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【Case:15 結婚】2









 恵那はそのまま俐玖を会社の同僚たちのところへ連れて行った。アメリカの国際証券会社で働いている恵那の同僚は、もちろんアメリカ人だった。はっきりと意見を述べる人が多いな、という印象だった。ぐいぐい来るので、俐玖としても話しやすい。


『職場でのクロエはどんな感じですか?』


 なんとなく興味を引かれたので尋ねた。恵那が『余計なことを言わないの!』とむくれたが、そんな顔をしても可愛いだけだ。ほら、友人たちに囲まれているオリヴァーもちょっと出れっとしている。そうではなく、恵那だって俐玖の友人に会ったらそう言ったことを聞くのだから、俐玖だって聞いてやる。


『おっとりした天然ね』

『でも頭がいいし、意志が強いわ』


 この辺りはおおむね俐玖と同じ意見だった。


『仕事ができるって言うか、人からの信頼度が高いのよね』

『ちょっと! そこは仕事もできるって言ってよ、クリスティーナ!』

『ごめんごめん』


 妹にいいところを見せたいのね、と同僚らしいクリスティーナが抗議した恵那を見て笑っている。気心の知れたやり取りに、俐玖も笑った。


 その時だ。少し離れたところで悲鳴が上がった。さらに「俐玖!」と宗志郎の声も聞こえる。と言うか、このアメリカの地で俐玖や恵那を日本語で呼ぶのは宗志郎と紅羽くらいだ。


 料理の置かれた皿やナイフが浮かんでいた。ガラスのコップも浮かんでおり、中から水がこぼれている。そして、ギャン泣きしているのはイーサンの息子のジョセフだ。


 俐玖はさっとそちらに駆け寄った。何故泣いているのかわからないが、息子をなだめようと側に膝をついているイザベラの隣にしゃがみ、ジョセフの目元を手で覆った。


『大丈夫、見えるようになったらすべてよくなっているよ。一、二、三』


 俐玖はカウントを取ってジョセフの目元から手をどかした。きょとんとしたジョセフと目が合う。俐玖はイザベラの側に所在なさげに立っているキャロラインを見上げた。


『キャロライン、やめなさい』

『……どうしてわかったの』


 憮然としながらキャロラインはつぶやくと、皿やナイフなど、宙に持ち上がっていた食器がすべて下に落ちた。芝生の上とはいえ、さすがに割れた音がする。


 サイコキネシスだ、と思った。俐玖の同僚の鹿野も弱いものを持っているが、キャロラインの能力は彼よりは高そうだ。尤も、こうした能力は子供の方が強い傾向があるので、キャロラインも大人になるころには消えているかもしれない。


『ジョセフではないのなら、キャロラインしかいないでしょ』


 俐玖が肩をすくめて言うと、キャロラインはむっとした表情になった。イーサンとイザベラが真っ青になる。


『すまない、ノル、クロエ!』

『本当にごめんなさい!』


 青ざめる親二人に対し、新郎新婦は落ち着いたものだった。


『いいよ、別に』

『誰かが怪我をしたわけでもないものね』


 それでもさわぎが起こったため、パーティーは一時中断となってしまった。イーサンとイザベラは、子供たちを連れて隣接した建物に入ることを余儀なくされた。


「今の、サイコキネシスか」


 近寄ってきて尋ねたのは宗志郎だった。紅羽と芽衣は離れたところで様子を伺っている。俐玖はうなずいた。


「うん。キャロラインだね」

「ジョセフの方ではなく?」

「うん」


 宗志郎にはよくわからなかったようだが、彼は「お前がそう言うならそうなんだろうな」と言っただけで深くは突っ込んでこなかった。


 先ほどの一件があり、どうしても何事もなかったようにパーティーを再開、とはならない。結局、少し早いが恵那とオリヴァーが招待客全員と話をしたところでお開きとなった。オリヴァーがしきりに恵那に謝っていた。


「俐玖、これからジョセフと話をするんだよな。俺、一緒にいた方がいいか?」


 気遣ってくれたのだろう。宗志郎がささやいてきた。招待客の立場なので、他のみんなと一緒に帰ってもよかったのに。俐玖は「大丈夫だよ」と答える。


「父さんもいるしね。宗志郎は紅羽と一緒に芽衣を見てなきゃ」

「……まあ、それもそうだな」


 妻の従妹を気にするより、自分の娘を気にすべきだ。しばらくアメリカにいる俐玖はともかく、宗志郎たちは先に帰国する。ちょっと観光に行こうと思うのなら今の内だ。宗志郎だって英語がある程度話せるのだから、会話に困らないはずだ。


 宗志郎と紅羽の夫妻を見送り、俐玖は親族控室に向かった。そこには、まだドレスを着たままの恵那たちもいた。


『キャリー、どうしてあんなことをしたの? 怒らないから、教えて』


 こういうのはどこの国でも同じなんだな、と思った。後で怒られるやつ、とキャロラインも思ったに違いない。ぴくっと一瞬怯えた表情をした。


 みんな、キャロラインの言葉を待っている。話しても話さなくても怒られると悟った彼女は、小さな声でつぶやいた。


『…………ったのに』


 え? とみんなが首を傾げた。よく聞き取れなかったのだ。キャロラインは開き直ったように叫んだ。


『私の方が先にノル叔父様のことが好きだったのに!』


 一瞬間をおいて噴出したのはミラだった。アイザックに『おい』とツッコまれている。ミラは『気にしないで』と笑いながらも手を振った。


 ミラに笑われたキャロラインはむくれた。場合によっては叱ろうとしていたイザベラも、これにはあっけに取られて言葉が出てこなかったようだ。俐玖が見ると、恵那とオリヴァーが顔を見合わせていた。恵那は面白そうな顔をしているし、オリヴァーは何とも言えない、少し困ったような表情を浮かべていた。


『キャリー、僕もキャリーのことは好きだよ。でも、クロエのことも好きだ。愛している。僕の大切な二人が仲良くしてくれると嬉しいな』


 騒動を起こしたことを責めるのではなく、オリヴァーはうまくまとめようとしたようだ。だが、キャロラインが納得するはずがない。大好きな叔父が恵那にとられた、と恵那を気に食わない気持ちでいっぱいなのだろう。


 こういう場合、騒動の原因同士は離しておく方がよいと思うのだが、俐玖はほぼ部外者なので黙っていることにする。


『キャリー、いくらお前がノルのことを好きでも、結婚できるわけじゃないのよ』


 俐玖も人のことを言えないが、イザベラは真面目な上にちょっと天然が入っていると思う。まあ、子供は大人の言動を見ていて、明らかに子ども扱いをすると認められていないような気分になる子もいるそうだ。


『ねえキャリー』


 恵那がウエディングドレスのまましゃがみこみ、キャロラインを見上げた。キャロラインはむすっと恵那を見た。


『私は確かに、ノルと結婚したけれど、ノルがキャリーの叔父でなくなるわけではないわ。私はノルと血のつながりはないけれど、キャリーはある。その点で私はキャリーに勝てないのよ』


 恵那に説得され、キャロラインが納得したとは思えないが、ひとまず引いたようだ。やはり分別のある少女だ、と俐玖は思った。


『エッタ、君は超能力の専門家だと聞いたんだけど』


 ささやいてきたのはイーサンだ。俐玖は驚いて彼を見上げ、何度か瞬いたあと『論文を書いたことはあります』と答えた。専門家かと言われるとわからないが。


『キャリーが物を浮かせたりしたの、初めてじゃないんだ。力も強い気がするし、大丈夫なんだろうか?』


 専門家ではないと言っているのだが、イーサンが真剣に尋ねてきたので、俐玖も真剣に考えた。


 怪異に対応する公的組織があるくらいだ。それなりに怪異や超能力への理解は進んでいるし、アメリカはより進んでいるだろう。かつては悪魔月と言われたり、魔女だと差別されたりしたとも言うが、歴史上の話だ。まったくないとは言えないが。


 それはともかく、キャロラインのサイコキネシスは俐玖の同僚の鹿野などにくらべると強いものには見える。しかし、脅威になるほどではないと思う。それに。


『キャロラインは自分の力をコントロールできているように見えます。小さい子のPKが強いのって、感情を制御できないからという面が強いのですけれど、キャロラインはそうではありません。ちゃんと自分で自分の力をコントロールできています。だから、大丈夫です』


 子供のころは超能力があっても、長ずるにつれなくなる、と言う人は多い。おそらく、キャロラインもそのタイプだ。自制心の強い人ほど、その傾向が強い。


『そう、か?』

『どうしても気になるなら、暗示をかけることもできますけど』


 多分断るだろうな、と思いながら俐玖が提案すると、イーサンはまじまじと俐玖を見つめて言った。


『エッタ、本当に専門家なんだな』

『……専門家とは言えないと思いますけど』


 論文が評価されただけだ。本来の専門よりもこちらの方が有名になってしまった、というだけ。


『そうか? 少なくとも俺は、君がそれだけ落ち着いているのを見て安心した。だから、暗示はいいよ』

『そうですか』


 思った通りの回答に、俐玖は肩をすくめた。俐玖もできればやりたくないので、それはそれでよい。


「俐玖。イーサンと何を話してたの?」


 日本語で恵那が尋ねてきた。ドレスを着替えるために、花嫁控室に向かっているところだった。ブライズメイドをした俐玖もドレスはレンタルだったため、一緒に着替えに行くところだった。会場のスタッフが同行しているため、日本語で話しかけてきたのだろう。


「キャロラインの超能力のことについて。理性的な子だと思ったし、力をコントロールできているようだったから、大丈夫だと思うけどね」

「あ、そうよね。賢い子だと思ったの」


 うんうんと恵那がうなずいている。恵那にもそう言われると、俐玖の目も正しかった気がして少し安心できる。


「何より、俐玖がそういうものね」


 花嫁控室に入ったところで、恵那は俐玖にちょいと体当たりした。軽かったので、俐玖はよろめかずに肩をすくめた。


「俐玖は父さんと母さんと一緒に観光に行くんでしょ」

「そう言う恵那だって、新婚旅行はいくんでしょ」


 ドレスを脱がせてもらいながら姉妹で顔を見合わせる。アメリカ人のスタッフたちは何を話しているかわからないなりに、『仲良しですね』と笑っている。


 せっかくアメリカに来たので、観光をしてから帰る予定なのだ。考古学者の父が一緒なので、そういった遺跡を見に行くこともあるかもしれないが。ちなみに、宗志郎たちは明日には帰国する。


 一方の恵那たちも新婚旅行でオーストラリアに行く予定だと言っていた。エアーズロックとグレートバリアリーフを見に行くらしい。


「うふふ。写真は送ってね」

「恵那もね」


 元の私服に着替えた姉妹は抱き合うと、式場の前で分かれた。しかし、夜になると、こんなメッセージが入ってきた。


『イーサンが俐玖の連絡先教えてほしいって言うんだけど、教えていい?』


 たぶん、キャロラインの能力のことで何かあったら相談したい、と言うことなのだろうが、俐玖は普段、海の向こうの日本にいるんだよなぁと思いつつ、いいよ、と返事をした。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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