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【Case:16 遺跡】2








「それで、どういう依頼だったんです?」


 自分の父のことだが、俐玖は何も把握していない。晴樹と彼が連れてきた学生は別の車に乗っているのだ。


 宗志郎がハンドルを握っているので、答えてくれたのは助手席の汐見課長だった。


 父は、三日ほど前から遺跡の発掘調査に入っているらしい。そういえばそんなことを母が言っていた気もする。基本的に離れて暮らしているので、お互いの予定を把握しているわけではない。


 どうやら地方豪族の邸跡の発掘のようだが、発掘作業を始めてから、作業員に不思議な現象が起きているらしい。


 最初は後ろを誰かがついてくる気配がするとか、誰かに見られている気がするとか、その程度のもの。だが、次第に肩に触れられたり、目があったり、視えたり感じたりするものが増えてきた。


 そして今日、それは起こった。


 発掘作業の際、現場の近くにプレハブなどで簡易事務所を作る。当たり前だが、トイレなどの水場だっている。そこに鏡がある。


「そこに映ってたんだって」


 幽霊。


 目撃したその学生は悲鳴を上げ、他の学生たちにも話した。すると、次々と目撃証言が出てくる。


 鏡越しにこちらを見てくる子供の幽霊。


 資料を納めた簡易書架から覗いてくる目玉。


 窓ガラスいっぱいについた手形。しかも、右手だけ。


 車からプレハブの事務所の屋根にまでついた泥の足跡。


 そして、肩をたたかれて振り向いたら、いるーーー。


 今日の午前中の間にこれらのことが一気に起こり、晴樹は発掘作業を独断で中止。みんなを帰した後、何の被害も受けていない男子学生一人を連れて役所を訪れた、と言うことらしい。


「で、今はその発掘現場に向かっているところだよ」

「なるほど」


 いろいろツッコみたいところはあるが、おおむね把握した。


「ちなみに、教授と佐々木君は何も気づかなかったらしいよ」

「でしょうね……」


 尤も、父は違和感くらいは覚えているだろうが、はっきりと認識できていないと思われる。訓練を受けた霊感のある人物が、方向性を示してやれば認識することはできるはずだが、父の感知能力は一般人に毛が生えたくらいなのだ。


 佐々木君と言うのは、父が連れていた学生のことで、現在三年生のゼミ生なのだそうだ。周囲が怖がっているのでなんとなく自分も落ち着かないが、怪異的なものは全く認識できないらしい。


 発掘現場は市内にあった。市街地から意外と近いが、中心部から離れている。先に到着した晴樹と佐々木がプレハブの前に立っていたが、そこに至る前に俐玖と汐見課長は現場を眺めてうなった。


「うーん……いるねぇ」

「結界的なものに閉じ込められているんですかね」

「何が見えてるんだ……」


 どうやら宗志郎には見えていないらしい。多分、方向性を示せば彼も見えるとは思うが。


 いると言っても、はっきりとした形があるわけではない。もしかしたら俐玖が見えないだけの可能性もあるが、ぼんやりとした影のようなものがいる。まあまあの数だ。しかしそれらは、ふよふよと動いているものの、一定の場所よりも出てこない。


「この規制用の縄のせいかな?」

「かもしれませんね」


 邸の敷地におおよそ沿うように、ロープが張り巡らされている。ロープに囲われていることで簡易的な結界となっているのか、そもそも邸の敷地が結界なのかわからないが、そこ範囲から出られないようだ。


「汐見課長、こちらです」


 ロープの手前で晴樹が手を振っている。その肩には干からびた手が乗っていた。近づいた汐見課長が、「失礼」と断って晴樹の肩を払った。すると、その手は消える。晴樹は動じなかったが、佐々木はぎょっとしたように汐見課長を見上げた。


「憑いていましたよ」

「おや、ありがとうございます」


 この二人、ちょっと雰囲気が似ている。ではなく、父、よりも母にお守りでも持たせておいた方がいいだろうか。アミュレットくらいでも多少の効果はあるはずだ。


「つ、憑いてたって……」


 動揺した佐々木が口を開いた。教授や課長に聞くのも怖いし、宗志郎は気難しそうだし、年の近そうな俐玖は教授の娘だし、と言うことで誰に聞けばいいかわからなかったのだろう。


「ここはラインの内側と言うことだね」


 微笑んで汐見課長が言った。微笑んで言っても、怖さが変わるわけではないと思う。現に佐々木は青ざめている。


「課長、あんまり脅さないでくださいよ」

「え、そう?」


 『視える』人である汐見課長にとっては、よくある光景なのだと思う。というか、ツッコみを入れた宗志郎には見えていないはずだが、一応聞いてみる。


「視えてる?」

「いや、見えん。お前は見えてるのか?」

「まあ……」


 宗志郎の方を見ると、彼の顔をのぞき込もうと髪の長い女の霊がしがみついていた。


「……引きが強いね」

「……よくわからんが、何とかしてくれ」


 頼まれたのでその女の霊に「邪魔」と退散願う。女の霊は恨みがましそうにこちらをにらみながら離れていった。


「うーん、やっぱり僕たちでは追い払えても、祓うことはできないねぇ」

「手っ取り早く、佐伯さん呼びますか?」


 準備を整えれば汐見課長や俐玖にもお祓いはできる。だがやはり、この辺りは本職が強い。当たり前だけど。


「それもありだけど、調べてからだね。根本を解決しないで対処療法だけだと、あまり意味はないでしょ」


 汐見課長がさらりと言った。それもそうだ。晴樹も「お願いします」とうなずいた。


「さて、僕は遺跡関係はさっぱりだから、来宮くん、鞆江さん、頼むよ」

「わかりました」

「父さん、大体の見取り図ある?」


 尋ねると、晴樹は「大まかなものならあるよ」と答えた。まだ発掘作業中なので、正確な図面は今起こしている途中なのだそうだ。


「それでいいよ。コピーしても大丈夫?」


 大丈夫とのことなので、事務所にしているプレハブに入っているコピー機でコピーさせてもらった。ふと視線を感じて顔を上げると、書棚の隙間から目が覗いていた。


「見世物じゃないんだけど」


 にらみつけて柏手を一つすると、すっとその目は消えた。やはり、たくさんいるが一つ一つはそんなに強くない気がする。


「……マジで何がいるんですか……」


 少し身震いして佐々木が尋ねる。独り言に近く、俐玖は本当に彼には見えていないんだな、と思った。


「そんなに強い霊ではないね」

「そのようです」


 だが、俐玖と汐見課長、宗志郎の力もそんなに強くないため、一体ずつ祓っていたら時間がかかる。


 とりあえず、事務所内にある長机に見取り図を広げた。照合してみると、どうやら邸の敷地自体が結界の体をなしているようだ。と言うことは、この結界は古くからある結界、と言うことになる。


「もう放置するのでいいのでは?」

「いや、私もそう思うんだけどね」


 宗志郎の身もふたもない提案に、晴樹は苦笑した。考えなかったわけではないが、思ったより被害が大きくなっているのだろう。却下とした、と言う感じだ。


 古い時代の術は強力だ。現代で解除するためには、かなり大掛かりな作業が必要だ。というか、現代に対抗できる術があるとは思えないのだが。


 こういう時、やはり自分は文化史と言うよりも超自然科学の人間なのだな、と思う。しかも、超能力系の。この二つは明確に分けることはできないが、やはり差は存在する。


「そのあたりは僕らも専門家じゃないからね。佐伯さんを呼んできて、ダメなら神倉君を召喚しようか」


 笑顔で汐見課長が言ってのけた。そして、最悪呼び出される神倉が哀れである。教育委員会事務局に異動になったのに。


 とりあえず、今いるメンバーでできる限り調べる。発掘が始まったばかりとは言え、いくらか出土しているものがあるので、そちらも教えてもらう。


「本当に地方豪族の邸だったみたいだな」

「そうなの?」


 これまでの調査結果を見た宗志郎がそう言うので、俐玖は首を傾げた。俐玖は考古学は専門ではないので、そう言われてもわからない。


「ああ。まあ、このあたり一帯の権力者だった、と言うことだから、守るための結界が張られているとかはあったかもな」


 それなら、幽霊が外に出られない結界の理由がわからないではない。わからないでもないが、こうした結界は通常、墓地などに張られている気がする。


「守るため、ね。何かを外に出したくなかったんだろうなぁ」


 のんびりとした口調で晴樹が言うので、俐玖はぎょっとしてしまった。父の発言に驚いたのではない。俐玖が考えていたことと同じだからだ。


「何かって、何をです?」

「なんだろうね?」


 にこっと笑って晴樹はかつての教え子に問い返した。宗志郎はあっけにとられた表情で、困ったように俐玖を見た。いや、そこで俐玖を見られても俐玖にもわからない。


 この敷地内でしか起こらないことがわかっているのだから、家に帰って被害にあった、と言う人のほとんどは枯れ尾花だろう。もしかしたら、本当に影響がある人もいるのかもしれないが……。


 一通り調べてさて、戻ろうとなった時に、佐々木は恐る恐る尋ねた。


「あのー、発掘は?」


 わかり切ったことではあるが、確認せずにはいられなかったのだろう。現在の教え子に、晴樹は困ったように微笑んだ。


「しばらく休みだね」


 その場合、単位はどうなるのかな、と俐玖も思ったが、ツッコむのはやめておいた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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