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【Case:03 落とし物】1









 ゴールデンウィークに突入した。就職してから初のゴールデンウィークだ。公務員なので、基本的に土日祝日は休みである。もちろん、出勤することもあるが、今回は休みである。

 そんなわけで、脩は街に繰り出していた。いや、そもそも北夏梅市に在住しているが、買い物に駅前まで出てきたのだ。

 脩は大学での一人暮らしから戻ってきて実家暮らしであるが、一緒に暮らしえている両親は旅行に出かけ、県外の大学に進学した弟は、戻ってきてはいるが地元の友人と遊びに行き、高校生の妹も同じく友人と遊びに行っている。つまり、脩は家で一人だったのでふらりと街に出てきたのだ。

 脩も一応出かける予定はあるが、毎日ではないので、本でも読もうかと書店に向かっていると、明らかに待ち合わせ中の女性が目に入った。理由は単純で、美人だったのである。年は脩と同じくらいか、少し年上だろうか。

 その美人がナンパを受けているので目立っているのだ。美人さんは完全スルーで、ナンパ男だけが頑張って話しかけている。軽薄な感じではなく、だが強引で自分に自信のある……平たく言うと、ナルシストで自分が断られるわけがない、という態度が透けて見える男だった。

 美人さんは完全スルーを決め込んでいるので、何ともなければ脩もちらっと見るだけでとどめただろう。だが、ナンパ男は美人さんの肩をつかんだ。さすがの美人さんも肩をつかんでくる男をにらみつけた。


「……しつこいようなら、警察を呼びましょうか」


 思わず話しかけた。実際にスマホを手にしてテンキーを押す。脩が本気だと思ったのだろう。ナンパ男が舌打ちして離れて行った。豪胆にナンパをスルーしていた美人さんがニコリと笑った。


「ありがとうございます」

「差し出がましい真似をしてすみません」


 正直、あのままでもこの美人さんは切り抜けられたと思う。助けたのはただの脩の偽善だ。


「穏便に引いてもらえるならそれに越したことはありませんから。それに、妹と待ち合わせ中なので、助かりました」


 こちらに気を使っているのだろうが、そう言われるとちょっと安心した。


「エナ!」

「あら、リク」


 美人さんがひらひらと手を振る。女性が駆け寄ってきた。どうやら、待ち合わせの妹のようだ。美人の妹は美人だった。唇を引き結んで睨まれたが、すぐに目が見開かれた。


「向坂さん」


 軽く挨拶をして去ろうと思っていた脩は名字を呼ばれて立ち止まった。向坂はそんなに多くない名字だ。とっさに出てくるものではない。呼ばれてまじまじと妹さんを見つめると、彼女ははっとしたように手で口元を覆った。


「何? 知り合い?」

「……同僚」


 むっとしたような声音に、そういえば聞き覚えがある。


「えっ、鞆江さん?」


 仕事中と雰囲気が違うのですぐに気付けなかったが、そうだ。鞆江だ。彼女の名は俐玖だったはずだし、眼鏡ではなくコンタクトで、いつも一つに縛っている髪はハーフアップで、見慣れないスカート姿だが、間違いない。姿勢の良い立ち姿が鞆江のものだ。

 本人も仕事中と雰囲気の違う自覚があるのだろう。気恥ずかし気に姉の後ろに半分隠れた。


「……そういう格好も似合いますね。可愛い」


 鞆江がうつむいた。褒められ慣れないようで、しぐさが可愛い。姿自体は、可愛いというよりきれいと言った方がしっくりくるが。


「あらあら。一応俐玖にもそれくらいの情緒はあるのね」

「やめて」


 ちょいちょいと頬を姉につつかれていた鞆江はその手を避けるように顔をそむけた。なんだか普通に立ち話をしてしまったが、姉妹水入らずを邪魔している。


「すみません。お邪魔しました」

「ああ、待ってください。良かったらお昼を一緒にどう?」


 姉の方に誘われて脩は思わず、鞆江を見た。正直、脩は困らない。家に帰っても誰もいないので、どちらにしろ外で食べて帰ろうと思っていた。鞆江姉とは初対面だが、妹とは同僚であるし、脩はそういうのがあまり苦にならないタイプだ。


「……俺は構いませんけど」


 鞆江が、断ってほしかった、とばかりに脩を見上げた。鞆江はよく知らない人との食事が苦になるタイプなのだろう。歓迎会の時に気づいていた。仕事中は話もするし、年も近いし、それなりに仲良くできていると思っていたので地味にショックである。


「ふふ。では、行きましょう。ほら、俐玖」


 姉に促されて歩く鞆江についていく。ちなみに、姉は恵那、と言うそうだ。恵那は気さくな人で、初対面にもかかわらず脩、と呼ばれて面食らった。


「あら、ごめんなさいね。名で呼ぶ方がしっくりくるのよ。ねえ?」

「……私は同僚だから」

「でも、来宮さんのことは名で呼んでますよね」

「う……」


 指摘すると、鞆江は一瞬言葉に詰まってから言った。


「……なんだか、恵那が二人に増えたみたい」

「そう。じゃあきっと仲良くできるわね」


 さくっと恵那はそういって鞆江と脩をイタリアンレストランに入れた。注文を店員に告げた後、なんとなく世間話になる。


「突然連れてきてごめんなさい。それと、助けてくれてありがとう」


 恵那が改めて礼を言うのを聞いて、鞆江は「どういうこと?」と恵那と脩を見比べた。そういえば、彼女が来る前に解決したのだった。


「しつこーい男の人に声をかけられたのよ。脩が颯爽と助けてくれたってわけ」

「警察を呼ぶふりをしただけですけど」


 脩が苦笑したところで、料理が届いた。三人ともパスタと、ピザが一枚。ピザは店員に切ってもらった。


「恵那、一人で歩くのやめなよ。ボーイフレンドにも言われてるでしょ」

「彼には俐玖と一緒でも結果は同じ、とも言われてるわよ」

「ま、まあ、私が一緒でも、恵那が声をかけられるのは変わらないだろうけど」

「そうじゃないわよ。ねえ、脩」

「そうですね。二人とも、人の多いところに出かけるときは、できるだけ人と一緒の方がいいんじゃないですか」


 自分でもちょっとずれた回答をした自覚のある脩だが、鞆江姉妹は美人だ。俐玖の方は美人と言うと少し語弊があるかもしれないが、端正な顔立ちをしている。そして、二人とも純粋な日本人ではないのだろうな、と思わせる外見だ。恵那はくっきりとした顔立ちで鼻が高い。目の色も青っぽく、アーモンド形だ。茶髪は染めているかもしれないけど。恵那に比べると日本人的な顔立ちの俐玖の方は黒髪が日本人の発色ではないし、目の色もグレーに近い。肌の色も日本人的ではない。

 こういうちょっとした違いが、集団の中で目を引くのだと思う。恵那はそれを指摘したのだろうが、鞆江は理解できていないような気がする。


「私、一人暮らしなんだけど……」


 鞆江家は北夏梅市の隣の織部町にあるそうだ。市役所職員である鞆江は、市内のアパートで一人暮らしなのだそうだ。


「友達と行きなさい」


 恵那、見た目に寄らず性格がさばけている。仕事中の鞆江もこんな感じだが、プライベートでは少し内気な面が見えた。

 恵那に鞆江の仕事中の様子を聞かれたが、まだ半月ほどしか一緒に仕事をしていない。だが、かなりお世話になっていると思う。聞けば大概のことに返答があるし、かなり頭がいい人だと思う。たまに、日本語の言い回しが理解できなくて日下部と一緒に首をかしげているけど。

 話を聞いた恵那は「やっぱり日本の慣習に疎いのよね」と顔をしかめる。彼女自身もそういう面があるが、主な職場が国外になるため、さほど問題はないようだ。日本について聞かれたら困るのだけどね、とさほど困って居なさそうに言っていた。


「習慣の違いって意外と戸惑いますよね。俺もアメリカに留学した時に思いました」

「脩はアメリカに留学してたんだ。どこに?」

「一応、マサチューセッツですね」


 三か月ほどだが、いい経験だったと思う。かなり英語が鍛えられたし、さっき言ったように常識の違いに戸惑ったりもした。


「へえ~。頭いいのね」

「それ、鞆江さん……俐玖さんにも言われました」


 やはり姉妹なのだな、と思った。恵那はおかしそうに笑う。


「俐玖はイングランドに留学してたのよ。ね?」

「……恵那はオックスフォード大学で学士をとったじゃない」

「え、すごい。頭いいですね……」


 この姉妹、スペックが高すぎる。脩もそう言われるが、この姉妹には負けると思うのだ。


「……この話をすると、日本では結構引かれるのよ」


 恵那が肩をすくめた。多分、そうだろうな、と思う。まだ固定観念の抜けきらない日本で女性がそこまで高学歴だと、一歩引かれる可能性が高い。


「そうですね。でも、俺は俐玖さんが多言語を操れることの方が驚きました」


 多数の言語を操れる人はいるが、そういう人の頭の中はどうなっているのだろう、と思う。脩は日本語と英語で手いっぱいだ。


「私たちの場合、母語がドイツ語だものね」

「言語体系の近い言語は覚えやすいからね」


 姉妹の会話が、脩たち一般人と一線を画している。いや、大学院卒で留学に行ける時点で、脩も一般人とはいいがたいかもしれないが。


「ま、こんな妹だけれど、気にかけてくれると嬉しいわ」

「私の方が先輩なんだけど」


 解せぬ、とばかりに鞆江が顔をしかめるので、恵那と二人で笑ってしまった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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