下に墓地があったとか……」


 学校の下が元は墓地だった、みたいな。と佐々木は言った。確かに、それなりの面積を確保するために、学校などは墓の上に建っていたり、田んぼの上に建っていたり、と言うことはよくあるらしい。昔もなかったとは言い切れない。


「うん。その可能性も皆無ではないね。じゃあ、俐玖」


 話を振られて俐玖は目をしばたたかせた。と言っても、表情はあまり変わっていないが。


「……純粋に考えたら、集めてきたんじゃないかな。何かの呪術的なものに使った、とか」

「なるほどね。宗志郎はどう思う?」


 俐玖が尋ねられたことで、自分も聞かれると思っていたのだろう。宗志郎は晴樹の問いに戸惑うことなく答えた。


「俐玖とほぼ同意見ですね。遺跡の形状から考えて、奈良時代から平安時代前期の遺構と思われますが、まず、墓の上に建てた、と言うことはないと思います」


 恩師の前なので、宗志郎も緊張気味だ。現在の教え子である佐々木が「あ、そうなんだ」とつぶやいた。


「現代では古墳の上とかに建物があるのはよくある話だけど、当時は個人の墓っていうのは、それこそ古墳を作るくらいの権力者じゃないと持っていなかったからね。大体、決められた場所に土葬していたんだよ」

「あ、聞いたことあります」


 俐玖が解説をはさむと、佐々木がうなずいた。少し納得できたようだ。先も述べたように、用地を確保するのに、現代では墓地の上に建物があることはままある話だ。だが、古い時代、個人の墓は権力者しか持っていない。平民たちは大抵の場合、村はずれなどに遺体を土葬する場所を作っていた。そこが墓地だ、と言われればそれまでだが、当時、その上に建物を建てることは考えにくい。ほかにも広い場所はあるし、そもそも、この場所はわざわざ木々を切り開いているように思われた。


「墓の上にあるからと言って、霊が集まってくるとも限りませんし。なら、集めてきた、という方が近いのではないでしょうか。それも、生きていた時ではなく、死んだ後に」

「えっ、死体をってことですか!?」


 佐々木がぞっとしたように言った。正直、かの時代なら死体は簡単に集まるだろう。だが、そうではない。


「違う。人の魂、のようなものだ」


 ざっくりしている。と思ったが、そう言うことだ。おそらく、この屋敷の持ち主は、呪術的な知識があり、それを利用していた人なのだと思う。もっと簡単に、術師だったのでは、と言ってもいい。


 術に利用していたから、人々の霊が外に出て行かないように結界を張った。そうなると、幽霊は出て行けない。しかし、おそらく集まってくるようにかけられた術式があるから、それによって霊は集まってくる。そのシステムが、現代になっても残っているのだ。


 佐伯が言ったように、術が古くて現代人には対処不可能だ。調べる間はおとなしくしてもらい、その後は封鎖するしかないと思う。


 おそらく、放っておけばそのうち、術の効果が薄くなる。ここまで残っている術だから、相当協力ではあるが、神話の時代が遠くなった今、かつてほどの力を見込めない。薄れていくものだろうと思われた。


「皆さん、ありがとうございました。また何かあればお願いしますね」


 おっとりと微笑み、晴樹は礼を述べた。佐々木も頭を下げたが、このまま短期間で発掘作業と調査を終わらせなければならないことに青ざめている。


「俺もみなさんみたいに何にも動じないくらいになりたいです……」


 そんな感想をしみじみと吐かれた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


これから急ピッチの発掘作業です。


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